荒れ狂う波浪の先に 前編(VS クイーン・リリカ)
エリア1-3:大震洋――――クリアウォーター海岸から南西の方向に向かった先にあるこの海域は、1年を通して常に大荒れで、波は高く、竜巻が唸り、渦潮が暴れ、激しい雨が打ち付ける、まさに地獄のようなエリアであった。
普通なら船が立ち入れる場所ではないが、髑髏の絵柄が書かれた海賊船が、今まさにこの世の終わりのような荒波に突入しようとしていた。
「ね……ねぇ、本当に大丈夫?」
「だいじょおぉぉぉぶっ! 気合と根性があれば、船で波乗りだってできるはず!! できるできる絶対できる頑張れもっとやれるってやれる気持ちの問題だ! そこで諦めるな絶対に頑張れ積極的にポジティブに頑張る頑張る! 私だって頑張ってるんだから!」
「わけわからないよー!?」
生まれて初めて見たと思われる荒れ果てた海を前に、すっかり腰が引けているあかぎに対し、海賊船の船長アンチマギアは不安を根性と勢いで押し切っていた。
とはいえ、彼女も全く怖いわけではなく、舵輪を握る手が小刻みに震えている。
いくら勇敢なアンチマギアといえども、暴力的に荒れ狂う海に木造船で突入する無謀さを分かっているようで、早口でまくし立てる言葉は、どちらかというと自分に向けて喝をいれるためのものだろう。
だが、彼女たちは無対策で嵐に突入するほど馬鹿ではない。
今回の航海は非常に強力なサポートが付いている。
「安心なさい、マギアちゃん。おばあちゃんが船の周りに空気の膜を張ったから、たとえ板切れになったとしても沈むことはないわ」
環おばあちゃんが船の上半分と船底を覆うように張り詰めた空気の膜を展開しているため、最悪船が横倒しになっても海水が一切入ってくることはなく、起き上がり小坊主のように元通りの姿勢になるようになっている。
とはいえ、いいことばかりではなく、船全体が軽くなったことで揺れがよりダイレクトに伝わることになる。その結果…………
「ゆ……ゆれるぅ、これ以上は……もう…………おぇっぷ」
船に慣れていないあかぎは、たちまち船酔いしてしまいダウンしてしまった。
何度も回復術をかけて立ち直り、揺れに慣れようとはしているものの、戦えるようになるまでは当分時間がかかりそうだ。
「な、なぁ……船長。うっぷ、船で嵐の中を突っ切るのは構わねぇんだが……お目当てのもんがどこにあるのか、わかってんのか?」
「知らん!」
「堂々と言うなよ! どこにあるかわからないのに船動かしてんのかお前は!?」
「適当に船動かしてりゃ、どっかで見つけるだろ!」
「んな無茶苦茶な…………爺さん! まじでどうすんだよ!? こんな広い海の上で見つけるのか!? あと、俺そもそもお目当てのもんがどんなものか知らんぞ!」
「案ずるでない。ワシとて無策でここまで来たわけではないぞ」
回収目標になっている「ブラックボックス」の正確な位置を不安視するブレンダンだったが、もちろん玄公斎はきちんとそのあたりは抜からない。
彼は船室の一角に、木造船に不釣り合いなレーダー受信装置を発電機ごと持ち込んでおり、ブラックボックスから発する電波をこれで探り当てるつもりだった。
その時、レーダー受信装置の画像に通信を受信した印が浮かび上がった。
今の位置からは少し離れているが、このまままっすぐ行けば見つかりそうだった。
「む、これは……」
「どうした爺さん?」
「おそらくこの「点」がブラックボックスの現在座標なのじゃろう。おあつらえ向きに、このまままっすぐじゃな」
「見つけたのか! よっしゃ、船長に知らせてくるぜ!」
「うむ、しかし…………」
ブレンダンはすぐに仕事が終わるそうだと考え、アンチマギアにレーダーの位置を知らせに行った。だが、玄公斎は何かが引っかかるようだ。
(これほどまでにあっさりと見つかることは、偶然とはいえあり得るものなのか。都合がよすぎやしないか…………?)
長年の経験ゆえか、玄公斎は今の状況に何者かの悪意を感じた。
その上で、彼はこの海域を荒らしまわる「魚人」の存在を思い出す。
「杞憂に終わればよいのじゃがな」
そう言って玄公斎はインベントリから刀を取り出し、刀身を鞘から抜いた。
この世界に来てからまだ一度も振るわれていない青く透き通った刀身は、まるで自分の出番を待ちわびているかのような鋭さがあるように思えた。
そうこうしているうちに、船は大きく揺れながら大波や渦潮をかいくぐって進み、レーダーが指し示す場所まで躊躇なく進んでいった。
「くっそ! こう波が高くちゃ舵がぶっ壊れちまいそうだ! ブラックボックスとやらはまだ見つからないのか!?」
「聞いた話ではバスケットボールのような、オレンジ色の玉みたいなものらしいぜ! 見た目は目立つから探せばあるはずだ!」
乗組員たちは必死になって波間を見渡し、中にはマストの上から決死の覚悟で望遠鏡をのぞき込む者もいたが、いつまでたってもブラックボックスのようなものは発見できなかった。
本当にこんなところにあるのか? 機械の故障ではないだろうか?
全員が心のどこかでそんな不安を抱えていると―――――
「ドォン!」という音とともに、海賊船全体が大きく揺れた。
「うわあぁぁぁぁ!!??」
「なんだ今の音は!? 何かにぶつかったか!?」
「せ、船長! 大変です、船底に穴が!」
「穴……だとぉ!?」
海賊たちが慌てて被害を確認したところ、なんと船底の一部に爆弾のようなものを食らったかのような大きな穴が開いていたのだった。
幸い、船底の板の内側には環の術による空気の膜が張られていたため、そこから浸水してくることはなかった。だが、穴を確認しようと降りてきた海賊たちに対して、鋭い槍が船底を貫通して襲い掛かってきた。
「敵襲だーっ! 船長っ、船底が槍で突っつかれてます!!」
「なにィ! このマギア・アンチマギア様の海賊船のケツに穴開けようたぁどこのトンチキどもだ!? ぼさっとしてねぇでこっちも突っつき返してやれ!! それと補修の用意だ!!」
「船長っ……こりゃいったい何が起きている!?」
「見りゃわかんだろオッサン! 敵襲だ! あんたもとっとと戦ってこい!」
「こ、こんなに揺れる船で戦えってのか!?」
「当たり前だろうが、このスットコドッコイショ! 何のために船に乗ってんだお前、こちとら重りの為に乗せたわけじゃねーぞ!!」
「うへぇぇ」
ブレンダンが追い出されるように船底の方へ向かってったのとほぼ同じころ、船首に大砲の上でじっと海を見据えていた玄公斎が、荒れ狂う波間の中にたたずむ人影を見た。
「おぬし、何者じゃ。姿を見せよ」
「いきなりご挨拶だねぇおじいさん、人に名前を聞くならまず自分から名乗るべきじゃないのかい?」
姿を現したのは、全身を戦乙女のような鎧に身を包んだ「麗人」ともいうべき美しい
その手には由緒ある装飾が施された三叉槍を持っており、実に堂々たる佇まいで海賊船の行く手を阻んだのだった。
「ワシか……ワシは日本国退魔軍元帥、米津玄公斎と申す。戦いに来たわけではない。ワシらはこの辺りに落ちている「ブラックボックス」の回収に来たのじゃが、心当たりはないか?」
「あっはっは! そうかいそうかい! 私はクイーン・リリカ……この荒波の世界を統べるマーメイドたちの女王さ。爺さんの探し物てぇのは、もしかして……これのことかい?」
そう言って魚人――――リリカが見せびらかすようにオレンジ色の球体を手に取って見せた。
「そうか、おぬしが持っているということは、我々を誘い出すためなのじゃな」
「これは人間たちにとって大切なものなんだろ? ならばこれを持っていれば、ホイホイ釣られるってものさね! そして今、爺さんたちのような獲物が私たちの網にかかった、というわけなのさ!」
餌につられてのこのことやってきた海賊船は、すでに大勢のマーメイドの戦士たちに囲まれていたのであった。
果たして、この荒れ狂う海の中で米津たち一行に勝ち目はあるのだろうか?
【今回の対戦相手】クイーン・リリカ
https://kakuyomu.jp/works/16817139557676351678/episodes/16817139557791659379
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