記憶のかけらを拾いに

「こんな傷くらい、私は大丈b…………いててててて!?」

「はいはい、その根性は認めますけど、あなたは回復魔法が効かないんですからしばらく安静にしてなさい」


 ホテル「阿房宮」の一角にある専用クリニックで、体中痣だらけになったマギカ・アンチマギアがベッドに無理やり横にされていた。

 彼女の面倒を見ているのは修道服を纏った若い女性で、こう見えてもこのホテルの専属の医者を務めている。

 魔法による病気の治療が得意分野だが、アンチマギアは魔法が効かないため、現代医学による治療で地道に治していくほかなかった。


「魔法が効かないのは便利な体だと思っていたけど、こういう時に難儀するのね」

「なんだよ婆さんが……さっきから全然近づいてこないじゃねぇか、私がそんなに怖いのか?」

「あなたに近づくと面倒なことになるからよ。今後も用事がない時は半径3メートル以内には近づかないで頂戴ね♪」

「私はまたあのジジイと殴り合いしてぇのに。っていうか、なんで私たちを助けたんだ? 部下も全員生きてるみてぇだし?」

「ちょっとね、あなたには今後は勝者である私たちに従ってもらおうかなと思ってるのよ。ちょうどいいところに船も持ってるみたいだし」


 治療の様子を見ながら、環はアンチマギアに自分たちに寝返らないかと持ち掛けた。

 米津たちの調べで、彼女がほかの有力なホテルから嫌がらせの為に雇われたことはわかっていた。そのまま「処分」しても問題はないのだが、アンチマギアが海賊船と船を動かせるだけの人員を持っているところに玄公斎が目を付けたのだ。

 しかし、アンチマギアはすぐには首を横に振った。


「…………お断りだ。私は誇り高い海賊なんだ、一度負けたからってそう簡単に寝返るもんか……!」

「まあそれもそうよね。ちなみに、あなたを私たちにけしかけた飼い主たちは、今頃ホテルから夜逃げしているでしょうから、今から帰ってもご褒美はもらえないわよ」

「え?」

「あと、私たちの仲間になってくれたら、1.5倍のお給料とお昼ご飯の食べ放題もつけてあげる」

「海賊は一度負けたからってそう簡単に寝返らない……………と言ったな、あれは嘘だ!」


 意外と義理堅かったアンチマギアだったが、パトロンが逃げ出してしまったことで仕事の報酬がパーになったうえ、逆に今まで以上の報酬をもらえるとわかると、彼女はあっという間に手のひらを返した。


 アンチマギアは3日くらい入院していたのだが、その間に米津夫妻は海賊たちをけしかけた上に、従業員たちを無理やり連れ去ろうとした有力者たち相手に、密かに報復を完了していた。

 いつもの銀行屋フレデリカを駆り立てて相手の不正の証拠を握り、元従業員たちによる内部情報暴露と、海賊を雇って営業妨害したことを詰問するという合わせ技で、パトロンだったホテルの有力者たちはなすすべもなく賠償金の請求をされ、いずこかへと逃亡してしまったのだった。


「それより海賊さん、今度は私たちの友達として、どうしてもあなたにしか頼めないことがあるの。力を貸してくれないかしら」

「私にしか頼めない仕事だと?」

「そう、あなたのように勇敢で美人な世界一の女海賊さんにしかできない、とっても大切な仕事なの」

「そこまで言われたら断るわけにはいかなねぇな!! このアンチマギア様に任せておけって!」

「……せめて仕事の内容を聞いてから決めてもいいのでは?」


 そして、ちょっとおだてるだけであっさりと危険な仕事を引き受けてしまったアンチマギアに、修道服の医者はその単細胞差に呆れたのだった。



 ×××



 環が医務室でアンチマギアと交渉しているのと同じころ、玄公斎は珍しくあかぎを連れずに一人で集会所に足を運んだ。


 玄公斎が集会所に姿を現した瞬間、その場にたむろしていたハンターや施設の職員は一斉に彼の方に注目を寄せた。

 玄公斎がエリア1に来てからずいぶんと日がたつが、その間に米津夫妻とあかぎは修行のために難しい依頼をどんどんこなしており、あっという間にハンターたちに良くも悪くも有名になっていたのである。


「よっ、爺さん! またなんかやっちまったらしいなぁ! おかげで今やこのあたり一帯、爺さんたちの話で持ち切り! 俺もいつの間にか有名人と知り合いになっていたみたいで、鼻が高いぜ!」

「ははは、おだてても何も出ぬよ。おぬしこそ、偶にはうちのホテルに遊びに来たらどうじゃ?」

「いやー、行きたいのは山々なんだが、金がなくってなぁ」


 ついこの前まで先輩面していた重装ハンターのブレンダンも、今ではすっかり腰が低くなって、力関係が逆転しているようだ。


「そうか、金がないか。ならちょうどいい、此度は少々訳があってな、出来れば手伝いが欲しい。もし力を貸してもらえるなら、報酬と数日分の無料宿泊券をつけてやるが、どうじゃ?」

「なに!? 本当か!? 爺さんの手伝いをして報酬とホテル無料券までもらえんのか!? さっすが爺さん、話がわかるっ!! 俺にできることなら何でも言ってくれよ!」

「ほう、何でもと言ったな。では、ついてくるがよい」


 そう言って米津はブレンダンもつれて、集会所の一角にある休憩スペースまで足を運んだ。

 するとそこには、すでに人が一人待っていた。

 まるでどこかの海軍軍人の様な、軍帽にネイビーコートを着た男性は、玄公斎の姿を見るや否や、その場にびしっと立ち上がって出迎えてくれた。


「ヨネヅ様……ようやくご決断していただけましたか!」

「ああ。足を調達するのにもう少し時間がかかるかと思うておったが、先日運良く手に入った。これでようやく現地に向かうことが出来そうじゃ」

「あ、ありがとうございます! 今はヨネヅ様にしか頼めないことゆえ、断られたらどうしようかと……!」

「おいおい……お前もしかして、ずっと前に潜水艦で海底にお宝探しに行ったやつらの生き残りか!?」


 ブレンダンは彼の姿と話を聞いて、一つ思い当たる節があった。

 それは、1か月以上前にとある軍人の集まりが、深海に存在するという噂の宝物を求めて、巨大な潜水艦で海底に向かったということがあった。

 実はブレンダン、その時に集められた傭兵軍団の一員として、若干古い揚陸艦に乗せられて、作戦に参加した経験があったのだ。


「てめぇ!! あの時はよくも俺たちを騙しやがったな!! よくも抜け抜けとここに顔を出せたじゃねぇか!!」

「これ、落ち着かんか。このようなところで喧嘩するでない」


 ブレンダンは目の前の軍人にいきなり掴みかかったが、玄光斎がすぐに宥め落ち着かせた。


 と言うのも、彼はあの時「コメツブ諸島でクジラ魔獣捕獲作戦」と事前に伝えられており、報酬内容もよかったので意気揚々と参戦したのだが…………なんと船が途中で航路をはずれて、「大震洋」と呼ばれる危険な海域に向かい始めたのだ。

 途中で騙されたことに気が付いた傭兵たちは、船を操縦していた水平たちに一斉に反乱を起こし、最終的に船を乗っ取って港に帰還してしまったのだ。

 もし途中で気が付かなければ、彼らは大震洋に跋扈する凶暴なマーメイドたちに殺されていただろう。

 それを考えれば、彼の怒りももっともだった。


「ってことは何だ? また俺たちをおとりにするつもりか? 冗談じゃあねぇ! 爺さん、あんたきっとこいつに騙されてるぜ!!」

「じゃから、話は最後まで聞かんか。ワシとてその話は、ほかの者から聞いておる。おぬしが酷い目に合いそうになったのは同情するが、今回はまた別件なのじゃ」

「…………知っての通り、深海に潜っていったキャプテンや仲間たちは、途中で消息を絶った。恐らく探検は失敗し、自慢の潜水艦エスパダティンは沈没してしまったのだろう」

「はん、いい気味だ。俺たちを騙した罰が当たったんだろ」

「じゃから一々話の腰を折るなと言うておろうに……まあよい。潜水艦が実際に沈んだかどうかは不明じゃが、1か月以上を戻らないところを見れば、沈没は確定じゃろう。そして我々がやるべきなのは…………潜水艦のブラックボックスの回収じゃ」

「ブラックボックス? なんじゃそりゃ?」

「航法装置のデータや音声の録音が入った記録媒体のことじゃ。普通は飛行機などに搭載されておるのじゃが、どうやら万が一に備えて潜水艦にも搭載されていたらしい」


 今回の目的は、潜水艦に搭載されていたブラックボックスの回収となる。 

 潜水艦のブラックボックスは、特殊な作りによって水に浮くように作られているが、沈んだのがよりによって「指定危険区域」の一つである大震洋の海底だったせいで、そこまで取りに行かなければならなくなったのだ。


「つーことは爺さん……大震洋まで行くってことか? いくら何でも危険すぎるらぁ! 悪いことは言わねぇ、やめておこうぜ! たとえ爺さんと言えども、あんな所に行ったら死んじまうよ!!」

「やめるも何も、おぬしも行くんじゃぞ。さっきなんでも手伝うと言うたのは噓じゃったか?」

「う……そりゃぁ、その……ぐぐぐ」

「まあ、今なら早とちりだったってことで、無かったことにしてもよい。クーリングオフというやつじゃな」

「わ、わかった………ああいいともさ!! 男に二言はねぇ! 行ってやろうじゃないか!」

「それはよかった。せっかくじゃから報酬の半分は前払いで渡してやろう。それに、せっかくじゃから仕事の日まではホテルにタダで泊まってよいぞ」

「体のいい軟禁じゃねぇか……」


 結局、玄公斎は軍人の依頼を受けて、数日中にブラックボックスの捜索に向かうこととなった。

 行き先は、アクエリアスの船乗りならだれもがいくのを拒むと言われている危険海域――――大震洋。


 今度の戦いは、今までとは勝手が違うものになるだろう。

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