喧嘩と観察は異世界の花 後編 (VS マギア・アンチマギア)
白い世界、幾多の人影、そして謎の少年――――
砂浜で戦っているはずの玄公斎とアンチマギアは、突如として意味不明な場所に連れてこられた。
しかし、玄公斎はこの光景に少しだけ心当たりがあった。
「これはまさか…………貴方様は!!」
『どうしたの? 殴り合いするんじゃないの? ほら?』
ありえないといった表情で若草色の装束に身を包む少年に語り掛ける玄公斎だったが、すぐに背後から空気のふくらみを感じて身をかがめると、アンチマギアの拳が白髪を掠めた。
「おぬし、全くためらいがないな。この異様な景色に何か思うところはないのか?」
「そんなの私のしったこっちゃねーよ! ジジイをノせば全部解決するだろ!!」
「なんという……呆れた単細胞じゃ」
こんな意味の分からない状況に陥ったら、少しは警戒するなり状況を確認するなりするものだが、この女はそんなことを微塵も考えることなく攻撃を再開してきた。
猛烈に打ち込まれる拳を腕でいなして防御しながら、玄公斎もなぜこのようなことになったのかを考えようとしたが、すぐにこの問題の一端が見えた。
(インベントリが開かぬな。術力も全く感じぬ…………)
術や魔法と言った超常現象を封じられていることと、その原因がおそらく目の前の少女にあることはなんとなくわかったようだ。
「そのような近視眼的では、思わぬところで脚を掬われるじゃろうな、たとえばこのように」
「っ!?」
やや大ぶりなストレートが来たところで、玄公斎はわずかに首をかしげて顔への直撃を避けると同時に、素早く足払いをかけてアンチマギアを一瞬だけ宙に浮かせると、その無防備な腹に掌底を撃ち込んだ。
その衝撃で、彼女の身体は勢いよく後ろに吹っ飛び、砂浜の上を二転三転してようやく受け身を取った。
すると…………
「ありゃ? やっぱ砂浜じゃねぇか?」
あの意味不明な空間はいつの間にか消え去っており、アンチマギアの周りでは部下の女海賊たちがカットラス片手にあかぎと打ち合っているのが見えた。
「船長!?」
「まさか一撃で吹き飛ばされるとは、なんてジジイだ!」
「この私が一撃で、だって?」
どうやら部下たちの目では、玄公斎に殴りかかったアンチマギアが一発で吹き飛ばされたようにしか見えなかったようだ。
さすがの彼女も何かがおかしいと感じたのだが、だからといってやることは変わらない。
「ハッ! いまのはちょっと油断しただけだ! 今度はこっちがあのジジイの顔面に一発入れてやんよ!!」
そう言ってアンチマギアは自身に発破をかけると、再び玄公斎目がけて一直線に殴りに向かった。
「なるほど、若いな。それもまた、よし!」
今度は玄公斎も空手の構えを見せて、アンチマギアを迎え撃つ。
彼の予想では、恐らく相手が再び一定の間合いに入れば、先ほどと同じことが起きるだろうと思われた。
それはやはり正しかった。
あまりにも自然に世界が塗り替わる。
玄公斎でさえ、変化した瞬間を感じ取れなかった程に。
「せぇぇりゃあぁっ!!!」
「ふっ」
魔法のダスターナックルによって強化された拳がうなりを上げ、強靭な太ももから繰り出されるキックが空気を裂く。
一発喰らっただけでも、常人であれば肋骨が粉々に砕け、最悪内臓が破裂する威力の攻撃を、玄公斎は巧みな防御で受け止め、躱し続ける。
(攻撃は大振りで隙が大きい。所謂喧嘩殺法というやつなのじゃろう。しかし、これほどまでに長く生きてきて、このような殴り方を受けるのは初めてじゃな。それゆえ新鮮でやや予測がつかぬ)
退魔士は軍人でもあるため、米津は若いころに素手での格闘術を数多く学んでいた。いざと言う時に武器がなくて戦えないのでは、軍人としても困るからだ。
ただ、そういった格闘術が実戦で行かされた経験はほとんどなかったし、数少ない素手での戦いでも、相手は基本的に空手や柔術、カンフーなどある程度型のある武術遣いばかりだった。
ゆえに、このような本能に身を任せる「型」も何もない殴り合いは、玄公斎にとって新鮮そのものだ。
「オラッラララっ!! オラオラオラ!! どうしたジジイ! やる気あんのか!?」
「言うではないか、その向こう見ずなところは若者の特権じゃな……っ!」
一度だけ、アンチマギアの素早い連打による軽い一撃をもらった米津だったが、すぐさま反撃に転じ、相手が正面で防御したところで足払い。
だが、アンチマギアは足払いに耐えて転倒を防ぎ、次に来るだろうと思われた腹部への攻撃をとっさにガードしようとしたが、今度は脳天にチョップを喰らう。
頭全体が揺れて激痛が走ったものの、彼女は怯まない。
まるで攻撃を喰らったことなどなかったかのように、正拳突きからの回し蹴り、連撃のコンボ。まるで格闘ゲームキャラの様な、荒々しくも力強い動きであった。
『おー、いいねいいね! やっぱり喧嘩はこうでなくっちゃねぇ! 最近の殴り合いってお行儀が良すぎて詰まんなかったんだ』
(行儀の悪い戦いなど、するものではない。無駄な動きは無駄な体力を使うだけにとどまらず、思いにもよらぬ隙を作る。まさに、この女のようにな)
無責任に煽る少年に対し、玄公斎は心の中で少しだけ悪態を付いた。
彼がなかなか攻撃に出ないで、ひたすら防御とカウンターに終始しているのは、相手が殴り続けて体力を消耗するのを狙っているからだ。
確かにアンチマギアの拳は威力があり、スピードもかなりのものだが、それ相応に体力を消費し、次第に隙を作ってしまう。
「はっ、はっ……どうしたジジイ、私のことが怖くなってきたか? ん?」
現にアンチマギアの息が次第に上がり始めている。
彼女は人ならざる者のようだが、体力が無限というわけではなさそうだ。
ならば、相手を削り続けて、しかる後決定打を与えるのが最善手、ではあるのだが――――
『でもさ、それじゃこの世界に遊びに来た意味、なくない?』
「む、なんじゃと」
少年の言葉に玄公斎は一瞬カチンときた。
が、それがまさに神がかりなタイミングでアンチマギアのフェイントと重なった。
「おっ」
「は、さっきはよくも単細胞と言ってくれたな! ジジイ!」
わずかコンマ1秒の思考のずれのせいで、玄公斎の拳が空を切った。
その瞬間に玄公斎は胸ぐらを掴まれ――――アンチマギアの渾身のメガトンパンチが玄公斎の右の頬に直撃したのだった。
「ぐぬっ!?」
今度は玄公斎が勢いよく吹き飛ばされ、砂浜に膝をついた。
そしてまたしてもあの空間は消えていた。
「えっ!? おじいちゃん!?」
「案ずることはないあかぎ、この程度でワシはやられん」
そう言って玄公斎は再びその場に立ち上がると、血の混じった唾をその場にペッと吐き出した。
「うひょおおお! さっすがお頭、有言実行!!」
「へっ、どんなもんよ! 次は左の頬いくぜ! なんたって私は博愛主義者だからなぁ!」
一撃を入れて調子に乗り始めるアンチマギア。
かくいう彼女もだいぶ意気が上がっており、肌のところどころが赤くなっている。
何度も受けたカウンターにより蓄積したダメージは、彼女を確実に疲弊させているようだが、闘志は全く衰えていない。
「よかろう、ならばもう言葉はいらぬな。思う存分戦ってやろう」
米津は再び空手の構え。
アンチマギアもファイティングポーズをとったが、今度は玄公斎が先に動いた。
「くらえいっ!!」
「ぐはっ!?」
なんと、玄公斎は出会い頭に強烈な跳び蹴りを喰らわせた。
今まで消極的な攻撃してこなかった相手が、急に思い切った一撃を繰り出してきたことは完全に奇襲となり、アンチマギアは防御が間に合わず顔面を蹴飛ばされた。
「はっ、なんだジジイやるじゃん!!」
「今回ばかりはつきおうてやるが、余り老人に無理をさせるでないぞ」
またしても黒い人影が囲む白い空間での戦い。
しかし今度は、米津の方も積極的な攻撃に転じ、壮絶な殴り合いが始まった。
『なんだ、やればできるじゃない』
(そうか、やはりここはワシの「死奥義」……いや、オーバードライブの世界なのじゃろう。現役中はついぞ見ることはなかったが)
玄公斎の推測はすべてが正しいわけではないが、おおむねその通りである。
ただし、オーバードライブ自体は発動していないようだ。
有力な退魔士は「オーバードライブ」――――古くは「死奥義」と呼ばれる非常に強力な能力を宿すことがある。
そのきっかけは一定ではなく、名門一族では一子相伝の技として継承されるものもあれば、神社などで儀式を行って宿すものもあったり、ある日突然何の前触れもなく宿すこともある。
そして、オーバードライブとは退魔士の肉体の限界を犠牲に、超常の神の力の一部を憑依させることに他ならない。
(体の中に神の一部を宿すということは、言い換えればワシの身体には常に神を封じる術が掛かっているということ。そして、この女によって超常の力を封じられている今、封じられていたものがワシの外にはじき出され、有効範囲外で別の次元を作ってしまった…………ということか! なるほど、わしもまだまだ退魔士として知らねばならぬことが山ほどあるらしい)
玄公斎の足の裏には砂浜の感触がある。
つまり、今二人が戦っているのはあくまで元の世界あり、周囲の影や謎の少年が一定距離から近付いてこないのは、アンチマギアの効果範囲外でしか顕現できないからだと思われる。
空間について冷静に分析を行いながらも、玄公斎は今までの消極的な姿勢が嘘だったかのようにアンチマギアに激しい攻撃をお見舞いし続ける。
アンチマギアのほうが喧嘩に一日の長があるとはいえ、長年退魔士を勤め続けて作り上げた基礎能力の差はいかんともしがたかった。
「はぁっ……はぁっ! このぉっ!」
「どうした、動きが鈍ってきておるぞ。おぬしの全力はその程度か」
「ほざけジジイ! あたしの根性、なめんなよ!!」
初めに比べ、アンチマギアの動きが明らかに鈍くなっている。
玄公斎の思惑通り、彼女は無駄に体力を使い過ぎた上に、微量のダメージがあちらこちらに蓄積していた。
気合を込めた渾身のストレートを、玄公斎はマトリックスのようにブリッジして躱すと、その勢いでサマーソルトキックを放ち、アンチマギアの顎を蹴り上げる。
「がはっ」
鼻血を吹き出し、受け身も取れないまま頭を地面に打ち付けると、間髪入れず玄公斎がその豊満なボディーに馬乗りになり、情け容赦のないグランドパンチングの連撃を浴びせる。
「どうじゃ、降参するなら今のうちじゃ」
「な、なめんな……この程度っ!」
顔面に激しい痛打を受けながらも必死に防御し、逆に足を無理やり動かして米津の腰にかかとによる一撃を喰らわせる。
「つぅ……流石に今のは効いたわい」
「へっ、根性がありゃなんでもできんだ!! おりゃぁっ!!」
場はいよいよ盛り上がり――――
先ほどまで白一色だった周りの世界が、いつの間にかどこかの大きな神社にある奉納殿の舞台に変わり、ただの黒い人影は米津とアンチマギアの殴り合いを楽しそうに観戦する人間の客に変化していた。
今二人の戦いは、単なる喧嘩から人知を超えた存在への方の奉納武闘のようなものになっているようだ。
もっとも、アンチマギアは戦いに夢中でもはや周囲の形式が全く目に入っていないようだが…………
「さて、もう十分じゃろう。おぬしもふらふらじゃし、見物人たちも十分に楽しんだ」
「なにを、言ってやがる…………まだまだこれからだ!! うおぉぉぉぉ!! こんじょーーーーーーーーっっ!!」
アンチマギアは力を振り絞ってストレート連打後にハイキック。
一撃一撃は確かに鋭かったが、何も考えずにはなった渾身の攻撃は致命的な隙を生んだ。
『楽しかったよ。この戦いを僕たち以外が見られないのが残念なくらいだ』
振り上げたアンチマギアの蹴りが硬直した瞬間に、玄公斎による逆襲の蹴りが太ももに直撃。
アンチマギアの足全体に激痛が走り、よろめいてバランスを崩したところに腹部への追撃、のど元への手刀がきれいに直撃し、大ダメージを与える。
「がっ、ぐわっ!?」
「おぬしは殺さぬ。じゃが、負けくらいは素直に認めるがよい」
そして、最後に強力な正拳突きを喰らわせ、アンチマギアを大きく吹っ飛ばした。
二人の距離が再び大きく離れたことで、謎の空間はまたしても消滅。
吹っ飛ばされたアンチマギアは、鼻血を出しながら砂浜に仰向けに倒れこんだ。
「はは……楽しかった、ぜ」
「せ、船長!?」
「せんちょーーーっ!!」
女海賊たちが慌てて駆けつけてくる中、アンチマギアは実にいい笑顔で気絶したのだった。
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