喧嘩と観察は異世界の花 前編 (VS マギア・アンチマギア)
「あむあむあむあむ! ん~、今日もお米がおいしい! 生きててよかった!」
「料理長、食料庫の在庫は?」
「今のところは問題ありませんが、すぐに買い足さなければ。しかし、米については厳選した農家から買い入れておりますので、場合によっては質を落とさねばならないかと」
「それは困ったわねぇ。あの子にはきちんといいものを食べさせてあげたいけど、ないものは買えないわね」
高級リゾートホテル『阿房宮』にある食堂では、今日もあかぎがモリモリとご飯を食べていた。
その様子を眺める環は、どんどん食べて大きくなってほしいと思うとともに、ホテルに備蓄してある食料の在庫が心配になってきていた。
幸い料理長は、あかぎが大食漢(?)であることを見越して、客に出す用の食材とは別にあかぎ向けの食糧庫を設けており、客に出す料理に支障をきたさないようにはしていたが…………それでも農作物、特にお米は一番たくさん消費する上に、この世界ではお米を作っている農家があまりいないせいで仕入れに苦労していた。
その上、質のいいお米を厳選するとなるとさらに困難が予想された。
「ごめんなさいね、私の我儘で」
「いいのですよ奥様。私が作ってくれた料理をあんなにおいしそうに食べてくれるなんて、料理人冥利に尽きます。それに……前働いていたホテルで日陰の存在だった僕を、奥様はいきなり料理長に抜擢してくださいました。この程度の我儘であればいつでもお申し付けください」
「まあ、心強いわ」
ホテルの食材をものすごい勢いで消費していくあかぎを邪険にもせず、むしろ自分の料理をおいしそうに食べてくれて嬉しいと語る料理長。
彼はもともと、クリアウォーター海岸地区でも一二を争う大きなホテルの料理人だったが、そのホテルは料理長が変わってから自分に靡かない料理人を邪険に扱い始め、雑用や仕入れ、面倒な料理の大半を押し付けられていた。
そんな彼に環が目をつけ、このホテルの料理長に抜擢した。
客からの評価も好評で、ホテル『阿房宮』は料理がおいしいところとして徐々に評判になりつつある。
「ふー、今日もすごくおいしかった! ごちそうさまでした!」
「お口に合ったようでなによりです、お嬢様」
昼飯をたらふく平らげてすっかりご満悦のあかぎ。
この後はまた食後の運動として修業を再開しようと思っていた――――その時であった。
ズドオォン!!
「うわっ!? 雷!?」
「この音は、大砲かしら?」
「砲撃を受けた! 被害状況の確認を急いで!」
「お客様の無事が最優先だ! 建物の緊急バリアの展開を!」
どこからか砲弾が着弾する音が響き、ホテルの建物が少し揺れる。
幸い建物への着弾はなかったようだが、従業員たちが急いで被害状況を確認する中、あかぎは食後すぐにもかかわらず愛用の刀を手に取って、音がした方角へと急いだ。
「お客さん! けがはありませんか!」
「おお……支配人のお嬢さん、我らは無事です…………しかし、あれを!」
「えーーーー!! なにあれ! 海賊船!?」
お客が指さす方向を見れば、そこには海に浮かびながらこちらの方に艦首を向けた大型の木造船が見えた。
大きさ的には「フリゲート艦」と呼ばれるもので、真っ黒なメインマストにはでかでかと真っ白などくろマークが書かれていた。どこからどう見ても、海賊そのものである。
「おらあぁぁぁん!! 泣く子も黙る最強の海賊団『ビーチ・マギア』とは私たちのことだ! 大人しく金と人を渡せーーーーー!!」
どんどんビーチに近づいてくる海賊船。その船首に備え付けられている主砲に片足を乗せながら拡声器で叫ぶ女海賊がいた。
彼女の名前はマギア・アンチマギア。海賊団『ビーチ・マギア』を率いる女船長である。
どことなくコスプレ感のある、まさに絵にかいたような海賊服を着た飴色のポニーテールの女性であり。これまた海賊らしさを出すためか、左目には眼帯をしている。
ちなみに、
「ちょっとーーー! ホテルにいきなり大砲打ち込むなんてひどいじゃないですかーーーーー! お客さんに当たったらどうするんですかーー!」
向こうが遠くにいるので、あかぎも負けじと訓練で使っている七色模様のメガホンで叫び返した。
「うるせーーー!! んなこん知ったことかーーー!! さっさと私たちの要求に従え! さもなくばタイマンだ!!」
「金はともかく人をよこせってなんですか!!」
メガホンで叫んでいたあかぎがふと後ろを振り返ると、従業員たちが緊張した面持ちで海賊船を見ていた。
彼らの中から、料理長が一歩前に出てあかぎに声をかけた。
「お嬢様……恐らくあの海賊団の狙いは、このホテルの営業妨害と、そして我々従業員なのでしょう。最近になって急激に成長した当ホテルが、この地域の有力者たちから目を付けられ、引き抜いた我々のことも無理やり連れ戻そうとしていると思われます」
「そんな……料理長たちを連れ戻しちゃうなんて、あたし嫌だよっ! 料理長のご飯が食べられないのも、お客さんのために頑張ってるホテルマンさんたちも、いつもきれいにしてくれる清掃員のみんなも、あたしたちのホテルには必要なんだから!」
「お嬢様……」
料理長の予想は正しかった。
米津たちのホテルはここ最近急成長を遂げているせいで、殿様商売でいい気になっていたほかの有力なホテルたちは客を取られて憤慨していた。
さらに、いままでこき使っていた「もう遅い系」人材たちがいなくなったことで、どのホテルも「もう遅い系人材がいなくなって初めて大切さに気が付いた症候群」を発症して業務がガタガタになってしまったのだ。
そのため彼らは、海賊団『ビーチ・マギア』に大金を支払い、ホテル「阿房宮」の営業妨害を依頼させたのであった。
もっとも、マギア・アンチマギアはそんな政治的な駆け引きは正直どうでもよかった。金をもらってお墨付きを得て海賊行為ができるだけで彼女には都合がいい、ただそれだけの理由だった。
こうしてお互いにメガホンで叫びあっているうちに、海賊船は水深ギリギリのところまで接近し、乗っていた乗組員全員が次々とホテルの敷地になっているビーチに上陸してしまった。
「おらああぁぁぁぁん!! タイマンだ、タイマン! 殴られたい奴からかかってこいってんだ!」
「なにおう、そこまで言うならこのあたしが!」
あかぎが飛び出していこうとしたところ、その前に自室で昼寝をしていたはずの玄公斎が現れた。
「さっきから騒がしいのう、せっかく人が昼寝しておったというのに、大砲をぶちかますとは。少しは周りのことも考えて空気を読まぬか」
そう言って玄公斎は、手に持っていた何かをマギアの前に投げ捨てた。
それは、真ん中で見事に真っ二つになった大砲の弾だった。
「おらぁ、私のプレゼントを随分と粗末に扱ってくれたなぁ! やるかジジイ! タイマンだ!」
そう言うと、彼女は来ている海賊服っぽい上着を勢い良くその場に脱ぎ捨て、拳にスマートな作りのナックルダスターを装着した。
上着を脱いだマギアは、局部だけが隠れるような(というより盛り上がりがあるせいで殆ど隠れてない)非常に布面積が少ない水着だけになってしまった。
マギア自身、身長170近い長身のうえに出るところが出て、引っ込むところが引っ込む抜群のプロポーションのせいで、同性のあかぎでさえ赤面するほどのエロスを放っていた。
「きゃあああぁぁぁぁぁ!!?? な、なんてトレンチな格好してるんですか!」
「それを言うなら破廉恥、じゃろうな」
「おじいちゃんは何とも思わないの!?」
「ワシはもうジジイじゃしなぁ。それに、ワシはかあちゃん以外の三次元の裸はいまいちピンとこぬ」
「おじいさん、今聞き捨てならない言葉が聴こえた気がしますが、聞かなかったことにしましょう」
「うむ、そうしてくれると助かる。とはいえ、相手は真剣なのじゃろう。であれば、こちらも脱がねば無作法というもの」
何を思ったか、玄公斎も着ていた服を脱ぐと…………褌一丁になり、100近い老人とは思えない引き締まった体をあらわにした。
「きゃああぁぁぁ!? おじいちゃんがふんどしいぃぃ!?」
「……冷静さを取り戻せるとよいのじゃがな。あかぎよ、手下どもの相手はそなたに任せる。今のそなたなら、十分互角に戦えるじゃろう。頭だけはそなたでは荷が勝ちすぎるゆえ、わしが直々に相手しよう」
「よっしゃ、そうこなくっちゃなぁ! おまえらはあのちびっこをわからせた後、目についた連中を片っ端からボコれ! このジジイは私が仕留める!」
「「「イエスマム!!」」」
こうして、ホテルの敷地にあるビーチで二手に分かれて戦いが始まった。
「へっ、あんたがどんな能力を持っているか知らないが、真のタイマンってのを教えてやんよ!!」
マギア・アンチマギアが腕をコキコキ鳴らし、体制を整えると、一気に玄公斎との距離を縮めた。
そして、間合いが一定距離になった瞬間――――奇妙なことが起こった。
「……あん?」
「む?」
気が付けば、玄公斎とマギアの周囲が白一色に染まっていた。
周りに広がっていた砂浜や海も、あかぎや女海賊たちの姿も見えない。
そのかわり、影だけのシルエットが多数、一定距離を保つように二人を取り囲んでおり…………その中でただ一人だけ、薄緑色の狩衣を着た可愛らしい少年が、ぽやっとした笑顔で宙に浮いていた。
一体、二人の身に何が起きたというのだろうか?
【今回の対戦相手】マギア・アンチマギア
https://kakuyomu.jp/works/16817139557946491917/episodes/16817139557946887799
※なお、設定を一部無視しているように見えますが、真相は次の話で明らかになります。
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