過去との再会 後編

「おじいちゃん、一人で大丈夫かな」

「安心なさい、人の子よ。この『常夜幻想郷』はあの暗黒竜の目を数千年もの間欺き続けた場所……。この世界にいる限りは、敵におびえることはないわ」


 玄公斎が一人瞑想にふけっている間、グリムガルテとシャインフリート、そして環やあかぎをはじめとする黒抗兵団は、そろって昼食を摂っていた。

 玄公斎を一人にするのはいささか不安ではあったが、周囲に人がいると集中できなくなる恐れがあるし、この世界が安全なことはグリムガルテが太鼓判を押している。


「さて、グリムガルテ様。あかぎちゃんが秘めている秘密について、あなた様ならわかるといっていましたが、話してくださいますか?」

「ええ、もちろんですよ天女さん」

「あら……いやですわ。こんなところで人の秘密を暴かないでくださいな」

「ふふふ、私には隠し事は通用しないってことを知ってほしくてね。そうね、もったいぶらずに言うと、この子には火竜の力の源……『原初の火種』の一部が組み込まれているわ」

「え…………あたし、親が竜なの!?」

「いえ、そうではないわ。あくまであなたは人間同士から生まれた存在なのだけれど、いったいどんな絡繰りを使ったのか、人間なのに火竜の力が封じられているのよ。もっとも、まだ本来の力の0.1%以下しか使えていないようだけれど……これはなかなか由々しき事態ね」


 グリムガルテの見立てによれば、あかぎの身体の奥には『原初の火種』という非常に強力な力の源が組み込まれているようだ。

 この『原初の火種』は、本来火竜の中でも特に「始祖竜」の血が濃い個体に極稀に発生するもので、数ある竜の中でも雷竜と同じくらい実力主義が強い火竜は、この原初の火種がある個体がその時代の代表として君臨していたという。

 あかぎ自身はあまり自覚はないが、この力を持つことで炎に完全なる耐性を持ち、火炎や熱を自在に操ることができるようだ。


「じゃあ……この前列車での戦いで、なんとなく炎を吸収できそうな気がしたのは、あたしの中にある力がそうさせた…………ってこと?」

「まさにその通り。そして、あなたがその力をもってここにいるということは、あなたは火竜たちが移住した世界から逆輸入される形でこっちに飛ばされてきた、ということでしょうね」


 そもそも、この世界の火竜たちはもともとエリア6「古戦場」のある地方に拠点を持っていた。

 竜の中でも比較的個体数が多い種族だったが、実力主義が強すぎて種族として一つにまとまることができず、部族によって竜王につくもの、人間に味方するもの、興味を失ってほかの世界に移住するものなどに分かれてしまった。

 特に、その時代における火竜の最大の実力者「紅蓮竜ノア=アルトー」は、火竜が暴れすぎると星の寿命が縮むことを理解しており、火竜たちが徒に力をふるうのを禁止していた。

 そのせいで、喧嘩っ早い火竜たちは自分たちが力を存分に振るえない不満に思っており、かなりの数の火竜がノア=アルトーの監視下から逃れ、自分たちが存分に暴れられる異世界に渡っていったのだという。

(なお、アルトー自身は人類に味方した上に同族を殺しまくり、やることやったらさっさと別世界へ移住するという畜生ムーブをかましているせいで、同族はもとよりほかの竜からの評判も最悪に近い)


「あかぎちゃんが元居た世界がどうなったかまでは、残念ながら私の占いでもわからなかった。けれども、もし火竜たちがほかの竜がいない世界で存分に暴れたのであれば…………その世界は遅かれ早かれ焼き尽くされる運命にあるわ」

「………………」


 あかぎは昨日見た夢の内容を思い出した。

 焼き尽くされる世界、炎に焦がされる人々、そして赤い鱗の竜――――

 それが本当の故郷の最後の光景だとしたら――――


「な、泣かないであかぎちゃん! これで涙を拭いて!」

「え……?」


 傍で話を聞いていた光竜シャインフリートが、あわててあがぎにハンカチを差し出した。

 あかぎは、自分でも気が付かないうちに涙を流していたのだ。


「ん…………ありがとう」

「うん、どういたしまして! 女の子は泣かせちゃいけないって、グリムガルテから言われてるからね、そうでしょ母さん?」


 グリムガルテは満足そうに微笑みながらうなずいた。


「あら、そういえばシャインフリート君はグリムガルテ様の息子さんなのですか? その割には種族が違う気がするのですが」

「聞かれるとは思っていたわ。答えは……ノーよ。血のつながっている息子ではないのだけれど、親を失った卵から子供代わりにずっと育ててきたの」

「うん……僕も、本当の父さん母さんの顔は知らないんだ。でも、グリムガルテがずっと育ててくれたから、寂しくはなかったよ」

「本当に……あの大戦では多くの竜が戦死してしまったせいで、親のいない卵が多く残されてしまったの。竜は卵の状態なら数千年は大丈夫だけれど、その代わり自力で孵ることができないから…………」


 話を聞いていた環たちは、改めて古の大戦で竜が被った被害の甚大さを知った。

 彼らが異世界に渡る術を持たなかったら、米津夫妻の世界と同様に、竜という種族は絶滅していた可能性が高い。


「正直……私たち闇竜は、あの暗黒竜と同じ種族だから、同じ悲劇を繰り返さないためにも結婚せずに次世代を作らないと決めたの。そして私も、自分の命運を占って一生子供ができないことを知っていたけれど……その占いは外れたというわけ。ふふふ、でもよかったわ。人生で唯一の占い失敗が、うれしい誤算だったなんて」

「そういわれるとちょっと照れるね、母さん……」

(なんだかまるで『逆夕顔』……つまり、私と似たような感じなのですね)


 この二人は、なんとなく「親子」の関係では終わらない、そんな気がしてきた環であった。


「しかし、占星術というのは、そこまで細かく運命を予想できるものなのですか?」

「そうね……そもそも、運命というのはある程度決まっているものなの。すべての物の動きは、周期的な計算の上に沿っているものだから、それを変えるというのは星を動かすほどのエネルギーが必要なのよ」

「ということは、私たちがこの先暗黒竜に勝てるかどうかも」

「勝てるわ…………私が保証する。かつての大戦でも、私はエッツェルたちの敗北を予言したし、この星が打ち捨てられることも知っていた。けど…………」

「けど?」

「最近少し、星に乱れがあるみたいなの。たぶん、異世界のことまでは運命の範囲外だから、そういった誤差が少しずつ影響を及ぼしているみたい。例えば、あの智白君を元の姿に戻さないと悪いことが起きるということは分かるんだけれど、何が起こるかが読めなくて」

「なるほど…………」


 グリムガルテの星詠みはその気になればかなり細かいことまで知ることができ、その精度も100%に近い。

 将来何が起こるかのわくわくがさっぱりないという欠点はあるが、それを差し引いても不確定要素というものがほぼ存在しないため、どんな危機が迫っていてもあらかじめ完璧な対策をとることができるという強みがある。


 が、近年は異世界からの干渉が激しくなってきたせいで、星の運動に乱れが生じてきているらしい。

 光の動きが1ミリでも違えば、将来の予測が大きく違ってくる占星術にとっては、見過ごせない不確定要素が出てきてしまっているのである。


「では、私たちが次に向かうべき場所を占うことはできますでしょうか?」

「それくらいならお安い御用よ。あなたたちが次に向かうべきなのは――――」


 グリムガルテが意識を集中させ、天空の星の位置を確認しようとした、その時…………彼女をとんでもない違和感が襲った。


「……っ!? 違う、これは……!?」

「どうかなさったのですか?」

「ど、どうしたのグリムガルテ!?」

「星の位置が……違う!?」




『運命など、弱者の言い訳にすぎん。力で運命を従わせてこそ、真の強者たるものだ』



 虚空から恐ろしい声が響くと同時に、常夜幻想郷を包む夜空の一角に、大きな亀裂が入った。


「いけない……この声はっ!?」

「攻撃が来くるわ! 衝撃に備えて!!」


 数瞬の後、虚空の亀裂から激烈な雷と火炎柱が走り、浮いている島々を直撃したのだった。

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