代償
北西方面に現れたサリエル率いる天使の軍勢は、悪竜王などの介入で紆余曲折あったものの、なんとか撃破に成功した。
主力となった玄公斎をはじめ、中核軍団となった黒抗兵団たちはすでに力を出し切りボロボロの状態になっているため、現地の戦後処理は後から来た増援軍団に任せ、彼らは本拠地となっているホテル阿房宮に戻ってきたのだった。
しかし、玄公斎と環はホテルに帰ってきてからすぐに休むわけにはいかなかった。
今回戦いに協力してくれたメンバーへの労いに、これから別方面の天使を討伐しに行くメンバーとの話し合い(※こちらを参照https://kakuyomu.jp/works/16817139557946491917/episodes/16817330660099010925)、そして中央にいるお偉いさんたちへの報告などなど。
そのうえ、今回の戦いでもオーバードライブを発動してしまったため、玄公斎は「智白君」の姿へと再び戻ってしまっていた。
「必要経費とはいえ、この姿は…………いや、じゃな」
「えー、いいじゃんおじいちゃん! すっごくかわいいよっ!」
「バッカお前、どこの世界に可愛いと言われて喜ぶ男がいるんだっての」
消耗が激しい玄公斎は、諸々の仕事をいったん環に任せ、あかぎと、アースエンドを倒して「力」を再吸収して無理やり再降臨したリヒテナウアーとともに食事をとっていた。
なお、アンチマギアは先の戦いで一番体を張ったため、念のため体内に異常がないか医療機関でチェックを受けている(もっとも、医者嫌いの彼女はすぐに脱走しようと暴れたが)
相変わらずどこに入れているのか不思議に思えるほどもりもり食い尽くすあかぎと、食事の必要はない召喚霊なのになぜか対抗して山ほど食べようとしているリヒテナウアー。
その一方で玄公斎は、やはり体が変化した影響か、おにぎり3個程度で満足してしまった。
「それで僕……いや、ワシはこんな姿になってしまったわけで、今のワシではおぬしに勝てん。それでもまだ、ついてくるか?」
「大丈夫だよおじいちゃん! この前はコテンパンにされたけど、今度はあたしが殴って言うこと聞かせるから!」
「オウオウ、大きく出たなテメエ。まあ、確かにお前はあのころに比べて、ありえねぇ位成長した。今ならこのリヒテナウアー様とやりあっても、いい勝負できるだろうよ。まあ、しかし、あれだ。まだしばらくはお前の下にいてやるよ。ありがたく思え」
「そうか、それはありがたい。君は鉄砲玉としてこの上なく便利……じゃから」
「鉄砲玉って」
「はっはっは! 子供の姿になっても、人の使い方はきちんとわきまえてるな! この世界はずいぶんと頭のいかれた連中が多いから退屈しねぇし、地獄みてぇな戦いにバシバシ使ってくれんなら、それが一番だ」
第1天兵団といい、変な仮面の少女といい、あの妖魔といい……言われてみれば
今は天使による人類の危機や、竜王勢力との戦いで名目上は団結しているが、それらが済んだら何らかのいちゃもんをつけて殴り合いかねない。
そのことを考えると、玄公斎は少々頭が痛くなるような感じがした。
「問題はまだまだ山積み……じゃな。とはいえ、南の天使は撃破済み、東の天使は〈神託の破壊者〉の面々が対処に向かっている。戦線も安定してきたことだし、今のうちに態勢を整えるとするかな。あかぎ、ワシは……しばらく道場に籠り、オーバードライブの負荷を回復する。それまでは智香どのと協力し、黒抗兵団たちの面倒を見てやってくれ」
「うん、わかった…………やっぱり、その姿だと不便?」
「この姿は、僕が、いやワシが、まだ未熟も未熟な頃のもの。幸いにして技能は何とかつないでいるが、元となる体は大幅に弱体化している。これでは、再び何かしらの危機が起きた際、戦力外となってしまう」
ともあれ、玄公斎は一刻も早く元の身体を取り戻したかった。
若いころと老人の姿では、一見すると若いころの姿の方が得なことが多いように思えるが、玄公斎の場合、身体が晩成傾向なのか、若いころならムキムキといった風にならない。
何より大きいのが、歳を重ねて得た元帥固有の威厳がすべて吹っ飛び、女の子に揉み間違えられるくらいのかわいらしい容姿は、知らない人に舐められやすい。
一応、女の人から「可愛い! 抱っこさせて!」といわれることがメリットかもしれないが、妻一筋の玄公斎にとっては嫌なことこの上ない。
「うっぷ、少し喰いすぎた。私は腹ごなしにあのハゲと殴り合いしてくる」
「ほどほどにしてね……いや、するのじゃぞ。いつ不測の事態が起こるかわからんから」
「当然だ。呼ばれたらどこにだろうとワープで駆けつけるからな」
そう言ってリヒテナウアーは、イ〇ノの家に野球しに行くようなノリで、次の戦いに備えて訓練している天兵団たちと殴り合いをしに行った。
「おじいちゃん。あたしは……」
「あかぎは気が済むまで食べているといい。またゆっくり食事をとれるのがいつになるかわからないから」
こうして玄公斎は、食事を終えた後一人で道場へと向かった。
若者たちを鍛えた道場は、1日で1年経過するということで何かと便利な施設であり、色々な無茶を通すために何度も使用されることとなった。
しかし今は特に利用者は居らず、内部に入ると和風の建物がシーンと静まり返っている。
また、この道場の機能は単純に1日の時間を拡張するだけではない。
構築にあたって、様々な工夫を凝らした結果、精神的な領域への干渉が通常世界より容易になる効果がある。
よって、玄公斎のように内なる神を宿している人物は、それらの存在に通常空間より容易に近づくことができる。
玄公斎が中庭に足を踏み入れると、雰囲気が一変――――
おなじみ、オーバードライブ中の風景、桜舞い散る神社の境内が姿を現す。
そしてそこに、玄公斎の容姿とうり二つの男児がたった一人で立っていた。
「来ると思っていたよ、智白君」
「少名毘古那神様。申し訳ありません、短期間にまたこのような無茶をしてしまって」
「ああ、全くだ。君たち退魔士は
ふと、玄公斎はスクナビコナの雰囲気がいつもとは違っているように感じた。
言葉にはしがたいが、なんとなくいつもよりも身近な存在に感じる。
日本国の国体の大本となった国造りの神を相手に話すとき、決まって体全体が何かで締め付けられるような緊張と畏敬の意を感じるのだが…………それがいつもより極めて薄く、まるで家族と話しているような感覚になっていた。
「ですが、世界の危機に際し、僕一人の命で救えるなら喜んで差し出しましょう。ましてや、一時的な難があるとはいえ、回復できるのなら躊躇する理由はありません」
「はは、本当に君は優しい子だ。ずっと変わらない……君は自分のために力を欲したことは一度もなかった。ほかの人泣いているから、苦しんでいるから、助けを求めているから…………それは確かにいい事なのだけれど、差し出し続けた結果、君自身には何が残っているだろうか」
「……いずれ人は死ぬのですから、残す者なんて子孫への十分な財と、後進への技術継承くらいで十分でしょう」
「…………」
スクナビコナは、何かを悟ったかのように空を見上げ、風と一息ついた。
「皮肉なものだね。君をこれから待ち受ける運命は、ほかの人にとってはきっととても羨ましいものになるだろう…………けれども、君にとっては、死ぬ以上の苦痛となる」
「それは、どういうこと?」
「君の身体は、もう人間の姿には戻らない。オーバードライブの酷使で、君の身体は神の座に近づきすぎた。君は……八百万の神々の一柱として、永遠に生き続けることになる」
「………………え?」
衝撃的な事実を知らされた玄公斎は、しばらくぽかんと立ち尽くすほかなかった。
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