永遠の愛

 かつては一介の人間にすぎなかった、米津智白よねづ ちしろこと玄公斎は、今や「神」の一柱となった。

 そのことが信じられない少年姿の智白は、あまりのショックに呆然としてしまっていた。


「僕が……神様に? ははは、冗談でしょう?」

「冗談なんかであるものか。君が何度か力を借りてきた、名もなき英雄たち一人一人が八百万の神々の一部だ。君もまた例外ではない。しいて言うなら、彼らは望んで神の座にとどまっているが、君は皆に望まれて神へと至った。誇っていいと思うよ」

「それは……」



「やっぱり、こうなってしまったのね。私のせいでもあるわ、本当にごめんなさい」

「……! タマお姉ちゃん、どうしてここに?」


 別の声がした方向を振り向いてみれば、そこには申し訳なさそうに立つ若い姿の環があった。

 だが、長い間生きてきた玄公斎は、彼女を見ただけですべてを察した。


「そっか……タマお姉ちゃんは天女。人間よりも「神様」に近い存在。ほとんど1世紀もの間、何度も力を与えてくれて、おまけに普通の人間には扱えないはずの「天涙」をずっと使ってしまった。ここまでしてしまったら、人間という器から遠ざかって当然か」

「ええ、言い訳はしないわ。けど、騙すつもりはなかったことは本当よ。シロちゃんならきっと、その優しさと心の強さで、人の上に立って多くのことを成し遂げることができると信じていたわ」


 昔の言葉でいうなら、智白は小さなころからすでに「神に魅入られていた」というべきだろうか。

 彼はいったん目をつぶり、ふーっと深く息を吐く。

 昔から、悩み事があった時はこうして深呼吸するのが癖になっている。

 だが、流石は軍人だけあって、深呼吸が終われば迷いをすべて消すことができた。


「納得はいってない。けど、受け入れるしかないか。僕はもう二度と人間に戻れないのであれば、これからはそれ相応の生き方――――いや、神様だから「在り方」をしなければならないね。人間としてはずいぶんと先輩になったものだけれど、神様になったからには赤ん坊からのやり直しに近い…………。だから、これからも永遠に、僕のことを面倒見てよね、たまきお姉ちゃん」

「……っっ!! え、ええ! もちろんよ! 嫌われちゃわないかずっと心配だったのだど」

「其れこそあり得ないって。大昔に誓ったでしょ、健やかな時も病めるときも、ずっと支えあって生きていくって」

「もうっ、シロちゃんったら♪ お姉さん嬉しくなっちゃうわ!」


 こんな時でも妻にこんなセリフを吐くのだから、この子は生粋のお姉さんキラーなのだろう。

 環は嬉しさのあまりその豊満な胸で智白を力強く抱きしめてしまう。


「ちょっ、まっ、苦しい……」

「ええっと、言っておくけど神様になったら「普通の方法」では子供出来ないからね?」


 そんな二人をあきれるように見つめるスクナビコナ神。

 環はそんなの分かってましたと言わんばかりの表情だ。


「ふふふ、知ってましたともスクナビコナ様♪ はじめてシロちゃんと会った時に、初めに産んだ子以外は全員「天女」として、大人になったら天界で生活させるという契約をしていましたからね。優秀な天女が増えて、吉祥天おかあさまもお喜びだったわ」


 というのも、環をはじめとする天女は寿命が存在しない代わりに、天女という種族単体で生殖することができない。

 魔の物との戦いで数を減らすと、その分を補充しなければならないため、時々人間に力を貸す代わりに、天女の「補充」に協力してもらっていたのである。

 智白も環と婚約した際、長女とその一族だけは米津家を継ぐために今でも人間界で生活しているが、次女以降の7人の娘は、成人になり次第天界で天女として働いているのである。


 記録上では米津の娘たちは、長女を除いて「宮内庁勤め」となっているが、天女となっていることは一部の人間しか知らない重要機密である。


「さて、そうはいってもこの身はおそらく神になって浅く、実力はまだ人間の時以下だ。今すぐに「人間やめました」なんて言っても、おそらく仲間たちが混乱するだけだ」

「ということは、しばらく情報管制を敷くということかしら」

「うむ。知らせるとしたら、とりあえずあの二人だね。冷泉准将はこういったことに関しては口が堅いし、長曾根は冷泉准将の言うことであれば死んでも聞くだろうから」

「ちょっと心配なのは、黒抗兵団うちの仲間で見抜いてきそうな人がいる可能性だけど」

「その時はその時さ」


 ともあれ、玄公斎が神となって二度と老人の姿に戻らないことは、当面の間一部のメンバー以外には秘密にすることとした。

 今むやみにこの話を広げてしまうと、仲間たちがパニックになるだろうし、それが竜王や悪竜王陣営に何かしらのメリットを与えてしまう恐れがある。しばらくは「オーバードライブを短期間に使いすぎた弊害」ということで、ごまかすほかない。

 もっとも、環が言う通り一部の人知を超越したメンバー(ゼルシオスや遥加など)には雰囲気だけでバレる可能性があるが、聞かれたら改めて説明するほかないだろう。



 そんなわけで、智白は諸々の説明のために冷泉雪都と長曾根要の2名を呼び出した。


「ごめんね二人とも、忙しいときに呼び出してしまって」

「いえ、そのようなことは。それに、元帥がわざわざ呼び出すということは、それなりに重要なことかと」

「やはり、オーバードライブの影響は長引きそうなのですか?」


 戦後処理で非常に多忙なはずの二人だったが、特に嫌な顔一つすることなく道場へ足を運んできた。

 雪都の言う通り、元帥直々に呼び出すということは、周りに聞かれては困るような話であり、重要度は非常に高い。


「そうそう、とっても重要な話なんだ。一言でいうと、僕はもう元の姿に戻らないらしいんだよね」

「「え!?」」


 が、予想斜め上のことを聞かされた二人は、揃って口をあんぐりと明けた。

 普段どちらかといえばリアクションに乏しいこの二人が思わずこのような間抜け面するのだから、よほど衝撃的だったということがわかる。


「し、しかし閣下!? それでは……」

「ずっと弱体化したままということに……」

「そうなるね。いや、幸いなことにさっきちょっと確認したら、いくつか新しい能力が使えるようになったんだけど、能力的にはの半分程度ってところかな。技術がほぼ失われていないのは幸いだけど」


 智白がもはや玄公斎に戻れないことで、雪都はすぐに考えられる悪影響が頭の中で数十個単位で思い浮かんだ。確かにこれはそう簡単にほかのメンバーには知らせられない。

 その後、二人には今後しばらくは仲間たちに秘密にしながら、この世界の危機が収まるまで対処していこうという話を進めた。


「危機がひと段落したら、おそらく黒抗兵団は規模を縮小することになる。一部の無理やり戦わせていた人員はもちろん、この世界ではとにかく労働力が足りていないから、普通に働ける人は仕事についてもらった方がいい。そして、規模を縮小した黒抗兵団は僕じゃない人が率いなければならない」

「なるほど、軍の権限移譲ですか。そうなると、次世代の指揮官は……」

「あかぎで決まりだ。あの子なら今ではしっかりとした能力もあるし、ちょくちょくリーダーを任せただけあって、それなりに人の動かし方を心得ている。あとは、この戦いがすべて終わるまでにもう少し箔をつけとかないとね」


 智白はすでに危機が終結した後のことを見据えていた。

 智白や環は、あくまでこの世界に観光という形で一時的に滞在しているだけであり、いずれは本来の世界に戻らなければならない。

 「援軍」として連れてきた本国軍も、すべてが終わったら順次撤退していかなければならないだろう。

 そして、残ったこの世界で智白の代わりに乗った冒険者たちをまとめ上げるのは、あかぎやアンチマギアたちの役目となるわけだ。


 今この世界に迫っている危機のうち、いくつかはこの世界の者ではない異邦人によって討伐されるだろう。

 しかし、そればかりではこの世界のためにならないと智白は感じていた。


「また何か危機が迫った時に、彼らがまた誰かに助けてもらえばいいと考えてしまうのは危険なことだ。せめて一つくらいは、この世界の人の手でこの世界の危機をはねのけたという実績がなければ…………」

「私も同じくそう考えます。そのうえで、にのまえ大将から聞いた話では、本国政府がこの世界への進出――――ありていに言えば、植民地化をもくろんでいると報告が入っています」

「なるほど、それは非常にまずい。これだから異世界交流は難しいんだ……」


 子供の姿のまま戻らなくなってしまった玄公斎もとい智白だったが、彼が抱える問題はまだまだ山ほどあった。

 それらを全て片付けなければ、元の世界に帰ることなどできないだろう。

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