女神、ショタ元帥と会談する
「米津、先生⋯⋯⋯⋯?」
「あ、うん。この姿はあまり気にしないでね」
気にしないのは、無理だ。
そして、目前の男の子もそれは理解しているだろう。
そう、まだ
そして、御歳97だったはずだ。断じて9.7歳ではない、はずだ。
「お噂には伺っておりましたが⋯⋯かの戦場では、それほどの激戦だったのですね」
「まあ、そうだね。そちらも負けてはいないだろうけど」
神造巨人を操っていた大天使、それと同等の存在との激戦。いや、それだけではない規模だったことも何となく耳に入っている。
「死闘の後、身体が癒える前の御無礼ご容赦ください」
「随分改まるね。あの修行期間を過ごした仲じゃないか。もっと気楽にするといい」
「⋯⋯そうですね。では、お言葉に甘えて」
雷鳴のように威厳に満ちた声色は、見た目に引きずられてか随分と爛漫な空気に包まれている。CVもきっと違う。
虚ろな表情のまま、遥加は愛想笑いを浮かべた。この簡素な会議室には、この三人の姿だけがあった。通信は完全にシャットアウトさせている。そして、扉のすぐ外にはマルシャンスだけが警備というか見張りに付いている。
それこそが、遥加が提示した条件だった。玄公斎は周囲の反対を宥めて快く受けている。その企図が、遥加にはよく分かる。
「あの戦場に、『悪竜王』の介入はあったよ」
「やはり、ですか」
これで、高月あやかが『悪竜王』を打倒したという淡い希望は打ち砕かれた。
「君ら――ごほん。お主らは確か、『悪竜王』と直接相見えたようだな」
「はい。私の『浄化』の
命からがら逃げおおせたものの、肝心の『浄化』は失われてしまった。取り戻す手立ては今も立っていない。
しかも、それだけのことではなかった。遥加とマルシャンスは共謀して『悪竜王』を打倒するための策を講じた。それでも、かの悪辣さは脆くも突き崩していったのだ。完全なる敗北である。
「『悪竜王』ハイネを足止めするために残った私の従者は、生きていればのお話ですが、まだどこかに身を潜めているはずです」
「仮定の話としては、随分と断定的に言うんだね」
遥加は両手を上げた。
「⋯⋯もぅ、いじわるですね」
「ごめんね。でも、あの子はそれほどの信頼を「あ、信頼はそんなにありません」
食い気味に言う遥加に、ショタ元帥は余裕綽々と顎を撫でる。廃都時空戦線で見せたあの脅威的な一撃。先日の巨大生物アースエンド戦においては最も必要な手札の一つに数えられるであろう。
手元に置けるのであれば心強さ満点ではあったが、この反応からして相応のデメリットもあるみたいだった。
「ま、いいさ。根拠だけはあるんだろう。であれば、彼女の姿を模したハイネの
「そうですね。
「女の子って得だなぁー⋯⋯」
身も蓋もないことを言う玄公斎に、後ろに控える真由美が小さく吹き出した。視線が突き刺さって姿勢を正す。
「米津先生は、『悪竜王』の眷属四天王を四分の三も打倒されているんですよね?」
「打倒してしまった、というのが実情かな。残りの一人はちゃんと和解の途を紡げたんでしょう?」
それは、少女の中での密かな誇りだった。遥加がはにかむ。
「だから僕には、そこまで情報を持ち合わせてはいないんだよね」
遥加は、紡ぐべき言葉に迷っていた。
「いいさ。その反応は正常だ」
「⋯⋯⋯⋯ありがとうございます」
「その反応、彼を思い出すのぅ」
にやりと笑う玄公斎。愚直なまでの向上心に紐付けられるのは、共に修行の日々を送っていた歳上の男の子。
「それは⋯⋯光栄です」
「彼は『黒竜王』の手に落ちた彼女の救出に向かった。てっきり、そこに加勢する気なのだと思ったけど⋯⋯」
「夕陽さんなら、大丈夫です。あの人のことはそこまで心配していないんですよ、私」
「理由を聞いても、いいかな? かなーり無茶する、危なっかしいところがあると思うよ?」
遥加は頬を掻きながら小さく笑った。
「夕陽さんから、これまでのことをそれなりに聞いたんです⋯⋯⋯⋯教えてくれないこともありましたけどね。粘った甲斐がありました。
あの人には――――誰かと繋がるための力があります。
あれだけの関係性を築けたのは、特異な異能のおかげなんかじゃない。あの人の、人としての強さが色々な相手を惹き込んだんです。だから⋯⋯私なんかが心配なんて、おこがましいですよ」
繋がるための力。
それが無かったが故に、あれだけ圧倒的な力を誇示していた高月あやかは女神アリスに敗れた。そして、遥加自身にも、その力が果たしてどれほどあったものだろうか。
卑屈な愛想笑いを作る遥加に、米津元帥は何も言わなかった。十数秒の余韻の後、彼はようやく口を開く。
「――――そうかい。じゃあ、これから君はどうするつもりなんだい?」
「私は、外界からの
「それは、何の因果で⋯⋯⋯⋯?」
この世界を襲う脅威は、『脅威』だけではない。『黒竜王』の危険も同等以上のものではあるし、彼女とより因縁が強いのは『悪竜王』のはずだ。
それらの疑問は、次の言葉でまとめて解消される。
「私は、女神アリス。リア様とは別の世界の、女神なんです」
「ほう――――」
同時、勢いよく会議室の扉が開いた。敵の奇襲でなければ、位置的にそれを行えるのはただ一人。
「まさか、貴女は⋯⋯本当に――――?」
「ごめんね、マルシャンスさん。立場的に明かすわけにはいかないんだ」
仮面の上からでも分かる動揺。そんな彼に向かって、遥加は困ったように微笑んだ。その微笑みが作り笑いでしかないことは、この場の誰もが承知している。それでも、情念が果てしなく薄れても、仕草の癖までは抜けきらないみたいだった。
叶遥加は、薄っぺらい愛想笑いを浮かべ続ける。
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