女神、正体を明かす
女神アリス。
かつてマギア・アリスだった少女。
彼女は、純化した情念とそこから生じた『救済』の
即ち――――神と呼ばれる存在へと。
彼女が偏在する世界では、情念の怪物はその存在を許されない。
人の情念の行き着く果てを見届けたい。そんな
彼女を人の身に繋ぎ止めていた黒の少女は、悪魔の手に堕ちた。
その事実だけが、少女に人間性を残させている唯一の気がかりなのかも知れない。
♪
「――――とは言っても。あんまり戦う神さまじゃ無いから、戦力としては期待しないでほしいけどね」
軽く、本当に軽く身の上話を済ませた遥加。彼女は玄公斎に向き直りながら、後ろ手でマルシャンスを手招きした。彼は、玄公斎と遥加のやり取りを横から見定めるように、少し離れて立った。
「……奇妙な因果もあったものよのう。長生きはしてみるもんじゃ」
「その外見で言われる方が奇妙な印象はありますけどね……」
玄公斎は重苦しくなった場の空気を和ますようにそう言った。
「して――――その女神としての権能、今は?」
「………はい。魔法と一緒に、失っています」
「であろうな。そこはかとない焦りはそれ故か」
遥加は曖昧に笑って誤魔化した。
「……ごめんなさい。アタシ、貴女の都合をちっとも考えられていなかった」
「……やめてよ、マルシャンスさん。私がそうしたいと想って行動した結果なんだから」
「でも――――」
続きの言葉は遥加が一睨みで押し留めた。感情が抜け落ちた虚ろな双眸に、黙るしか無かった。
「マルシャンスさんが私と出会って、この局面まで生き残ってくれた。それはものすごい戦略的な価値があることなんだ。分かるよね……?」
「……そうね」
米津元帥、とマルシャンスは小さな身体になった元帥に向き直る。
「アタシの持つ『悪竜王』の情報の一切を貴方がたに提供します。自分一人でどうにかしようなんて……甘かった。貴方がたの組織力が、悪竜一派を突き崩すのに必要です」
「ほう」
「……ここ、怒ってもいいんですよ?」
遥加の言葉に、玄公斎は軽く手を振った。『悪竜王』に敗れて玄公斎のホテルに匿われた遥加たちは、それでも与える情報を出し渋っていた。下手に知れ渡ると悪竜どもが切り崩しにくるという判断の下であったが、結果としては騙すような形にはなってしまった。
「気にせん気にせん。本当に切迫したものであれば自力で調べたわい。お主らとの関係が悪化する方が困る」
人たらしの愛嬌。
そんな笑顔が遥加とマルシャンスにのしかかる。
(……この人は、こうやって人を自分の味方に付けるんだ。夕陽さんのような『繋がる力』とも少し違う――――組織人のトップとしての才覚や経験値……)
「で、どうするの?」
急にあどけない少年のような仕草を見せた玄公斎が、慌てて表情を作り直す。
「君らは『脅威』の対抗に尽力するみたいだけど、『悪竜王』の脅威はちっとも衰えていない。取り逃した君のことを、虎視眈々と狙っているのかも知れないよ」
「それは……多分ありません」
若干言い淀んだ割には、奇妙な確信を感じさせる声色だった。
「私とマルシャンスさんの策は、『悪竜王』には全く通じませんでした。あやかちゃんがどれだけやれたのかは分からないけど……まあ、そんなに期待していません」
あんまりな評価に、玄公斎は思わず眉をひそめた。
「興味、なくなっちゃっていると思いますよ。私たちは遊び終えた玩具なんです。仮に私の魔法が戻ったとしても、直接相対しなければ済むだけのこと。それもきっと、バレてます。だから、先生たちに託したいんです」
「ふぅむ、若い頃から諦めが早いのは考えもんじゃのぅ」
玄公斎は遥加より小さな身体でぼやいた。
「私の実年齢、見た目通りじゃ無いかもしれませんよ……?」
「人格としての歳はそこまで重ねてなかろうて」
遥加は何も言えなくなった。
「けど、げふんげふん――――じゃが、あい分かった」
「情報と一緒に、戦力も。マルシャンスさんは、『悪竜王』に対して大きな戦力になるはずです」
「え…………?」
声を上げたのは、もちろんマルシャンスだ。彼には知らされていない話のようだ。そもそも、彼女は誰に対しても自身の奥底を明かしていないのかも知れない。
「それはそうでしょ。マルシャンスさんは、『悪竜王』をどうにかしたい――――復讐したいがために戦っているんでしょう? だったらこうなるのが自然なことだよ」
元々は、遥加の『浄化』の
「……少し、酷ではないか? 彼にも考える時間を「いいえ。ここで決めて」
助け船を出そうとした玄公斎の声を遮って、遥加はきっぱりと言った。
「分かったわ」
マルシャンスは即答した。彼の中で答えは既に決まっていたようだ。そして、このたった数日間で、幾度もの死線を共にした遥加には、きっと、それも分かっていたのだ。
遥加の表情が僅かに
悪竜王を打倒したいのか。
それとも、自らの手で悪竜王を打倒したいのか。
かつて投げかけた言葉の答えを見届ける。
そして。
そんな彼女の視界に映るのは――自分に跪くマルシャンスの姿だった。
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