天の死闘 地の苦闘 17(VS竜王軍)

 ポラリスは敗れた。ドラえごんも倒れた。そして、黒抗兵団と戦っていたリヒテルや戦闘竜の群れもまた消滅した。


『ヴァルハザード、観念なさい。残るはあなただけよ』

『リヒテルの野郎……あれだけ大口叩いていた癖にくたばりやがったか。ドラえごんの奴も抜け駆けしようとしやがったってのに返り討ちたぁ、つくづく使えねぇ味方ばかりだ』


 一人奮戦しているヴァルハザードは、離れた場所にいたリヒテルの気配が消えたことで彼の敗北を知ると同時に、今やエッツェル側で戦っているのはヴァルハザードただ一体だけとなったことを悟った。


(またこのパターンか…………死に間際もそうだった。俺たちは人間どもの群れを圧倒していたはずだったのに、気が付けば仲間たちが倒れ、俺も裏切りやがった竜族の連中にやられた。はっ、皮肉なもんだな)


 今の状況は、ヴァルハザードが大昔に死ぬ間際に似ていた。

 勢いはこちら側にあったはずだったのに、訳も分からぬまま敗北した。

 勝っていたのは自分たちのはずだった…………その無念は無意識に彼の亡骸に宿っていたようで、エッツェルはその無念を絶望の力で補完してよみがえらせた。

 ゆえに、今度こそ初めから本気で押し切るつもりだったのだ。


『はっ、どうせ降参を認めるつもりはねぇんだろ?』

『あたりまえでしょう。あなたたち厄竜は、存在そのものがこの世の理への反逆。悪いけど、ここで完膚なきまでに消し去ってあげるわ』

『だろうな! もとより俺は降参する気は、ネぇ! この体が最後のひとかけらが崩れ落ちるまで、一人でも多く地獄の道ずれにしてやらぁ!!』

『……! 何をする気!?』


 ヴァルハザードは玄公斎のオーヴァードライブのような最後の切り札を秘めている。

 モード『炎帝ノア』――――

 原初の火竜は、その存在自体が一種の災害であったと伝えられている。

 太陽のごとき燃焼の塊は、あらゆる生命だけでなく物質そのものを焼き尽くし、空間そのものを殺すと――古き竜の間では言い伝えられている。


(ああ……! せめて目の前の……! 原初の火種さえあれば!! 俺は……オレハ! エッツェルすらも焼き尽くせるハズダッタ!!)


 そのような脅威が地上に一時的にでも顕現すればどうなるか。

 それはすなわち、周囲数キロメートルが太陽に接触したような状態となり、あらゆるものが全て溶け落ち、惑星に一生癒えない傷を負わせる。


「グリムガルデさん!! こ、これは一体!?」

『全員、できる限りの防御をしなさい!! 私が抑えるけれど、どれだけ耐えられるかわからないわ!!』


 グリムガルデは、今までいろいろな場所を維持するための力をほぼすべて注ぎ込み、空間隔離を行う闇の結界を展開した。

 ここの中で抑えている限りは、世界に影響が及ぶことはないが……その熱量は数万℃を超えるため、グリムガルデでさえも抑えきれるか見当がつかない。


 しかし、そんなときに予想もしなかった幕切れがやってきた。



『もうよかろう、ヴァルハザード。此度の戦いはここで手打ちだ』


 常夜幻想郷の空に開いたままだった亀裂から、随分と落ち着いた男性の声が聞こえた。


『げっ!? その声は大老殿!?』

『大老……まさか、いえ……そんなっっ!?』


 最後の切り札を使用しようとしていたヴァルハザードが、急速に元の姿に戻っていく。

 その一方で、グリムガルテは「大老」という言葉と、声の主に心当たりがあり……その存在が向こう側の陣営にいることを知り戦慄した。


(祖竜ブレイズノア…………あれが甦ったとすれば、この星の命運は……)


 内心絶望しながらも、人間の前で何とか己を律するグリムガルテ。

 対するヴァルハザードは「大老」の言葉に不満たらたらだった。


『オイオイ、せっかくの一世一代の大勝負なんだ、水を差すなんて野暮な真似はやめてくれよ』

『お前の気持ちはわからんでもないが、このような詰まらぬところで無駄に戦力を失うこともなかろう。次に勝てばよい』

『チッ……相変わらず説教くせぇジジイだ。おいグリムガルテ、今回はテメェらに勝ちを譲ってやる。それまでにもっと戦い甲斐がある人間を飼えよ』

『……お生憎様。あなたたちは次も負けるわ。あなたたちが「人間」という生き物を認めない限りはね』

『ああそうだ、オイそこのテメェ』

「え……あたし?」

『次こそは……テメェの「原初の火種」は俺がもらう。それまでに誰にも渡すんじゃねぇぞ!!』

「そんなこと言われても…………」


 こうして、最後の切り札は使われることなくヴァルハザードは引き上げていった。

 グリムガルテとしてはここで逃がしたくはなかったが、お互いに満身創痍な状態だったので、今は休戦することを優先したのだった。


「……勝ったな」

「ええ、隊長。信じられないことに、我らの勝利です」

「ほ、本当だ! 私たち勝ったんだ! やったね隊長! あかぎもすごかったよ!」

「そ……そうかな、えへへ。あたしたち、勝ったんだ……そして、新しい力も」


 常夜幻想郷に平和が戻った。

 敵が撤退するのをその目で見た黒抗兵団たちは、たちまち歓喜の声を上げて、お互いの無事を喜び合ったのであった。


 すると、ちょうどいいタイミングで玄公斎たちと、増援の黒抗兵団、それに今回初めての戦いだったのに見事な大活躍を見せたシャインフリートが合流してきた。


「母さん! ううん……グリムガルテ!! 僕、やったよ!!」

『ああ……無事だったのね、シャインフリート!!』


 人間の姿に戻っていたシャインフリートが勢いよく飛び込んでくるのを見たグリムガルテもまた、巨大な竜の姿から人化状態に戻ると、両手を広げてシャインフリートを迎えた。


「ああもう、お母さん心配したんだから! もちろんシャインフリートは世界一強い子だって信じていたけれど、痛い思いをしていないか気が気じゃなかったのよ」

「え、えへへ……これで僕も一人前になれたかな」

「もちろんよ……あなたはどこに出しても恥ずかしくない、立派な男前の光竜なんだから。お母さんもすごく誇らしいわ!」

「ちょ……ちょっとまって、少し苦しいかも」


 大苦戦から解き放たれた解放感と、息子のようにかわいがっていたシャインフリートを心配する必要がなくなったこと、そして何より彼が一人で立派に務めを果たしたことがあまりにも嬉しかったのだろう。

 グリムガルテは大勢の人間が見ているにもかかわらず、空中に浮かびながらシャインフリートを強く抱きしめた。

 たっぷり褒められてうれしそうなシャインフリートだったが、グリムガルテの豊かな胸が顔に押し付けられていたせいで、危うく窒息するところであった。

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