天の死闘 地の苦闘 16(VS竜王軍)

(クソッタレ……なんで俺がこんなにイライラしなきゃなんねーんだ!! ちっ、やっぱりヴァルハザードの奴にやらせりゃよかった!!)


 生まれてこの方、戦いが大好きな竜生だったリヒテルだったが、今回の戦いからはそのような無限の楽しみが感じられなかった。

 なぜならリヒテルにとって「戦い」とは、自分と同等かそれ以上に強い「存在」との死合であって、人間との戦いは単なる「駆除」でしかない。


 彼が人間の相手を買って出たのも、あくまでグリムガルテに加勢されると面倒だからというだけ。単なる人間の群れだったのなら、生前のように片っ端からモヒカンにして同士討ちさせてしまうか、さもなくば暗黒竜から授かった黒い稲妻の力で一瞬でい粉砕できるつもりだったのだ。


 思い出せば、生前最後の戦い――――あの妖魔アルとの戦いは自身の集大成にふさわしい戦いだった。

 お互いの全力をぶつけ合い、そして人生で初めてにして最後の敗北を喫した。

 しかしその時、リヒテルは心の奥底で密かに願ってしまった。

「二度目の生があるのなら、もう一度強い奴と戦いたい」と………


(何の因果かしらねぇが、エッツェルの野郎に無理やりたたき起こされて、あいつの手下なんぞにならざるを得なくなった。が……もう一度あんな喧嘩ができるってんなら、悪くねぇと思ったんだがよ!!)


 だというのに、自分が相手しているのは一方的に蹴散らせるはずの人間。

 おまけに自分の思ったように力が発揮できず、苦戦する一方とあれば、フラストレーションがたまるのも無理はない。


『オラアアァァァァ!! 人間ごときがオレの邪魔をすんじゃねぇぇぇぇ!!』

「まったく、おバカねぇ♪ いつまでも人間が簡単に倒せるなんて思っていたら、大間違いだわ」


 その巨体を何度もくねらせ、あちらこちらから暴走気味に黒い雷を放つリヒテル。

 対する環率いる黒抗兵団たちは彼女の指示で整然と動き、結界の重ね掛けや術出力の上昇などでリヒテルをじわりじわりと削っていく。


 環もリヒテルがイライラしていることがなんとなくわかっている。

 あの竜はおそらく、今まで人間相手には負けたことがないし、なんなら「敵」として見ていない。

 そんな相手に全力を出すことなく敗北するというのは、どれだけ屈辱的なことだろうか。


(しかし、もう一押し…………決定的な打撃が欲しい!)


 ただ、はっきり言ってこのままでは不毛な消耗戦を続けるだけ。

 相手を倒すことができても、せっかく補強した黒抗兵団が壊滅してしまえば、元も子もないわけで。


 しかし、環の奮闘は功をなした。

 遠くからこちらに急行してくる、愛おしくて懐かしい気配を感じたのだ。


(シロちゃんがこっちに来る……!!)


 果たして、光竜シャインフリートの背に仁王立ちしたまま、玄公斎がこちらに向かってくる。


『見えたよ、米津さん……! ものすごい雷竜の力を感じる!』

「気を抜くでないぞ。わしも結界を張っておるが、当たればタダでは済まん。相手の先を読んで回避せよ」

『相手の先を読んで回避? どうやって?』

「案ずるな、ワシが誘導する! ……左じゃ!」

『!!』


 玄公斎の声とともに、シャインフリートが急速に左へとはばたくと、直前まで飛んでいた場所に極太の黒い雷のブレスが走った。


「次! 上に回避したのち、右からねじるように螺旋降下!」

『うん!!』


 間髪入れずに回避指示。

 シャインフリートも玄公斎の言葉によく答え、まるで流星のように速度を上げつつ降下しながら雷を躱していく。

 あっという間にリヒテルの巨体が直に見えるところまで接近し、あと数秒で殴り合いすらできる距離まで近づいてきた。


『つ、次はどうすればいいの!?』

「このまま……奴に突っ込む! 至近距離で光弾を当てよ!」

『ええぇっ!? 大丈夫なの!?』

「うちのかあちゃんを信じろ!!」


『何が来たかとおもやぁシャインフリートの坊主じゃねぇか!! 一直線に突っ込んでくるたぁいい度胸だ!! オレ様が殴り合いでボコボコにして――――』


 自分に向かって一直線に突進してくるシャインフリートを見て、リヒテルはこぶしで迎え撃つべく態勢を整えようとした………その時! 彼の身体が突如として巨大な何かで雁字搦めになったように動けなくなった。


「あら、動いちゃダメ♪ 陣形『縛鎖』!」


 玄公斎がシャインフリートとともに真正面から突っ込んでいくのを見た環は、こんなこともあろうかととっておいた陣形を組み立てた。

 『縛鎖』の陣形はいくつもの集団がまるで繋がる鎖のように、楕円形の人を重ね合わせるもので、発動すれば敵を見えない鎖で縛り動けなくすることができる。


 とはいえ子の陣形も万能ではなく、それなりの力があれば封印が破壊されることがあるし、なにより何度も使うと相手も慣れてしまい効果が落ちてしまう。

 玄公斎は信じた。

 環が必ず切り札を温存していることを。

 そして、最適なタイミングで使ってくれることを。


『はああぁぁぁぁぁっっ!!』

『ぬ、ぬわーーーーっっ!!??』


 目の前で動きを止めたリヒテルに対し、シャインフリートが正面から、至近距離で、光竜の光弾を一斉に浴びせる。

 邪悪な概念への特効があるシャインフリートの攻撃は、あちらこちらが傷つき黒い靄を吹き出すリヒテルに対し、まるで傷口に塩を塗るかのような大打撃を与えた。

 だが、リヒテルの災難はこれで終わりではない。

 シャインフリートから飛び降りた玄公斎が、リヒテルの頭上を飛び越え、完全にがら空きだった後頭部から背中の真ん中を、落下の勢いを合わせて激しく切り裂いたのだった。


「切り捨て御免っ!!」

『ウ、ウボアーーー!!??』


 血の代わりに黒い靄を盛大に噴出したリヒテルは、おぞましい叫び声をあげて仰け反る。

 そして、とどめの一撃が天空から厄竜を穿たんと狙いを定めていた。


「では、今こそ見せるわね! 黒き暴悪に抗う、私たちの輝ける意思! 神術陣形『百万一矢よろずひとや』!」


 環が最後に陣形を終結させると、彼女の手元に巨大な白い弓が現れ、金色の粒子を纏った矢を引き絞って、一度天高く放つ。

 無限の高さを持つ常夜幻想郷の空を高く高く舞い上がると、途中でぴたりと止まり、一気に急降下。

 地面に向かって落下していく巨大な矢は、仰け反ったリヒテルの心臓を一撃で貫通し、その巨体を地面に縫い付けたのだった。


『グ……グオオ』

「よし! よくやった母ちゃん!」

「いやだわシロちゃん、私のことは環おねえちゃんって呼んでくれなきゃ、ね♪」

「う……うむ、今はよしてくれ。この歳になっての「目覚め」は辛いからの」

『何の話?』

「あとでグリムガルテ殿に聞いておくれ」


 少しの間離れ離れになっていた夫婦は、雷竜リヒテルを倒してようやく再会することができた。

 うれしそうであるが、今の色気マシマシの環は、さすがの玄公歳にもかなり目の毒だったようだ。


『な……なぜ、だ……俺が、人間ごときに……! 認めん……こんなの』

「驕れる竜よ。お主は一度死に、また蘇ったようじゃな。生前にどのような相手と戦ったかは知らぬが、戦う気持ちに未練が残るほどの強敵だったのじゃろう」


 光の矢で地面に縫い付けられて、もはや消滅寸前のリヒテルは、今もなお自分が人間に負けたのが不服だったようだ。

 しかし玄公斎は、打倒したリヒテルに寄り添うように言葉を紡ぐ。


「じゃが、おぬしは感じなかったのか? ワシら人間の「本気」を。一寸の虫にも五分の魂があるように、人間は勝つためならいかなる手段をも使う。おぬしら竜に納得はできんだろうが、この戦いこそがお主という強大な相手に対する、ワシらの本気じゃ。対してお主は、ワシらに対して本気で向き合ったと言えるのか?」

『ほんき……だとぉ?』


 リヒテルも決して手を抜いたわけではなかった。

 最後の方は自身の全力をもって、人間たちを叩き潰さんとした。

 しかしそれは「本気」ではなかった。

 人間を侮るばかりで、本気など出せなかった。


「おぬしは、おぬし自身に負けたのじゃ。今まで無造作に踏みにじってきた人間どもの弱さを知っていたばかりに、敵として向かい合わなかった。そんな心構えで、本気を出したワシらに勝てる道理などないのじゃ」

『……………』

「ま、消えゆく竜に説教など無駄じゃろう。しかし、今度こそ生まれ変わるのであれば、一から修業をし直すことじゃな」


 リヒテルは頷くことも声を発することもなく、その目を閉じて全身が黒い靄となって消え去った。

 果たして彼に、玄公斎の言葉と、人間たちの本気は届いたのだろうか?

 今となってはわかる術などなかった。

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