天の死闘 地の苦闘 15(VS竜王軍)

 常夜幻想郷全体での戦況バランスが目まぐるしく変化していく中、次に変化が訪れたのは、玄公斎を守りながら戦う光竜シャインフリートと、それを打ち破らんとするドラえごんの一騎打ちだった。


「あららー、もうボロボロじゃないか。おとなしく諦めて降伏しなよ。僕も命まで取ろうとは思わないからさー」

『……降参なんてするものか、僕はまだあきらめないっ!』

「やれやれ、シャイ太君はなんでそんなにまで一人の人間を守ろうとするのかなぁ?」

『誰がシャイ太君だっっ!!』


 いまだに玄公斎を守り抜いているシャインフリートだが、その動きは初めの時に比べて明らかに鈍い。

 彼の動きが精彩を欠いているのは、彼自身の心に迷いが生じているせいだった。


(僕が人間を守る理由…………どうして? グリムガルテからお願いされたからじゃあだめなのかな?)


 普段のシャインフリートならここまで思い悩むことはなかったのだろうが、今は不気味なまでに自分の心の中からもやもやが消えない。

 それに、ドラえごんの言うことにも一理あるのがまた厄介だった。

 シャインフリートはあくまで竜族であり、知り合ったばかりの人間を守る義理はそこまでないはずだった。


 ……………と思ってしまうのは、実はドラえごんの巧妙な罠だった。


(イヒヒ、「独裁ボタン」が効いてるみたいだねぇ! せいぜい無駄に悩んで、戦うのをやめたらどうだ!)


 つい先ほどドラえごんが背後で起動した「独裁ボタン」というアイテムは、一定範囲内の相手に強制的に自分の命令を聞かせる催眠装置だ。

 環のオーバードライブより範囲は狭いが、その代わり人間以外の生物や機械、不死者相手にも効力を有するのが特徴だ。

 さすがに竜には効き目が遅く、しかもシャインフリートは正義の心を持っているせいか、明らかに効果が出にくいのだが…………ずっとグリムガルテの庇護下で育ってきたシャインフリートは、まだ「自分が戦う理由」がそこまで強くない。

 しかしそれでも、彼には彼なりの信念がある。


『確かに僕は、何のために人間を守るのかわからないのかもしれない。けどっ! だからと言って見捨てることはできない! ましてや、お前たちの仲間になるなんてごめんだ!』

「あーもー、本当に物分かりが悪いな君は! もういいや、先の君を倒して――――」


 ドラえごんがやけくそ気味に光線銃を構え、引き金を引こうとした…………その時!

 斬撃が一閃! 光線銃を構えていたドラえごんの左腕が切り落とされた!


「ンワアアアアァァァァァァ!!?? ぼ、僕の左腕がっ!!」

「ずいぶんと待たせたな、シャインフリートよ。おかげでいい寝起きになった」

『米津君……いや、米津さん!? その姿、おじいさんに……!』


 今まで瞑想に耽っていた少年姿の玄公斎が、いつの間にか元の老人の姿に戻り、ドラえごんの前に立ちはだかったのだった。

 ほんの数日の間だけだったが、力を失っていた時間は実に長く感じた。

 すべての力を取り戻した玄公斎は、まさに意気軒高といった表情をしていた。


「右腕のみならず、左腕までっ!! 許さないぞニンゲン!! やっつけてやるっ!」

「なんじゃこの妙な生き物は。青い狸型の竜か?」

「僕をタヌキなんて言うな! 未来の猫型ドラゴンだぞ! もう怒った、ぼっこぼこにぶっころしてやるッ!!!!」


 左腕を切り落とされ、怒り心頭に発したドラえごんが、欠けた両腕から黒い靄を吹き出し、鍵爪のような指をはやした大きな手となって襲い掛かった。

 悲しいかな、彼はもう懐のポケットから便利道具を出すことはかなわない。

 今や彼の武器は、心酔する暗黒竜への忠誠心だけだった。


 玄公斎は、振り下ろされる大きな手を左右に動いて的確に回避すると、低層ビルほどある巨体に切りかかる。

 持ち主が力を取り戻したことで、日本刀「天涙」もその実力をいかんなく発揮し、さらには精神世界でのあれこれによって竜に対抗する力が身につき、不可視の刃が猫型ドラゴンの青い皮膚をバッサリと切り裂く。


「ウギャアアァァァァ!!??」

「動きが鈍いのう。さては格闘戦に慣れておらぬな」


 玄公斎が指摘する通り、ドラえごんはブレスや爪などと言った一般的なドラゴンが持っている身体能力で戦うことはほとんどなく、もっぱら秘蔵のアイテムによる攻撃が主であった。

 それはそれで十分な脅威だったが、それらが使えなくなると、途端にもろさを露呈してしまう。


「さて、そろそろ終幕とするかの。シャインフリートよ、準備はよいか」

『うん! 力溜めは十分だよ! これが僕の……全力全開だぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 ドラえごんが玄公斎への応戦に必死になっている間、シャインフリートは口の中でブレスの勢いを全力までチャージしていた。

 身体のあちらこちらに巨大な刀傷が走り、血ではなく火花と黒い靄を吹き出すドラえごんに向かって、シャインフリートが渾身の聖なるブレスが一直線に走っていく。

 回避する体力もないドラえごんは、真正面から直撃してしまう。


『う……ウワァァァァァァァ!! エ、エッツェルさまぁぁぁぁぁぁっっ!!』


 怒涛の白い光が、湧き上がる黒い靄をあっという間に消し飛ばしてゆく。

 そして、溜め込んでいたすべてのブレスを吐き終えたころには、ドラえごんは白目をむいて完全に動作を停止した。

 竜王陣営にさらなる災厄を補強し、暗黒竜へ戦力を貢献し続けた猫型ドラゴンの最後は実に呆気ないものだった。


『はぁっ、はぁっ……グリムガルテ、僕……やったよ!』

「うむ、たった一人でよくぞ頑張った! 辛かったじゃろう、心細かったじゃろう。それでもこうしてワシのことを命がけで守ってくれたこと、感謝する。グリムガルテ殿にも胸を張って誇れるじゃろうな」

『えへへ……』


 戦いがひと段落すると、シャインフリートは竜の姿から元の男の子の姿に戻った。

 ついさっきまでは同じ年齢の友達ができたと思った相手はすっかり年老いてしまったが、それでも初めて自分の力で人を守れたことはとてもうれしかった。

 それに、自分はもう守られるだけの子供じゃないという自信もある程度ついたようだ。


「さて、ワシが精神世界に行っている間、何やら襲撃が起きたようじゃが、今はどのような…………」


 今はどのような戦況だろうかと把握するために「千里眼の術式」を起動しようとしたその時、遠くの方で強烈な光が発せられた直後ゴロゴロと激しい音が聞こえ、この場の空気もビリビリと震えた。


「なんじゃ今のは……どれ『千里眼の術式』を」

「ど、どう……? あそこは入口の方に近いんだけど?」

「……若い母ちゃんがおるな。いつ見ても絶世の美女じゃなぁ」

「そんなこと言ってる場合!?」

「ああ、すまんな……うちの母ちゃん、どうやらオーバードライブを発動しておるらしい」

「それって、米津さんが子供になったような、副作用を伴うっていう……」

「しかも外で留守番を任せていた、まだ戦力にならんひよっこどもを無理やり動員しているようじゃな。話は聞いておったが、ワシも見るのは生まれて初めてじゃ」


 千里眼の術式によって、玄公斎は妻の環がオーバードライブを使ってまで激戦を繰り広げていることを知った。

 環がオーバードライブを発動したことは今までなかったが、その効果だけは何度か本人の口からきいたことがある。そして、できることなら発動させたくはないとも思っていた。


「米津さん、一緒に環さんを助けにいこう! 相手はあの青タヌキ竜よりはるかに強敵で、このままだと戦ってる人たちがどうなるかわからない!」

「ああ、ワシもそうしたいが、よいのか? グリムガルテ殿も苦しい戦いが続いているやもしれんが」

「大丈夫、僕は母さん……グリムガルテを信じてる。むしろ、米津さんたちの仲間が倒れる方が拙いと思う!」

「そうか……これほどまでに恩を受けては、死ぬまでに返しきれるかわからんな。じゃが、感謝する。母ちゃんたちを助けに向かうぞ」

「うん!!」


 まだ万全とは言い難いが、シャインフリートは玄公斎の仲間たちを助けに行くべく再び竜化すると、その背中に玄公斎を乗せて飛び立った。

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