フロンティアの嵐作戦 15

 司令部が戻ってきたうえに、おまけで強力な援軍を連れてきてくれたにもかかわらず、戦況は依然として黒抗兵団に大幅に不利であった。

 その理由は、巨大生物が味方部隊をいくつか人質のような状態にしてしまっているため、下手に攻撃すると彼らに被害が及ぶからだ。


『爺さん、俺たちにかまうな! 俺たちごとこのバケモノをぶっ飛ばしてくれ!』

「たわけ、ワシは今までどのような不利な戦況でも味方を見捨てたことはない。この鬼玄公斎に関わったのが運の尽きと思うことじゃ」

『しゃあねぇ、ならもうちっと粘ってやるぜ!』


 特に厄介なのが、前線で体ごと取り込まれる寸前の第1天兵団たちだった。

 彼らは取り込まれまいと必死にもがき、足や手に絡みついてくる植物のような触手を強引に薙ぎ払うものの、攻撃するたびに核として取り込まれたルヴァンシュの能力のせいで、与えただけの痛みが返ってくる。

 おそらく並大抵の戦士では、足搔けば足搔くほど募る苦痛に耐えられず、諦めてしまうことだろう。

 そのような状況でなお耐え続けるどころか、少しでも多く報復してやろうとする天兵団たちの精神力は恐るべきものだった。


 しかし、黒抗兵団たちもただ黙って指を咥えているだけではない。

 少しでも戦況を優位にすべく、敵対生物の解析が行われていた。


『元帥、敵対生物の能力の解析結果が出ました。ビバ・アンチマギア・ブラック・タイダリア号のデータベースを通じて、全軍に共有いたします』

「そうか、ご苦労。さて、奴の能力はどのようなものか―――――」


 敵を知り、己を知れば、百戦百勝危うからず…………

 元の世界でも、魔の物の能力は千差万別かつ厄介なものが多く、初見殺しな能力も多く混じっていた。それゆえ、退魔士たちも敵が持っている能力の解析技術を強化してきた。

 今回の敵対生物は今まで敵対してきた魔の物といろいろと違う部分が多すぎたので、解析に時間がかかってしまったが――――解析結果を目の当たりにした玄公斎はさらに困惑することになる。


「耐久力……約30兆とは、何の冗談じゃこれは」

『冗談ではありません、正真正銘、この生命体が持つ耐久力です。それに加え、毎秒10%の自動回復があるものと見られております』


 解析結果を報告する一大将にも少なからず動揺の色が見えた。

 今までの歴史で、記録上最大の耐久力を誇った個体でも2000万が最大値であり、その存在が確認されたときは「隕石10個分の耐久力」と評され、退魔士たちが阿鼻叫喚に陥った。

 だが、目の前の巨大生物の耐久力はその記録の更に150万倍以上という、控えめに言っても意味不明な数値であり、それに加えて毎秒1割も自然回復するというのだから、理不尽というほかない。


 とはいえ、ここでこの巨大生物……アースエンドがひとたび人類の領域に入ってしまえば、滅亡は避けられない事態となる。


「はっはっは、ここまで圧倒的だともはや笑えてくるのう」

「いかがしましょうかねぇ、おじいさん」

「何はともあれ、まずはあの特攻野郎どもを救出じゃ。その過程で自然回復も何とかなるじゃろう。あとはいかにしてあのバケモノに大火力をぶつけられるかが問題じゃな」

「おじいちゃん……勝算はあるの?」

「やってみなければわからぬ」


 一方そのころ、一大将たちが率いる退魔士軍団本体の方に、ビバ・アンチマギア・ブラック・タイダリア号が緊急着陸すると、中から一人の女の子が降り立ち、とある人物を探し始めた。


「あのっ! ここにアンチマギアさんという人はいませんか?」

「アンチマギアって、あの包帯ぐるぐる巻きの変態女のことかい? それなら医務室で横になってるぞ」


 アンチマギアを探しているのは、仮面の少女たちから「ジョーカー」と呼ばれていた女の子だ。

 彼女は玄公斎とシンイチロウに頼まれ、アンチマギアを探しに来たのだが、果たしてジョーカーは医務室に入ると、そこでベッドにつまらなそうに寝転がるミイラのような赤髪の女性をみつけた。


「あなたがアンチマギアさんですか!?」

「あ? なんだ? いかにも私がアンチマギアだが、さては私のファンか! こんなみじめなところを見られて辛いぜ……」


 そう言ってアンチマギアはわざとらしくヨヨヨと嘆いた。

 薬のおかげで傷はだいぶふさがったにもかかわらず、まだ安静にしているよう軍医からきつく言われ、活躍できないことを不満に思いながらベッドに寝ていたアンチマギアだったが、ジョーカーはそんな彼女に朗報をもたらした。


「その、急いでいるので端的に言います! あなたが欲しいんです!」

「おふっ! まさかの情熱的な告白!」

「ですから、私と一緒に来てくれませんか!」

「喜んで!」


「ちょちょちょい! なに勝手に患者を連れて行こうとしているんだ! 彼女は腹部貫通で重傷なんだぞ!」


 女の子の特権ともいえる情熱的な告白で、病み上がりのアンチマギアを一瞬で口説き落としたものの、案の定近くにいた軍医に阻まれてしまう。


「ごめんなさい、今はどうしてもこの人が必要なの! だからそこを通して…………あれ?」


 味方を倒すわけにはいかないので、ジョーカーは時空停止で軍医の脇をすり抜けようと試みるが――――なぜか能力が発動しない。


(しまった! アンチマギアさんは…………!!)


 そう、ジョーカーは何お考えもなしにアンチマギアの手を引いて脱出を試みようとしたせいで、アンチマギアの能力の影響をもろに受けてしまい、能力を封じられてしまったのだ。

 そればかりか、下手をすればアンチマギアの「マギア」によって彼女自身の存在が消されてしまう可能性すらある。

 一気に「まずい」と感じたジョーカーだったが……


「くらえ! フリーダムパンチ!!」

「グワーッ」

「え? アンチマギアさん!?」

「私の女に手を出すなよ」


 軍医に思い切りボディーブローを食らわせたアンチマギア。

 唖然とするジョーカーをよそに、アンチマギアは二カッと笑って白い歯を輝かせた。その姿が、なんだか仮面をかぶったあの少女に似ているような気がした。


「ほら、私をエスコートしてくれるんだろ? さあいこうぜ!」

「は、はいーっ!!」


 こうして、ジョーカーは紆余曲折の末にアンチマギアを飛行戦艦に連れていくことができた。

 で、その光景をたまたま目撃した春江軍医は、慌てて野戦病院に駆け付けた。


「おい! さっき腹に穴開けた患者バカがビバ号に乗っていくのを見たぞ! なぜ行かせたんじゃ!」

「うぅ……軍医局長殿、どこからか現れた謎の少女に、患者を連れていかれました…………」

「能無し!!」


 前線で敵に取り込前れるバカもいれば、病院を脱走するバカもいる。

 軍医たちの苦労は尽きなかった。

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