老人と妖魔 7(VS妖魔アル)

 お互いが武器を打ち合って、もう数百合……いや、千にも達するかもしれない、いつ終わるともわからない死合いは、もうかれこれ3時間ほどが経過している。

 生物がここまで長い時間全力で戦えることだけでも驚嘆すべきことであるが、本人たちはすさまじい集中力のせいで1秒が数分、数十分に感じるのだから、実際に体感する戦闘時間は10日以上にものぼるだろう。

 それほどまでに過酷な戦い、さぞつらい状況かと思いきや…………


「一つの文明史総体を相手だぁ? 面白くなってきたんじゃねぇの! こんなのとの戦いを独り占めできるたぁ最高だ! まだまだポックリいってくれるなよジジイ!」

「ふっ……それでこそ、じゃ!」


 アルの表情は今までにないほど楽しそうだった。

 この世界に来てから遊ぶでもなく、常に戦いという戦いを続けてきた戦闘狂の妖魔にとって、あらゆる責任から解放された死合いほど楽しいものはなく、戦い続けるポテンシャルとなっている。

 自分の体がかなり消耗していることは理解している。理解はしているが、やめるという選択肢はない。


 瞬間瞬間でまるで別人のように動きを変え、その境界すらあいまいと化しつつある変幻自在の玄公斎に対し、アルもまた数秒ごとに武器や防具を作っては捨て、攻防一体の構えを正面から食い破ろうと試みる。


 とはいえ、そろそろ決着の時が近いことは二人も何となく肌で感じてきた。

 玄公斎はあらゆる技術で「省エネ化」することで、人間の限界を何万倍も上回る継戦能力を維持してきたが、やはり身体にはどうしても限界がある。


(いつの歳になっても修行不足を痛感する……もっと鍛えていれば、もっと才能があれば……ワシの人生はまるで戦争そのものであるな)


 結局今回の対決でも、本当の意味での全力を出すことはできないのだろう。

 そもそもの前提として不可能なこととはわかっているが、どうしていつも、申し少しで手が届きそうな場所にあると考えてしまうのか。

 そう思ってしまうがゆえに、玄公斎は約1世紀近い人生を費やして鍛錬に励み、ここまでの能力を手に入れたのだから、人生は皮肉としか言いようがない。


(ではせめて、悔いがないように)


 そんな風に気持ちを切り替えた直後だった。

 今まで積極的に打ち合っていたアルが、急に距離をとった。

 彼の体表には血が混じった汗が滝のように流れ、肩を激しく上下させて呼吸も乱れてきているにもかかわらず、眼光だけが今までになく狂気の炎に満ち溢れていた。


「ハァっ、ハハッ……よーやくだ」

「……?」


 ゲームでいえば、HPバーがミリ程度しか残っていないほどの消耗が一目でわかる状態にあるにもかかわらず、玄公斎は目の前の妖魔から今までにない恐怖のようなものを感じた。


(いつ以来だ……時空流との戦いでも、悪竜王との戦いでも感じることがなかった、この背筋の凍る感覚……)


 すると次の瞬間、驚くことにアルは自らの体内に収めていたであろう立派な飾りのついた鞘のようなものを分離すると、まるでガラクタか何かのようにその場に投げ捨てた。


「正気か? それを捨てるとなると、おぬしは一太刀浴びただけで立ち上がれなくなるというのに」

「正気……だぁ? ハハハ、俺が正気だったことなんざ一度もねぇよ。俺はただ、邪魔なものを外しただけだ。俺の本命は…………これだ」

「っ!! な、なんじゃと」


 嫌な予感はしていたが、改めてその目で見たとき、玄公斎は心の底から驚愕した。

 なんと、アルの手には玄公斎の愛刀「天涙」とそっくりな――――紅に染まった太刀が生成されていた。


「ずっと……目ぇつけてたんだ、その刀。この世界に来てから何度か複製を試みたが、一向にできねぇ。それもそのはずだ、その刀は今んところジジイの世界にしかないもので、しかもその刀以外には存在しないものときた。作り方がわかんなきゃ、さすがの俺でも作りようがねぇからな。けどよ……その刀と何度も斬りあって…………何度も何度も俺の身に刻んだ。ほんの微量だが、これだけありゃ、再現は可能だ!」


 この世界に来てから何度も新しい武器を生み出してきたアルだったが、玄公斎の持つ天涙だけは、知識も素材も一切ないため再現が不可能だった。

 彼が今まさにその手中に生成した紅色の天涙のような武器は、玄公斎と打ち合ったり斬られたりした際の微量な武器の摩耗から生じた成分を基礎に、残りの部分を彼自身が生成する緋緋色金で固め、さらに足りない、特に水分の構成を自らの血と汗で埋めるという、まるで呪いの装備か何かのような武器だった。


「ジジイ、さっき俺に弱点を教えてくれたよなぁ。その礼と言っちゃなんだが、テメェの弱点を俺が教えてやるよ」

「ほう、興味深いのう。言ってみよ」

「一言で言うなら、矛盾だ。テメェの存在は、まるですべてを貫く矛とすべてを受け止める盾が同居しているかのようだ。だからテメェは……結局本当にやりたかったことが完全な形にならねぇ。俺が勝つにはその一点を押し切るだけだ!」


 アルの言葉が果たして核心をついたものなのか、的外れなのか、玄公斎には考えている暇はなかった。

 アルの手にある紅色の天涙がいかに恐ろしい兵器なのかは、本物の使い手である玄公斎自身がよく知っている。


(3合が限度じゃな。この妖魔、ワシに癒えぬ傷をつける気か)


 玄公斎の「残心」で傷をなかったことにする技術、それを阻止するために、己の血を呪いの媒体として、剝がれることのないダメージを与えることがアルの目的だと玄公斎は踏んだ。

 そしてその考えは正しいのだが、終わらぬ戦いを望むアルが突然急激な、それもアルにとって大幅に不利な戦いに持ち込んだことに、玄公斎は戸惑いを隠せない。


(もう少し楽しみたかったんだがな…………一番やってやりてぇことは、きちっとやり遂げなきゃな)


 結局のところ、玄公斎の人生は一人の個人である以上に、公人、軍人、武人、といった立場で過ごさざるを得ず、そのためには本当に自分がやりたいことを我慢してでも、周囲の期待を背負うことが当然となった。

 人の身を大きく超える重荷を背負い続け、死とともに解放されるはずだったが、それも神となったことで今後も永遠に背負わざるを得なくなった。


 果たして今の玄公斎は、自分の意思が自分のものと言えるのか?

 アルが感じた矛盾はまさにそこにあり、玄公斎はその性質上「最善手しか取れない」存在であることを、今までの戦いで見抜いたのだった。


(魔力が底をつきかけている以上、レプリカエクスカリバーは役に立たねぇ。持ってても気絶するまで戦うことしかできねぇ。俺が本当にやりたいことは――――)


 蒼く澄んだ刀身と禍々しい紅色の刀身がぶつかり、玄公斎とアル双方に斬撃のダメージが飛んだ。

 天涙の性質は、実際のダメージが刀身ではなく、そのさらに外にある不可視の刃にあるのだから…………


「今までよくも散々こき使ってくれやがったな!! ぶったぎってやる!!」

「受けて立とう! やれるものならやってみよ!!」


 玄公斎は左肩に、アルは胸に刀傷を作り、双方の血が噴き出した。

 もうあと1,2回の攻撃で、この痛ましい応酬に決着がつくだろう。

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