老人と妖魔 6(VS妖魔アル)
双方とも「極限」という言葉すら生ぬるい状態だった。
1秒がまるで1分のように感じられるほど、細胞のかけらすらも全力で動員するような、とてつもない戦いだ。
「やはりそうか、切り飛ばしたはずの腕がすでに再生を始めておる」
「そういうジジイこそ、どてっ
お互いに相手に与えたダメージがなかったことになっているのを見て、やけくそに笑っていた。
まず、なぜ玄公斎の傷がすべて癒えているのか? 玄公斎が極めた「鹿島流剣術」の奥義「
この技は、とある名もなき修行僧が見出したものだが、少彦名命 の神と、歴代の名もなき英霊たちの技を継承したことで、玄公斎自身が実戦で扱えるようにしたのである。
その一方で、アルの両腕が再生した理由はもっと単純なものだった。
「おぬしが手に持っている武器。異世界では見た目が違う故きがつかなんだが、英国が誇る十二宝具が一つ、エクスカリバーじゃな」
「はっ、やっぱバレてたな。武器自体はモノホンに遠く及ばねぇが、効果はほぼ再現できた…………それが意味するところ、テメエならわかるだろ?」
初めのころからアルが振るっていた長剣の正体は聖剣エクスカリバー、かの有名なアーサー王の持つ武器だ。
武器としての強さもさることながら、真に強力なのは鞘のほうで、所持している限り持ち主はいくら傷を負っても死ぬことなく再生する。そして、その鞘はなんとアルの体内で圧縮されているのだから、破壊されることもない。
これでは玄公斎に勝ち目はない――――と思いきや、そう単純な話ではない。
「確信が持てなんだのじゃよ。その件がエクスカリバーであるなら、今頃おぬしに消耗の色は見えないはずじゃ」
「ったりめぇだろ。本物じゃねぇんだから、効果発動も全部自前だ」
切れ味は本物と若干劣る程度、そのうえで悪を滅する聖剣の力と、再生の力を持つ鞘の力は効果は劣るが本物同様に機能する。が、決定的に違うのは、武器の効果を発するのにアル自身の魔力を使ってしまうことだ。
結局のところ、アルの作った模造エクスカリバーは、もしものための回復装置でしかないのであるが、なんだかんだで玄公斎との戦いではこれが一番役に立った。
「さぁて、ジジイの手品のネタも粗方見えた。そして、俺の最後のネタもバレた。こっからはお互い隠し事なし、だろ」
「それはどうかな? ここから先はおぬしの五感で見極めてみよ」
二人はいったん距離をとると、玄公斎の姿が再びアルの意識から消える。
「
玄公斎を見失ったと判断したアルは、すかさず強烈な怒気を発した。
彼が発したとてつもない怒りの圧力は周囲の空気を圧倒してかき乱し、環境に溶け込んでいた玄公斎の姿を強引にあぶりだした。
「怒りだけとはいえ、感情をコントロール下に置いたか、見事」
「はん、戦いの最中に相手の弱点を教えるバカがどこにいるかってんだ」
感情をすべて鎮めて周囲に溶け込むのが玄公斎なら、アルは一時的に感情を増幅させて環境を乱すことを回答としたようだ。
そこからはまた、とてつもない武器と武器の打ち合いが始まった。
青く透き通る太刀が物理法則を無視したかのように踊り狂うのに合わせて、アルもまた周囲に予備の武器を大量に鋳造し、状況に合わせてとっかえひっかえして切り返していく。
(まだまだ満足には程遠い……と言いたげな顔じゃな。まったく、異世界人というのは不思議なものじゃ。あと数百年は全力は出せぬじゃろうから、すべてをぶつけさせてもらう)
達人と呼ばれる人間でも、生涯で極められる動きは1つあればいいほうだ。
1世紀にも満たない人間の人生では「極める」こと一つとっても、圧倒的に時間が足りない。
玄公斎とて例外ではない。本来の彼は、ここまで多彩な技を極められるものではない。
(こいつは驚いた。手品のネタを粗方見抜いたと思ってたオレがバカみてぇだ。一回打ち合うごとに違う人間を相手している気分だ)
人間は一つのことを極めると、必ず「癖」のようなものが出てしまう。
動きを最適化することの弊害のようなものであり、武芸を極めれば極めるほどかえって不器用になってしまうというのは、何とも皮肉なものだ。
ところが、驚くことに玄公斎の太刀筋は、まるで別人が次々と憑依しているかのように刻一刻と姿を変えていく。
アルにはこの感覚に覚えがあった。
「…………爺さん、ついこの前、夕陽の奴から聞いたことがある。テメエが抱え込んでいた神様、スクナビコナは、無数の名もなき英霊を抱えていたって話じゃねぇか」
「その通り」
「テメエが神になった今、それらの戦技を使えるようになったというわけか」
「それは少し違うな」
「?」
激しく暴れまわりながら、二人は落ち着いた声で言葉を交わしあう。
「どうやらワシは選ばれてしまったらしい。日本自体を担う存在としてな。特に太古からの高貴な血筋を引いていない、どこの馬の骨とも知らぬ一般家庭の一人息子。それが時代の荒波にもまれているうちに、気が付けば神として祭り上げられていた。何とも不思議なことじゃ」
「老人の話は相変わらず回りくでぇな。何がいいてぇかはっきり話してみやがれ」
「そうじゃな…………おぬしの目の前にいるのは確かに米津玄公斎という一人の人間じゃが、相手しているのはワシだけではない。皇紀にして2600年余り、それ以前からも連綿と続いてきた一つの文明の歩み……そのすべてがワシの中に納まっている」
「……そうかよ、そういうことか。俺は今、一つの文明の歴史そのものを相手取ってるわけか! はっ、通りで相手に不足はねぇわけだ!!」
自らが相手しているものの強大さ、それを知ってなおアルは絶望するどころか、道の規模の相手との戦いに心が沸き立った。
おそらく、このような相手と戦える機会はもう二度とないだろう。
無理な動きで払底しつつある魔力を、あふれ出る戦意で代替燃料とし、アルはまた一段とギアを上げた。
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