老人と妖魔 5(VS妖魔アル)
例えば雷竜との一騎打ち、例えば鬼神と化した完全者との死闘、例えば万物を超越する英雄の情念との激突――――人知を超えた強敵は、時に攻撃を「理解」していては到底間に合わないことがある。
光速で迸る雷撃、目にもとまらぬ速さで切り裂く剣撃、神速の槍裁きなどなど、会費はおろか受け止めることすら困難な技を受けてなお、ここに立っているのが妖魔アルという存在だった。
(俺自身気が付いていなかった。奴らの攻撃をぎりぎりで潜り抜けられたのは、奴らへの意識が考えるより先に感じ取ったからだ)
今もこうして、1秒間に複数方向から攻撃に晒されてなお致命傷だけはギリギリ受けていないのは、彼の経験、センス、集中力がなせる業であった。
(初めのころより
アルは深く深く集中することで、なんとか思考するだけの余裕を得た。
思考をフル回転しすぎて脳が熱を発している感覚があるが、その違和感を何とか抑えて、攻撃を見切ることに精神をとがらせていく。
(だが………妙だ。これだけ感覚を研ぎ澄ましても、ジジイの気配を捉えられねぇ。辛うじてあの刀が俺を捉えたときの風切り音が聞こえるだけだ。こんな相手は初めてだ、これがルール無用の実戦だったら、今頃やばかったかもな)
不可解なことにアルは玄公斎の姿を、気配そのものをつかめずにいた。
何度か術による探知も試みてみたが全く反応がなく、そばにいることが分かっているのに、まるで幻のようにすり抜けてしまう。
――――と、そんなやり取りが続いていたところ、急に玄公斎の攻撃が止み、お互いにやや離れた位置で対峙していた。
「すべて防ぐか…………一気に仕留めに行ったつもりだったが、まだ足りんかったか」
「……冗談はよせよジジイ、あんなのまだ本気じゃないだろ。もっと踏み込んできやがれ、そんなへっぴり腰じゃ俺を殺すことなんてできねぇよ」
「ふふふ、言うではないか」
さすがに玄公斎もずっと動き回ると体力を消耗するのだろう。
一度息を整えると、先ほどの無茶な動きでたまった疲労が一気に抜けていく。
「さて、今のままではさすがに千日手じゃな。ゆえに、おぬしに一つ教えてやろう」
「は、教えてやるだぁ? なめてんのか?」
「いやなに、わしも知りたいのじゃよ。魔の物……いや、異世界の存在がどれほどまでの力を出せるかをな。そなたの今までの活躍は、記録としてすべてわしの耳や目を通しておる。そこで考えたのじゃ、おぬしには自覚のないもう一つの弱点のようなものが存在するとな」
「……………」
面と向かって「お前には弱点がある」と言われて不愉快にならない者はいない。
アルも露骨に嫌な顔をしたが、同時に自らが知りえない弱点があるのだとしたら、この機会につぶしておくべきだとも考えた。
「それはな、感情じゃよ」
「感情?」
「喜怒哀楽、人によって作用は様々じゃが、おぬしの場合はその振れ幅が激しい。その激しさこそが、極限の状況でおぬしに活路を見出させるのじゃろうな。あの巨竜の体内での戦いのことは……あそこにいる観客のお嬢ちゃんから聞いた」
「ちっ、よく見たらあんなとこにいるじゃねぇか……寝てろっつったのに」
遠巻きに自分を眺めている白埜の存在に今更ながら気が付いたアルは、露骨に舌打ちしてガンを飛ばした。が、幸い若干遠くて白埜からはよく見えていなかった。
「で? 俺は怒らなきゃ本気が出せねぇのが弱点だってのか?」
「正確には違う。怒りだけでなく、戦う歓びもまたしかり。それがおぬしの闘争心へと変わり、見事な力を発揮できるのじゃろう。ゆえにワシは――――」
「!」
つい今までアル視線の先にいた玄公斎の姿が消えた。
「おぬしにそのような感情を抱かせなければよいのじゃ」
「っ!?」
アルは大きく右に前転で回避し、雷切千鳥の電撃、玉散露刀での凍結を周囲に無造作に振りまいて牽制するものの、やはり手ごたえがない。
だが、彼はすぐにあることに思い至った。
(なるほど…………ようやくタネの端っこが見えた! 今の俺は、爺さんの存在そのものを認識できてねぇ)
「認識阻害」という特殊能力がある。
相手からこちらを見えなくするために、そもそも相手の五感に反応しないようにするという理論上最強のステルスだ。
近くに玄公斎がいても目に見えない……いや、見えているのに、脳が認識しない。
アルが知っている退魔師にそのような能力を持った者がいることは知っているが、実際に対峙するのは初めてだ。
(かつて中国の拳法の大家に、その手の人間がいた。武術を極めた末、天地合一し、環境そのものと同化する…………か。俺はひょっとしたら、あの爺さんを過小評価していたのかもしれねぇな)
軍のトップに立つカリスマ元帥ともいえる人物が、先頭の熟練者ですらも認識できないほどに環境に溶け込むとなると、その技術は計り知れない。
そして、玄公斎の言っていた通り、そもそも「敵意」を向ける相手がいなければ、アルのやる気は空回りするだけで、いくら力を込めても躱されてしまう。
故にアルは……………
「……バカにしやがってからに! オラ、クソジジイ! 姿見せやがれぇぇっ!!」
突然火山が噴火したような大声が道場全体を揺らす。
「!!」
アルが発した怒気が空気を暴発させたところで、環境そのものがかき乱され、結果的に溶け込んでいて見えなかった玄公斎の姿があらわになった。
「そこだぁぁっ!!」
「むぅっ!」
コンマ一秒だけ、玄公斎の体幹が揺らいだ。
アルにはそれだけの隙があれば十分だ。
「グングニル」
必中必殺の黒槍が玄公斎めがけて飛ぶ。
玄公斎はなんと、刀で撃ち落とそうともせずむしろ自ら当たりに行き、腹に大きな貫通孔を作った。
「オイまじか」
「武士道とは死ぬこと、じゃ」
玄公斎が回避や受け止めることを前提に本命の一撃を浴びせようとしたアル。
その目論見が外れた結果、天涙が彼の右腕と左腕を同時に切り飛ばした。
※「グングニル」にどんな当て字をしていたか忘れたので、そのまんまの表記にしています。
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