異世界最終決戦 1(VS悪竜王ハイネ)

 日本国首都東京都――――


 智白(玄公斎)の生きた世界において、この世界有数の都市は他の世界線とは異なる非常に稀有な運命によって作り上げられた。


 古くから日本の首都は京の都であったが、人類の宿敵となる「魔の物」の根源に近かったこともあり、たびたび大規模な戦と天災に見舞われ、徐々に荒廃。

 そして1400年代後半には京の都そのものを魔の物に奪われてしまい、日本は首都機能を喪失。

 紆余曲折の末、江戸幕府の創始者である徳川家康によって江戸に政治の中枢が移って以降、近代になって「東京」と改名されてからも日本の首都であり続けたのだった。

 そして、1940年代に起きた、佐前天山ささき てんざんが中心となって引き起こした、魔の物に寝返った退魔士たちのクーデター騒ぎを最後に、東京が戦火にさらされることはなかった。


 「鬼」の撃滅、大陸の「邪仙」との一大決戦、西洋の怪物、太平洋の古き支配者といった脅威を全てなぎ倒し、人類が魔の物との生存競争に完全勝利したのが数十年前。

 つい最近まで世界の片隅に魔の物の残党が残っていたとはいえ、東京は数十年ものあいだ戦とは無縁の大都市として平和と繁栄を謳歌してきた。

 人々は戦いの空気を忘れ、魔の物の存在は既におとぎ話と化し、無能と怠惰すら許容されるようになったこの平穏は、永く続くかのように思われていた――――




「今日の議題は最近巷で著しく流行しているSNSの問題について――――」

「前も言ったと思うが、政府の権限でネット言論を規制するのは憲法違反では?」

「しかし、総務省の報告ではSNS上で過激な言動が流行り、政権批判はもとより、一般人の犯罪予告や公序良俗に反する売買、さらにはカルト宗教のようなものも流行しつつあると……」

「そんな下らん話題など放っておけばいい、それよりも異世界案件だ! 日本の国益のために、より多数の調査隊を送る必要がある!」


 この日、国会議事堂では相も変わらず大勢の議員たちがああでもないこうでもないと見苦しい議論に終始していた。

 海外メディアから「小学校の学級会の方がまだ秩序がある」と皮肉られたことも記憶に新しいのだが、彼らは彼らでまじめに議論しているつもりなのだろう。

 そんな、ある意味平和な一日になるはずだったこの日、国会議事堂を中心とした上空に突如巨大な黒い影が現れた…………


「お、おいなんだあれは!?」

「なんだお!?」


 まず初めに発見したのは、首都を警備していた警備隊の兵士たちだった。


「た、大変だ! 警備隊から、東京の上空に正体不明の巨大な生物が浮いていると報告が!」

「なんだそれは?」

「冗談じゃない、魔の物がもうこの世界に居るはずが…………本当だ!!」


 そして次に、議事堂内で喚き散らしていた議員たちが、報告を受けて窓から外を見たり、わざわざ外に出て確かめに行ったりした。


「なに、あれ? やばくない?」

「何かの新兵器かな? とりあえず写メとってトリッターにうpだ」

「もしかして、伝説のドラゴン、とか?」


 上空に現れた謎の生命体――――禍々しい黒紫の体表に、ところどころ金色の縁取りが現れている、とてつもなく巨大な「竜」。

 体長はおそらく数百メートル……いや数キロにも及ぶかもしれない。

 その巨体は首都の空を覆い隠し、正午を少し過ぎたころだというのにビルが立ち並ぶ通りは夜になったかのように闇の中に飲まれていたt。


 だが、これほどの異常事態になってもなお、平和ボケした日本人たちは逃げることも戦うこともせず、ただただ見ているだけだった。

 彼らは、この平穏が突然失われることなど微塵も考えていないのだ。


 そんな中、勇敢(かどうかは不明だが)にも巨大な竜に接近を試みる者がいた。

 大手新聞社や報道機関の報道ヘリだ。


「ご覧ください! 首都上空に謎の巨大生命体が出現しました! 果たしてこの物体の正体は何なのでしょうか! 危険はないのでしょうか!」

『そこの報道ヘリ! 軍の管制の許可なく上空を飛ぶことは許されない!』

「あの……チーフ、兵隊さんがカンカンでいらっしゃるのですが……」

「無視しろ! こんなスクープの機会、逃してなるものか!」


 軍の制止を振り切って巨大生物へと近づいていく報道ヘリ。

 すると…………今まで目を閉じていた巨大な竜が、巨大な目をクワっと見開いた。



『ブンブンとやかましいのう。王の御前じゃ、控えよ』


 その言葉とともに、周囲を飛び交っていた報道ヘリたちが、まるで虫けらのようにぐしゃりと潰された。


(今までは覗き見るだけじゃったが…………なるほど、ここまで文明が発達した世界は初めて来たのう。そして、この濃厚な悪意の多さよ…………くくく、人間というのはおろかな生き物じゃ。平和になれば、平和そのものを憎むとはのう)


 そして、竜は……眼下にいる無数の人間すべてに聞こえるよう『術話』で名乗りを上げた。


『我こそは正義竜――――いや、悪竜王ハイネなり。人類よ、絶望せよ。眷属よ、今こそ立ち上がれ。今からこの世界は、ワシがすべて支配する!』


 その言葉とともに、都会の空を飛び回っていた無数の青い鳥たちがハイネの周囲に集まると、一斉に黒い『X』の形に変形し、世界各地へと散っていった。


 黒いXの文字は、あちらこちらにいる人間たちに飛び込んでいった。

 窓からだけでなく、PC画面、テレビ、スマホなど――――


 かつて、退魔士試験に落第し、自棄になった青年のような「正義竜」を信奉し始めた者たちが標的となり、入り込まれた人間たちは見る見るうちに全身を黒いタイツで包んだような姿に変わっていった。

 彼らは、この世界における「悪竜の眷属」となり果てたのだった。



 こうなると、さすがに国の上層部…………特に軍人たちは、上空に浮かぶ巨大な竜が、人類の敵だと確信すると、直ちに攻撃準備に移った。


「司令部より各師団へ! 謎の生命体は敵対的生物であると認めた! 直ちに攻撃準備に移れ!」

「対空退魔砲用意! 一斉射撃用意!」

「航空隊発進準備!」


 まず真っ先に攻撃を開始したのは、国会議事堂の近く、市ヶ谷の退魔省駐屯地に待機していた軍団が、対空砲やミサイルなどを一斉に発射した。

 しかし、それらはハイネの巨体に届く前に、ことごとく空中ではじけた。

 まるで見えない壁か何かがあるかのように……


「うっ、なんてことだ! 魔の物を根絶やしにしてきた高性能ミサイルが!」

「奴は結界を張っているのか!?」

「退魔士たちは何をしている、速く解析を進めろ!」


『抵抗するか、よかろう。下等生物には、まずは躾が必要じゃな』


 そう言うと、ハイネの巨大な口が開き、空気全体が膨張したかのような衝撃が走る。

 その直後――――大勢の国会議員が集まっていた国会議事堂に、目に見えない攻撃が直撃。地面が大きく爆ぜ、巨大なクレーターができた。


 この瞬間、内閣をはじめとする国会議員の大半が死亡したことで、形式上は内閣総辞職、衆議院解散となった。

 日本は一瞬にして頭脳を丸ごと失ったのだった。



【今回の対戦相手】悪竜王ハイネ

https://kakuyomu.jp/works/16817139557676351678/episodes/16817139557739509601


 ※本来は体長20mほどだそうですが、物語の都合で竜化エッツェルより一回りだけ小さいくらいに巨大化してます。

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