異世界最終決戦 2(VS悪竜王ハイネ)

「僕のいない間にそんなことが……!」

「すでににのまえ大将をはじめとする第4師団や、増援部隊は撤収を始めております。しかし、この大部隊では大急ぎでも半日はかかる見込みです。よって、一大将や幾瀬少将は少数精製を率いて一足先に東京へ戻りました」


 慌ただしく撤収作業が始まっているペンタゴンを離れ、阿房宮へと向かう傍ら、米津夫妻は雪都から現在の戦況について報告を受けた。

 ハイネの攻撃はまだ本格的には始まっていないものの、日本政府は政治の中枢を一瞬で破壊されたことで大混乱に陥っており、軍や退魔士たちの指揮系統もずたずたになってしまっているようだ。

 その上、緊急時に総司令官となるべき玄公斎――もとい智白が不在なこともあり、一大将が臨時で総指揮官の役割を担うために、一足先に緊急ワープしていったようだ。


(ハイネめ、やってくれるじゃないか。まさか本当に僕たちの世界にまで侵略してくるなんて)


 予想していなかったわけではないし、むしろ異世界とかかわってからこのようなリスクは織り込み済みのはずだった。

 しかし、さすがに敵の親玉そのものがやってくるとなれば話は別だ。


(いずれこの責任は何らかの形で取らなければならないだろう。けど、それより今は問題の解決が先だ)


 智白と環も、できることなら一秒でも早く元の世界に戻りたいところだが、面倒なことに彼らはこちらでも「責任ある立場」になってしまったからには、こちらの問題についてもきちんと片付けておかなければならない。


 だが、この後すぐ、智白たちは現在の状況が非常に困難なものであることを知らされることとなる。




 ×××



「北壁のさらに北のエリアに、女神スィーリエ陣営の侵攻拠点があることが判明した!」

「今討伐隊が向かっているが、状況は予断を許さないそうよ」

「ここで押し返されたら、今までの苦労が水の泡だ!」


「それよりも、セントラル市街地で所属不明の敵対生物が出没し始めているようだ! 現在、行政委員の方々と治安維持部隊が対応にあたっているが、すでにいくつかの建造物に被害が出ている!」


「報告! 傭兵団〈神託の破壊者〉が西側エリアにて巨大な砂時計に似た構造物が起動しているのを発見しました!」

「映像から、巨人ヴァリスとの戦いの際に障害となった『終演』ラストコール・エンドフェイズに間違いないと!」

「どうする!? あの日向日和様ですら片腕を失った相手……今度は両手両足だけでは済まないかもしれない」


 阿房宮に戻った瞬間、智白は一斉にあちらこちらで重大な危機が発生していることを知って思わず唖然とした。

 敵対的女神スィーリエの脅威がまだ健在なのはもとより、セントラルの市街地で正体不明の敵が多数暴れているのに加え、一時的に機能を停止していたはずの『終演』が再起動したというのだ。

 一応、それぞれの危機には手近なチームが対応にあたっているようだが、規模が規模だけに現時点で動員できる戦力でほぼギリギリ…………いつどこが破綻してもおかしくないし、どこかが破綻すればすべてが終わってしまうだろう。


「なんて間が悪い……これもあの悪竜の仕業としたら、私たちはあの竜の力を過小評価していたわね」


 環がそう呟くが、実際のところハイネの関与は『終演』のみであり、他のはたまたまタイミングが重なっただけでしかない。

 ただ、ハイネがそれを利用したことは確かであるが…………


「おじいちゃん! 大変大変! 色々大変!」

「おいシロちゃん! このアンチマギア様はどこに向えばいい? ビバ・アンチマギア・ブラック・タイダリア号の用意はできてるぜ!」

「あかぎ、とりあえず今は落ち着こうか。アンチマギア、僕のことをシロちゃんと言っていいのはタマ姉だけだ」

「ちぇっ」


 あかぎやアンチマギアをはじめとした黒抗兵団第1中隊(規模はすでに師団クラス)は、異変を察知してすぐに動けるように集まっていた。

 智白の言いつけなしでもこうして集まれるのは、彼らがきちんとした戦闘集団になったあかしだ。


「みんな、集まってくれてありがとう。この世界には複数の危機が迫っている…………どれも対処を誤れば、世界滅亡だ。けど、残念ながら、僕の世界でも緊急事態が発生している。僕は一時的に元の世界に帰らなきゃいけない」

「聞いてるぜ、元帥閣下! 俺たちの世界に直接殴り込むたぁふてえヤローだ、すぐに痛い目見させてやんねぇとな!!」

「帰り支度は済ませてあります、ご命令があればすぐにでも出発できます」

「そうか……やはり君たちは手際がいいな」


 一方で、元の世界からやってきた第1天兵団やSSSのメンバーたちは、内心では一刻も早く故郷の危機の対処に向かいたいところだろう。

 しかし彼らは智白が戻ってくるまできちんと待っていた。こういった時は、自分勝手な行動をせず、整然と準備を整えているのが軍隊らしい。


「とりあえず、大まかにではあるけど今起こっている問題点と、対応する必要がある戦力は把握した。まず、天兵団と学生たちは僕と一緒に元の世界に戻って、悪竜王に決戦を挑む。おそらく僕は全体の指揮に専念しなければならないから、学生たちの引率は、冷泉准将に一任する」

「承知いたしました」

「天兵団たちは引き続き鹿島中将が引率するように」

「わかりましたわ」

「あとリヒテナウアー、君は僕が手綱を持ってなきゃならないから、一緒に来てもらう」

「よしきた、そろそろ暇で仕方なかったんだ、あのむかつく悪竜野郎のドタマかちわってやんよ」

「ねえねえおじいちゃん! あたしはおじいちゃんとおばあちゃんのサポートをすればいいかな?」

「いや……あかぎにはもっと大事な仕事がある」

「え……?」


 あかぎも智白たちについてくる気満々だったが…………あかぎはふと、が先送りされていたことを思い出した。


「僕たちは僕たちの世界を護るために戦いに行かなくてはいけない。けど、あかぎやアンチマギアが守るべきなのは、こっちの世界だ」

「でも……っ」

「あかぎ、今回だけは僕の言うことを聞いてほしい。今はただでさえ、各地の戦力はギリギリだ。いや、僕の試算ではギリギリどころか足りてない。そこで、アンチマギア」

「……おうよ」

「君は傭兵団に合流して『終演』を止めに向かうんだ。君の能力があれば、あの規格外のネガあいてでも、一定以上の足止めはできるはずだ」

「けどよ!」

「これは命令だ」

「…………わかったよ」


 まず智白は、アンチマギアと配下の海賊団、それと彼女が持つ空飛ぶ海賊船を『終演』への対策に当てることにした。

 アンチマギアの能力があれば、『終演』の拡大に少しは歯止めがかかるかもしれないからだ。


「そして墨崎さん、あなたはシャインフリートとともに地下からあふれる正体不明の敵の対処にあたってほしい」

「わかった、何とかしよう」

「え、僕も? 僕だってハイネとの決着をつけたいんだけど……」

「その気持ちはわかる。けど、今はそれを言っていられる状況じゃない。おそらく、地下からあふれ出した敵の根源は、もっと別の何か……それこそ竜王がかかわってくると推測される。そうなれば、君たちほど頼りになる存在はない」

「そこまで言われたなら……」


 次に、元々治安維持部隊だった智香は、セントラルに戻されて市街地に跋扈する敵の掃討を命じられた。

 被害が拡大しないようにという意図もあるが、それよりも智白はこの現象は単なる敵対勢力の暴走ではないとみている。

 それが竜都がらみだとするならば、その対応はシャインフリートが適任だろう。


「そしてあかぎ。君は、上空にいるであろう竜王とその一派への抑えだ」

「…………うん」

「返事に気合が入っていない! もっとはっきり!」

「はいっ!!」

「それでいい……大丈夫、僕はハイネをやっつけたらすぐに戻ってくる。君の火力は対竜王戦で貴重な戦力になるはずだ」


 そして最後に、あかぎはこのタイミングを狙っているであろう竜王とその一派への抑えを命じられた。

 おそらく、ここが一番の要であるゆえに、あかぎ以外に任せられないと判断したのだろう。

 あかぎもようやく観念したのか、智白の言う通りにすることを決めた。


「通達は以上。僕は一時的にいなくなるけれど、必ず戻ってくる。各自、一層奮励努力するよう――――――」




「ちょっと待つにゃ!! その命令、異議ありだにゃん!!」

「おいジジィ! いや、今はクソガキ神様だったな! いくら偉いからって、俺たちへの相談なく決められちゃ困るぜ」

「…………っ! カノン、それにアルムエイド!」


 すべての命令がいきわたろうとした、その直後…………智白の背後から、彼の命令に異議が申し立てられた。


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