鉄血! 米津道場! その18
「どうした? 叩きのめしてやるとか言った割にはその程度か?」
「…………」
並行世界の自分を模したという存在を相手に、夕陽は苦戦を強いられていた。
夕陽は休憩もなしに戦い続けてきたせいで、残り体力が限界に迫っている。それに比べ、向こうはほとんど万全の状態からのスタートとなる。残存リソースは、相手の10分の1あるかどうかだ。
あまりにもアンフェアな戦いであったが、それでも彼は戦意を失っていない。
むしろ、この状況から以下にチャンスを作れるかに全力を注いでいた。
(不利な状況はいつものことだが……俺とほとんど同じ能力の相手に、これだけの体力差があるってのは、なかなかキツイな)
(っ……!)
まずもってやらなければならないのは「省エネ」だった。
いつものような「倍加」では無駄が多い。本当に必要な分だけの力で相手の攻撃を防ぎつつ、反撃していかなければならない。
腕力強化――――
視力強化――――
脚力強化――――
いつもなら幸に「どれだけ力を使うのか」を確認し、許可をもらうという一連のプロセスがあるが、今は一体化の度合いが極限まで高まっているからか、強化度合いを0.1%単位で細かく調節することが可能となった。
これこそが夕陽が修行の末にたどり着いた境地の一つ。
完全同化をさらに超えた、全くと言っていいほどラグのない同調状態。
危機的状態にある夕陽の身体は、今までの修業で培った能力と、膨大な戦闘経験から、針の穴を通すような最適化が進みつつあった。
「ここだ」
「!!」
相手の夕陽が繰り出す袈裟斬りを、あらぬ方向に弾く夕陽。
相手の動きと力を非常に正確に読むことで、攻撃のベクトルをそらし、無効化する――――玄公斎が何度も見せた、刀を使った絶対防御がついに形になった。
想定外の方向に攻撃をそらされた相手の夕陽は、ほんのわずかに隙を曝し、それに気が付いた時には右腕に傷が走っていた。
「今のは……」
「そんなに意外か? お前は俺なんだろ? 自分のことは自分が一番よくわかってんだ」
夕陽は一度腕の力をだらりと抜いた。
構えも何もない、ほとんど無防備の状態にもかかわらず、相手に向かってゆっくりと近づいてゆく。
一見すると隙だらけのように見えるが、それ故にここからどう攻撃につながるのかがまるで分らない。
じりじりと近づいてくる圧力に耐えきれず、相手の夕陽が再び抜刀する――が、それも最小限の動きで弾かれ、今度は太ももにわずかな傷を作った。
わずかにではあるが、戦いの主導権は取り戻しつつある。
しかし、相手に与えたダメージは今のところ軽微で、逆転には至らないどころか、このままではこちらが先に消耗し尽くしてしまうことは明らかだ。
おまけに相手の往生際の悪さは自分がよく知っている。中途半端に追い詰めると、相手も本格的に危機感を抱き、起死回生の一手を狙ってくるだろう。
進も地獄、退くも地獄という限りなく詰みに近い五分を打開するには、どうしたらいいものか――――そのようなことを考えている余裕すらも、今の夕陽には与えられていない。
すっと一瞬息を吸うと、地面すれすれを滑空するような低い姿勢で、飛び込んでいく。今までの消極性が嘘のように全力攻勢にでた夕陽に対し、相手の夕陽も防御姿勢をとることなく、真正面からノーガードの打ち合いに行った。
おそらく相手の方も、じっくり確実に攻めていってもらちが明かないと判断したのと同時に、本能的に防御が悪手だと判断したのだろう。
「「っっ!!」」
瞬く間に体中から強烈な痛みが走り、熱が――血が抜けていく感覚がする。
わずか1秒の間にこちらは5か所、相手は8か所の切り傷が走る。
3つの差が出たのは、その分の攻撃をそらすことができたからだが、実はお互いに10回攻撃しており、相手の方もまたこちらの攻撃を2回も逸らしてきたことになる。
向こうの夕陽もこちらの攻撃から即座に技術を学んでいるのだ。
そして次の1秒、今度は相手に与えた傷が4つ、自分が受けた傷が1つ。
完璧まであと一歩。しかし、タイムリミットもあとわずか。
(脚が……重い。手の感覚もほとんどない。しかもこれは俺だけじゃない……幸の力も今にも消えそうなくらいだ)
もう夕陽にはカラカラに乾いた雑巾を絞りだした水滴ほどの量しか力が残っていない。彼を動かしているのは、なんとしてでも勝たねばならないという思いだけ。
限界はとうに超えている。だが、せめてあと、もう数秒――――
―――
――――――――
いつの日だったか
夕焼けに染まる空の下で、長い黒髪の女性に背負われながら
こんなことを言われた記憶がある
「なるほど、将来の夢は私のように強くなることね。夢を見るのは構わないが、強くなって君は何をしたい? …………なに、私のことを守るだって? ははは、これはまた大きく出たじゃないか。やっぱり君も男の子ってことか。
けど、私的にはあまりお勧めはしないな。確かに私は誰にも負けないくらい強いが、強くなることが幸せになることとは限らないんだ。
現に私は今でも殆ど誰も信じることができない。そう、私自身でさえもだ。君だけに話すが、これこそが私の唯一の弱さなんだろうな。
でも私は、君だけはどんなことがあっても信じられる。根拠はないが、私ですらそう思わせられるだけの「何か」が君にはあるんだろうな。
目標としてくれるのは嬉しくあるが、私は君に、私になってほしくはない。
君には私にはない強さがあるし、それはとても得難いものだ。
壊すことしかできない私より、君の方がよほど「強い」人間だと思うんだよ。
おや、わからないという顔をしているね。
それもそうだな、君はまだ幼い。無邪気に夢を見ているくらいがちょうどいい。
いつか私の言ったことの意味が分かった時、君はどんな未来を選ぶんだろうね。
そして願わくば、いつまでも変わらない、優しい君であらんことを」
――――――――
―――
「悪いなもう一人の俺。俺の勝ちだ」
「そんなフラフラな状態で何を――「いようお待ちどう!!」
突如として天井の空間が破壊され、包帯ぐるぐる巻きの女性が二人の間に着地する。一度道場で態勢を整えたアンチマギアが、ちょうどいいタイミングで割って入ってきたのだ。
「しまった、こいつか!? 幸っ!?」
「!!」
「もらった!」
そして次の瞬間には、アンチマギアの術無効空間のせいで幸と分離してしまった相手の夕陽が大幅に弱体化し、体勢を立て直される前にこちら側の夕陽が残った体力すべてを乗せて相手を切り裂いた。
不思議なことにこちらの二人は、アンチマギアの空間にあっても分離することはなかった。夕陽と幸の存在が術を越えたつながりを得たことで、アンチマギアの問答無用の術無効空間の効果を受け付けなかったのだ。
大ダメージを受けて床に転がる敵側の夕陽。
しかし相手もしぶといもので、致命傷となる軸を何とか外し、立ち上がれるだけの体力が残る程度に踏みとどまった。
「お、おい待てアンチマギア! 俺は味方だっっ!」
しかも土壇場のあがきも一級品で、アンチマギアに自分の方が味方だと訴えることで場を混乱させようとした。ところが……
「うるせぇ偽物! このアンチマギア様の目はごまかせないぜ!!」
「なん――――」
迷うそぶりもなく偽物判定され、唖然とした偽夕陽。
勢いそのままアンチマギアの強烈な回し蹴りがさく裂し、今度こそ起き上がれないほどのダメージとなった。
「ちっ……こんなの、アリかよ! 結局お前は、他人任せかよ」
「ああ、そうとも……俺は弱いからな。勝つためなら、仲間に助けてもらうこともためらわないさ。それにしてもアンチマギア、よくあいつが偽物だってわかったな」
「へっ、何水くせぇこと言ってんだ! 私とお前の絆の勝利だ!」
おそらくアンチマギアは勘で判断したのだろうが、その直感は間違っていなかった。
「…………結局俺は、まだ強くなれなかったということか。悔しいが、勝ちを認めてやるよ。体中が痛くて仕方ねぇから、さっさととどめ刺してくれ」
「とどめか……偽物とはいえ、この顔の奴のとどめを刺すのは気が引けるぜ」
「いや、そこまでしなくていい。負けを認めさせたんだから、これ以上戦う理由はない。とっとと元の世界に戻るなりするんだな」
「お前…………」
「それよりも、ずっとお前の質問に答えてなかったな。お前は誰だってやつ」
「……っ!」
「俺は日向夕陽だ。人と、人ならざるもの、すべての縁を紡ぐ者だ。異世界の俺がどうしてそんなにやさぐれたのかは知らねぇが、
「俺より幸を信じるのかよ…………」
「……」
大の字になってあきれ返る敵の夕陽と、ちょっとため息をつく幸。
一体どんな並行世界があればあんな風になるのか、今の夕陽には皆目見当がつかないが、少なくとも…………どの世界であれ「日向夕陽」であれば、その「本質」はきっと変わらないと信じている。
(そうだ。あいつが言っていた「お前は誰だ」っていうのは…………俺が俺自身を信じられるかという戒告だったんだろうな)
この「フロンティア」という世界に来てから、夕陽は幾度となく死闘を繰り広げ、死にかけたことも何度かある。
その見返りとしての報酬を得ているとはいえ、命を懸けてやることかどうかと聞かれると疑問を覚えざるを得なかった。
では何のために、彼はここまで身を粉にして戦うのか?
雷竜のように、真銀竜を護るため、そして故郷を護るため、というわけでもなく
あの妖魔ようにただひたすら戦いを望むというものでもない
夕陽は……いや、それこそあかぎも、アンチマギアも、遥加も……
結局「困っている人を見過ごせない」という単純な正義感で戦っているだけだ。
そのような不明確な目的で戦っている上でなお揺るがぬ戦意と向上心を持つためには、自分の中でより強い確固たる信念が求められるのだろう。
「ふぅっ………」
「っとと、大丈夫か夕陽?」
「いや、割とヤバイ。もう、指を動かす力すら残っちゃいない。道場に戻ったら、少しだけ休みを――――」
「おいおいおい、こんなところで寝るなよ。寝たらお姉さんが襲っちゃうぞ?」
敵の夕陽の姿が消えるのと同時に、夕陽の身体から幸がポンと現れて、そのまま二人とも糸が切れたかのように意識を失った。
おそらく、数秒もしないうちに意識が道場に戻るだろう。
ただ、倒れた場所がアンチマギアの腕の中という、かなりの危険地帯だったが……
「……いや、さすがにお姉さんも疲れた。なんか、終わったとたんにいろいろ枯れ果てたわ。ここまで無茶したんだ、私もとっとと休むとするかな……」
さしものアンチマギアも、疲労が限界に達していたのか、徐々に意識の集中を解除していった。
今回の取得技能:
夕陽…【
厳しい修行と極限の集中力、そして体が限界を超えた先で発揮される肉体の超越。
火事場のバカ力みたいなものだが、玄公斎のような達人になると、自らこの領域に達することもできるという。
通常時に比べて極限まで把握能力が上がった結果、0.001単位での思考を可能とし、周りがまるでスローモーションのように感じるようになる。
超人的な動きが可能となり、これに加えて夕陽の持つ「倍加」や「干渉」を乗せることで、今までにない無茶な動きもこなせるようになる。
具体的には、リヒテナウアーの攻撃くらいなら目視で回避可能にまでなる。
【無形の
玄公斎の言う「究極の構え」とは、すなわちこの「無形の位」にほかならない。
力への欲望を持たず、真に己を克服した者のみが到達できるとされている。
上記の【
力みをなくし、あいてから無防備にすら見える状態ではあるが、ここから即座に攻撃にも防御にも移行できるほか、相手の攻撃の先を読むことで、ベクトルを無理やり逸らし、威力の高低、射程の遠近問わず、攻撃を無効化する。
もはや剣聖と呼ばれる達人のみが至ることができる境地であるが、当然意図的にこの境地に達するのはまだ難しいし、できたとしても維持できる時間はまだほんの数秒ほどでしかない。
それでも、この年齢でこの境地に達していること自体が前代未聞であり、この才能をどこまで伸ばせるかは夕陽自身の今後にかかっている。
【
玄公斎の流派である「鹿島流剣術」の到達点の一つ。夕陽の世界でいうところの「新陰流」の流儀。
正確には技ではなく戦いの心構えであり、敵と対峙した折、″陽だまりの猫″の如く安らかな心を保ち、敵の動きや状況に応じて自在に変化し対応することで、戦いそのものを無意識に最適化する。
そのうえで、戦っていくうちにその場の心境次第では、相手の戦意を削いで停戦までもっていくことも可能となる。玄公斎がリヒテナウアーを仲間にしたのも、この奥義の影響がある。
夕陽本人はこの奥義の一部が身についていることを実感していないが、「鉄血! 米津道場! その12」でいつもの10倍の食事を用意するようあかぎに頼んでいたように、無意識に「次の戦いに必要なもの」を揃えようという動きをするようになる。
メタ的に言えば、強敵との戦いであらかじめ有利になるものを用意できる口実として使える。
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