修行の終わり

 大きな試練をはさんで、修行を重ねる4人は大きく成長した。

 そして、修行が終わる360日目までの間も、己が身に着けた技をさらに磨くべく、各々が猛烈に特訓に励んでいた。

 もちろん、初めからの習慣だった早朝ランニングから筋力トレーニング、精神統一に寝る前の茶道など、日々のサイクルをこなしたうえでだ。


「あの時大勢の人と戦って、結局押し負けちゃったけど、楽しかったなぁ。あたし、またあの人たちと戦いたいな、おじいちゃん!」

「それは流石に勘弁してくれ。あの空間を出すには、わしもそれ相応に消耗するのじゃ。30日分待ってくれんかな。その代わり、今後はワシ直々に相手をしてやろう」

「爺さんが相手してくれるのか、そりゃいい! 今度こそ強くなった私がぼっこぼこにしてやるぜ!」

「アンチマギアちゃん……老人をボコボコにするのはちょっと」

「よいよい、むしろそのくらいの意気込みでなければな!」


 玄公斎が顕現させることができるオーバードライブの劣化版は、道場の中限定で神竜の加護により「ショタ化」という代償なしで展開できる代わりに、構成要素の再調整に30日程度かかってしまう。(環は少し残念がっていたが)

 修行の終わりまでにあと2回ほどしか使えないが、過去の英霊から戦い方を学ぶ貴重な機会でもあるので、有効活用したいところだ。


 その代わり、これからの修業は玄公斎が直々にけいこをつけることになる。

 4人が玄公斎を相手できるラインまで成長を遂げたと認めたのだ。


「夕陽、そなたはまず防御面に集中せよ。そのうち体が覚えれば、攻撃に転じてもとっさに回避できるようになる」

「はいっ!」


 まず、夕陽に対しては「時斬り」を実戦で的確に行えるよう、ひたすら反復練習することとなった。

 元々彼と玄公斎は戦い方の系統が似ているので、玄公斎がかつて行った修業がそのまま反映されるので指導が非常にやりやすいようだ。

 ただ、夕陽はほかの3人と比べて戦い方の系統が確立してしまっているので、根本的な改良も夕陽自身が行う必要があるのが難点だ。

 夕陽にはこれから激しい戦いに身を投じていく中で、今回の修業の成果を自分自身で高めていかなければならないだろう。


「遥加よ。やはり失った情念は戻らぬか」

「はい……残念ながら。でも、今の私には戦う力があります。何もできないよりもだいぶマシですし、いつか自分を取り戻したらもっと強くなれると思います」

「うむ、今は自分を見直すいい機会じゃ。リア様も心配しておったし、早く取り戻せるよう努めねばな」


 遥加は「無我之射」をほぼ極めたことで、技の面でこれ以上ない状態となった。

 あとは日々基礎能力を高めるためのトレーニングを繰り返し、残りの期間でより一層のムキムキボディを手に入れるのだ。

 いつか来るであろう、最悪の戦いに向けて……


「アンチマギアよ、そなたもようやく「結界」という概念を理解したようじゃな。しかし、まだ修練を積まねばおぬしの空間はたやすく押し返される。気を抜くでないぞ」

「はっ、そんな余裕なことを言ってられるのも今のうちだぜ!」


 アンチマギアは今回の修業を通して、できることがかなり増えた。

 彼女の術無効空間は、環のような結界のエキスパートがいると空間自体を押し返されてしまう欠点があったが、精神修行の末に「ネガ結界」に昇華することで、一対一であれば確実に相手を自分の空間内に閉じ込めることができるようになった。

 瓦どころか鉄塊をも砕く威力となったアンチマギアの拳と、以前までは考えられなかったしなやかな体の動きは、よりタイマンでの性能を引き上げることに成功している。


 そして、今回の修業で力を最も高めたのはあかぎだった。


「ふぅっ、いよいよ手に負えなくなりそうじゃなこれは。そなたばかりは、わしも全力を出さねば危ういぞ」

「そう? えへへ、そのうちお爺ちゃんを越えられるようになって、おじいちゃんの代わりにあたしが悪い奴を成敗できるかもしれないっ!」


 彼女の場合はとにかく基礎能力が桁違いで、すでに玄公斎も修行を通り越して全力で相手にしなければ打ち合うのも難しくなってきた。

 そろそろ修行の相手は自分ではなく、雪都あたりに任せるべきではないかと思うくらいだ。


 また、この4人は修行を通じてある種の「有利不利」がはっきりしてき始めた。


「ちぃっ、お前タイマンだとヤベェな……あっつうまに消し炭になっちまう」

「でしょでしょっ! 今なら竜と一対一で戦っても勝てるんじゃないかなあたし!」


 圧倒的な性能を手に入れたあかぎは、一対一しかできないアンチマギアにとってはもはや相手にするのも無謀になりつつある。

 その一方で、アンチマギアは遥加との戦いを通して、さらなる特殊能力を身に着けていた。


「よう遥加ぁ! 私とヤろうやぁ!」

「ぐ……ぐぬ、一方的に近づくのは反則っ……」


 自分の素手喧嘩結界内では瞬時に距離を詰めることが可能となったアンチマギアにとって、弓でしか攻撃できない遥加はいいカモだった。

 しかも、アンチマギアは結界内では「マギア特効」を獲得したようで、遥加相手ではほぼ一方的な試合展開が続いた。

 対する遥加は、遠距離攻撃技術に極振りしたおかげで、アンチマギアのように強制的に近距離戦を挑まされない限り、近距離特化――特に夕陽相手にはかなり有利に立ち回ることができる。


「ほらほらどうしたの。そんなんじゃいつかハリネズミになってしまうわよ」

「くっ、無理だ……一歩もすすめねぇっ……」


 時斬りでなんとか矢を切り落とせても、一歩も近づくことができずにひたすら消耗させられてしまう。

 遥加の攻撃の勢いが異常とはいえ、遠距離攻撃への対応の必要性を夕陽は痛感するのだった。


 しかし、夕陽は技術と度胸ならほかの3人の誰にも負けてはいない。

 特に、威力は高いが全体的に攻撃が大ぶりな傾向があるあかぎは、夕陽にとって絶好の練習相手となった。


「そらっ、まだまだわきが甘いぞあかぎっ! お前の攻撃は避けやすすぎるぞ!」

「このっ! 動くと当たらない! 動くと当たらないでしょっ!」


 強敵との戦いを潜り抜けてきた夕陽は、能力が格上の相手との戦いに非常になれており、まだ駆け出しのあかぎとの経験の差もあり、今のところほぼ一方的だった。


 そのようなわけで、お互いがお互いにまだまだ学ぶべきことは多いと実感していきながら――――修行期間の終わり、360日目を迎えた。



「皆の者、よくぞこの苦しい修行に耐えた。常人であれば、大の男でも途中で気が狂い、泣きだすような過酷な環境であったが、それを乗り越えたことで自信が付いたじゃろう。そなたらは生まれ変わったのじゃ」

「もう終わりか……なんかあっという間だった。私はもっと修行していたい気がするぜ」

「でも、あたしは早速腕試しがしたいな! みんなに強くなったあたしを見てもらうんだ!」

「外では1日しか経ってないのよね。にわかには信じられないけど」

「正直……家が恋しくなってきたけど、これで仲間たちの足を引っ張らないだけの力はついたと思う」


 最終日、玄公斎と修行中の4人は最後に道場を綺麗に掃除して、退去する支度を整えた。

 長いような短いような不思議な時間であったが、身についた力はきっとこの際彼らを助けてくれるだろう。


「では、外に出るとしよう。めいっぱい外の空気を数がよい」


 今まで締め切っていた道場の扉が開くと、一気に周囲の景色が開け……建物の入り口に立っていた。


「うわっ! なになに!? 空気がすごく濃いんだけど!」

「うおおお!? 体が軽い!」

「そっか。道場の中は極限の環境だったから、普通の世界がすごく心地よく感じる。っていうか、心地よすぎて眠くなってきた」

「ははは、これはまるで別世界だな! ……あ、白埜! 迎えに来てくれたのか!」


「おかえりなさい皆さん! えっと……なんかずいぶん、その、雰囲気が変わったというか、ちょっと怖いんだけど。いったい何があったの?」


 道場から4人が出てきたところで、ホテルで留守番をしていた白埜が早速出迎えてきた。白埜から見れば、たった1日しか経っていないにも関わらず、出てきた4人がすさまじいオーラを放っていることにすぐに気が付いたのだった。



※今回で修行完了です、1か月以上もお借りしてしまいましたがたぶんそこそこ強くなったかなと思います。

 続きの描写は作者様各々でお願いします!



今回の取得技能:


全員…【極地適応】

 道場の中の極限空間で1年間分過ごしたことで、身体が極限の環境に適応した。

 高度10,000m程度であれば、能力低下なしで活動でき、それ以上でも致命的なペナルティを受けない。防寒さえ万全なら北壁登頂も余裕。


アンチマギア…【真・アンチマギア】

 「アンチマギア」の能力がさらに磨きがかかり、遥加同様に「マギア」に対してその情念の元を「打ち砕く」という形で消し飛ばすことができる。

 「救済」する遥加に比べてかなり乱暴ではあるが、彼女の拳を何度も食らうと、情念に大穴が空き、廃人と化してしまう。なお、遥加は心を無にしても戦えるようになってしまったため、ただの滅茶苦茶痛い拳にしかならない。


夕陽…【断ち切れぬ絆】

 前回書き忘れた技能。

 全体的な「憑依」の効果が上昇するほか、幸との同化に限っては例えばアンチマギアの無効結界のような、術を制限する技や強化を解除する技を受けても、同化状態を解除されなくなる。


あかぎ…【原初の火種】

 まだ完全とは言い切れないが、原初の火種の出力をコントロール下に置いたことで、人間の身体にして古代竜並みの出力を得ることが可能となる。

 まるで体内に核融合炉があるかのように無尽蔵なエネルギーを供給するため、例え10万人以上の相手と戦っても疲れを知らず、大技を何発撃ってもMPが尽きることはない。今後あかぎを倒す場合は、問答無用の一撃必殺で仕留めなければならなくなる。


 なお、体内の「原初の火種」を火竜に取られてしまうと、惑星どころか星系を焼き尽くすくらいヤバい力を与えてしまうので、文字通りのゲームオーバーとなる。

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