増援と憎悪を呼ぶ青い鳥

 修行を終え、一度解散して一休みしようと思った玄公斎だが、ふとホテルの敷地内が昨日(現実世界時間で)とは打って変わって、物々しい雰囲気になっていることに気が付いた。

 一体何事だろうと確かめに行こうとしたとき、ちょうどいいタイミングで鹿島 綾乃が忍者がワープしてきたかのように、瞬時に目の前に現れた。


「米津元帥閣下! ご報告があります!」

「む、綾乃か。具合はもうよいのか? 長曾根の体調は戻ったか?」

「はい、私も要も、この子(白埜のこと)のおかげで何とか……」


 重要な報告の前にまず部下の心配をする玄公斎に綾乃は思わず気を緩めそうになったが、すぐに引き締め直し、緊張感のある面持ちで報告を続けた。


「いえ、それよりも至急お伝えしたかったのは、本邦からの増援が送られてきたことです」

「なに、増援の第2陣じゃと、本国の連中はまた思い切ったことを。して、指揮官は誰になった? 規模は?」

「それが―――――」


「米津閣下、お久しぶりでございます。にのまえ 千歳ちとせ、第4師団『玉兎ぎょくと』総勢3000名推参いたしました」

「一大将か……まさか軍団ごと持ってくるとはな」


 綾乃が言う前にゆらりと姿を現したのは、長袖の巫女服を着用した長い紫色の神を持つ女性――にのまえ 千歳ちとせだった。

 日本軍の中でも20人程度しかいない「大将」級の軍人であり、退魔士の中でも五本の指に入るほどの実力の持ち主である。

 そのうえ、彼女が軍団の指揮のために連れてきた部隊長たちも、揃って玄公斎が手塩にかけて育てた精鋭ばかりであり、本国の本気度が嫌でも見て取れる。


「鹿島中将から元帥がこのホテルを拠点にしているとお話を伺ったのですが、さすがにこれだけの軍勢を民間人が利用する場所にとどめておくことはできませんので、現在少し離れたところに物資集積を兼ねた拠点を建設中です」

「そうか……色々聞きたいことはあるが、ひとまずここで立ち話するのもなんじゃから、場所を移そうではないか。あかぎたちは先に休んでおいてくれ」


 あかぎたち4人も、いつの間にか軍人が増えて物々しくなっている敷地内の様子に困惑しながらも、白埜に連れられて自室へと戻っていった。

 その間に玄公斎たちはいつもの作戦会議室へと向かった。


「おかえりなさいませ元帥」

「冷泉准将、それに要と智香も来ておったか。要はもう起きても大丈夫なのか? もうしばらく休んでいた方がよいのでは?」

「ええ、何とか一命はとりとめました。まだ全身の倦怠感はありますが、座っているだけでしたら何とか」

「そうか……智香よ、わしが留守の間に変わったことは?」

「これといって目立ったことはありません。しいて言えば、あの乱暴な軍人が、リヒテナウアーと何度も私闘を繰り広げ、迷惑だったことくらいでしょうか」


 集中治療室に運ばれていた長曾根要は、治療師たちの努力と雪都の献身、そして白埜の祈祷によって何とか正常に動けるようになった。

 とはいえ、何とか動けているだけで体力はまだ回復しきっておらず、戦えるようになるにはまだ休養が必要なようだった。


「それにしてもまさか、米津殿の世界の軍がこれほどまでに大勢来るとは思いませんでした」

「1日限りとはいえ、智香には黒抗兵団全員を面倒見させてしまったな。第4師団とは軋轢などはないか?」

「それについては問題ありません。が、やはり異世界のまとまった軍団……それも本格的な精鋭兵を前にするとなると、流石に動揺の色をを隠せないようですが」


 黒抗兵団は一応建前は「軍団」となっているが、元々は素人の冒険者や傭兵たちの集まりである。

 そのため、3000人もの正規兵が突如として目の前に現れ、まるで人形のような一糸乱れぬ行動をするのを見ると、やはり圧倒されてしまうようだ。


「まあ、彼らはじきになれるじゃろう。それよりも気になるのは、なぜあのような大勢の人間をよこした。それも第4師団となれば、精鋭中の精鋭、近衛にも匹敵する切り札じゃろうに…………この件は軍部でも秘密裏に対応するはずではなかったのか」

「ええ、我々軍部としましても、異世界の件については内密にしていたつもりでした。ところが…………どこからかこの情報が漏れたようで、ここ数日間に異世界の件が本国の報道機関やSNSなどで拡散され、あっという間に国民の大半が周知する事態となってしまったのです」

「ふむ、それは由々しき事態じゃな」


 千歳によれば、第1天兵団がこの世界に渡った後しばらくして、首都東京を中心に異世界への介入が秘密裏に行われていることが不自然なまでに急速に広がったようだ。

 それに加え、近頃は魔の物がいなくなったことで「退魔士不要論」がくすぶっていたこともあって、今退魔士たちが戦わないでいつ戦うのだという声が報道機関マスコミから殺到。

 国会はいろいろ紛糾したようだったが、この期に及んで隠し事は不可能と悟った軍部は、異世界への介入が事実であると認めざるを得ず、こうしてたまたま訓練期間中でまとまった場所にいた第4師団『玉兎ぎょくと』が急遽派遣されることになったのだという。


「おそらく、介入が1週間以上長引けば、これ以上の兵が送り込まれるものと思われます」

「冷泉准将、これをどう見る?」

「おそらく……我らが女神リア様に無理を言って、日本と異世界の直通パスをつなげた副作用でしょう。しかし、ある程度情報が漏れることは想定済みでしたが、こうも大規模な騒ぎに発展するのは明らかに不自然かと思われます」

「うむ、本国の連中も民意を無視するわけにはいかぬし……じゃが、戦力が増えるのはありがたいとはいえ、あまりにも増えすぎると周囲との軋轢も避けられん」


 玄公斎の言う通り、世界存亡の危機に対抗できる戦力が大幅に増えるのはありがたいことであるし、師団単位の兵力……それも玄公斎が使い慣れている軍隊が来てくれたことは非常に心強かった。

 しかしながら、言い方を変えればこれは戦力の「押し売り」であり、あまり玄公斎の世界の軍に依存してしまえば、この世界は実質植民地にされてしまうだろう。

 そうなれば女神リアの面目も立たないし、新たな争いの火種になることは容易に想像できる。


(もっとも……あの女神様ならホイホイ受け入れそうではあるがな)


 女神リアは器が大きいのが長所であるが、悪い者も考えなしにすべて受け入れてしまうのが大きな問題である。

 とりあえず、この世界の危機が全て去った後も、利害調整のために暫く面倒を見なければならないだろう。


「やれやれ、これではわしはこの世界に何をしに来たかわからぬな。ともあれ、一大将、本国に連絡してこの件が国民に漏れた原因を徹底的に調査させるのじゃ。手遅れになる前にな」

「ええ、もちろんですとも」



 ×××



 そのころ玄公斎が元居た世界では、眉唾と思われていた異世界が存在するとわかり、噂が連日各地を飛び回っていた。


「異世界が本当に存在するなんて! ビジネスチャンスの予感がする、ほかの奴らに出し抜かれる前に急げ!」

「ぐふふ、異世界に行けば……ぼ、僕も、ハーレムとか作れるのかな?」

「それにしても退魔士の連中め、このような重要なことを隠ぺいしていたとは、許せんな!」


 新たな世界に商機を見出す抜け目のない者や、ファンタジー世界で成り上がることを夢見る若者、そしてもともと退魔士に反感を持っており、今回の件を隠ぺいしたことでより憎悪を募らせるものあり…………

 魔の物がいなくなって平和を謳歌し始めた反動か、刺激に飢え始めていた日本国民は、次第に後ろ暗い欲望に突き動かされ始めた。


 林立したビルの隙間から空を見上げれば、そこには変わらずのどかな青い空が広がっている。

 その青空に溶け込むような青一色の鳥が、ビルの間を縫うように飛び交っていることに、まだ誰も気が付いていない。


「そういえばさー、最近流行りの『Toritterトリッター』やってる?」

「やってるやってる! 便利だし、楽しいよね! おまけに、たまにすごいニュースが流れてくることもあるし!」


 そして、人々の持っているスマートフォンの中にも、青い鳥のマークのSNSアプリが急速な広まりを見せているのであった。



※新規リージョンが更新されました


・エリア1-1Ex:軍事基地ヘキサゴン

https://kakuyomu.jp/works/16817139557550487603/episodes/16817139557563006604

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