鉄血! 米津道場! その17
玄公斎自は、若者は戦いに赴くべきではないと常日頃から考えている。
たとえどのような人格の者であれ、未成熟な子供たちは国家にとって何よりも大切な宝であり、将来の大黒柱足るべきものである。
しかし、彼自身の若いころは、少しでも自分が周囲の役に立てるようになりたいと死ぬほど努力を重ねてきた経験があるため、彼らが危険を冒して戦いに身を投じる気持ちが痛いほどわかる……まさに二律背反の思いであった。
「ならばこそ、わしらができるのは、安全な環境で可能な限り鍛え上げ、実戦で命を落とす確率を少しでも減らしてやることくらいだ。とはいえ、彼らは強くなればなるほど、より危地に吸い寄せられる運命…………ままならぬものだ」
あかぎもアンチマギアも、そして日向夕陽と叶遥加も、各々の事情はあれ、この世界で今後予想される激戦において力不足になることが予想されていた。
彼らはいやおうなしに戦いに巻き込まれる。玄公斎は心を鬼にして、彼らに長期間のつらく厳しい修行を強いた。
だが、それだけではない。
「あの子らはそれぞれ強烈な個性を持っておる。これが平凡な者であったなら、軍隊式の訓練で一定水準まで無理やり引き上げることは容易じゃが、彼らにそれを強いては、強みをつぶすことになりかねぬ。多少の回り道であっても、彼らの個性を伸ばしてやりたい」
あかぎやアンチマギアはまだしも、夕陽と遥加はすでに確固たる戦い方を己の中に確立している。
今彼らに必要なのは、自らの力をより深く伸ばす特訓であった。
「さて……まずはあの二人じゃな。お互いよう殴り合ったものじゃ」
道場内をすべて見渡せる場所にいた玄公斎は、まず死力を尽くしてキャットファイトをしているアンチマギアと遥加のところへ転移した。
「へ……へへへ、どうした? もう終わりか?」
「そっちこそ…………いつまで強がるんだか」
アンチマギアが作った
空間内は以前のような白一色ではなく、なぜか夕陽に照らされた川沿いの土手の上だった。
あれから二人は、ひたすらパンチと弓矢の応酬を続けていたが、流石にエネルギーが尽きたのか、それとも不毛すぎて戦う気力がわかないのか……お互いが近くにいるにもかかわらずもう戦うそぶりは見せなかった。
それでも、アンチマギアにはまだこの空間を維持するだけの力は残っているようだが。
(二人とも、もうよかろう)
「あん、この声は」
「米津お爺さん?」
玄公斎の声とともに、アンチマギアが作った空間が収縮していき、二人は道場の畳部屋にそろって横になっていた。
「双方とも見事じゃった。新たな技術も身に着けたようじゃし、強さも見違えるほどじゃ」
「そりゃどーも。本音を言えば勝ちたかったんだけどな私」
「私はもう十分かな。やっぱり殴り合なんてするものじゃないわ」
道場内に戻ってきたことで、ずっと重圧にさらされてきた精神が急速に軽くなるのを感じる二人。かつては生活するだけで死ぬほど疲れていた道場が、今となっては安らげる空間になっているというのも皮肉なものだ。
「そなたらは全力を出し切った。今日はゆっくり休むとよい」
「休む……ね。あかぎちゃんと夕陽君は?」
「あの二人はまだ己の試練と戦っておる。特に夕陽君の試練は圧倒的に難題じゃから、戻ってくるのに時間はかかるじゃろうが」
「ふうん…………」
「では、ワシはまたあの二人の面倒を見に行くのでな。くれぐれも、十分に休むのじゃぞ」
玄公斎はわざとらしく念押ししながら中庭へ戻り、試練の空間へと帰っていった。
畳の上で横になるアンチマギアと遥加は、お互いに目を見合わせた。
「もしかして、同じこと考えてる?」
「たぶんな」
「何か料理できる?」
「おにぎりならいけるぜ」
「それじゃあ私はお味噌汁でいいかな。まずはエネルギーを補給するわよ」
「おう」
こうして二人はよろよろと立ち上がると、台所へと向かった。
×××
一方そのころ試練空間の中では、まだあかぎが大勢の英霊たちを相手に一人で戦い続けていた。
「あは……あはは、まだまだまだまだぁっ!」
『何この子、しぶといとかそういうレベル越えてるんだけど、マジありえなくね?』
『このままだと本当に1万人倒すぞ……信じられない』
『実際に敵だったらと思うとぞっとするわね。シロ君は一体全体、どんな化け物を育て上げる気なのかしら』
倒した英霊はしばらく消えるので死屍累々とはならないが、それでもすでに数千人もの腕利きを倒し続けているあかぎを前に、彼らは驚きの色を隠せなかった。
(これが『原初の火種』の力……無限に力が沸いてくる!!)
あかぎは今頃になって、多くの謎に包まれていた自分の性能をようやくある程度把握できてきた。
彼女の体の中に眠る『原初の火種』は、それ自体が極度に圧縮された太陽のようなエネルギー源であると同時に、燃料貯蔵庫であった。
あまたの生命の憎悪によって出来上がったといういわくつきのものではあるが、あかぎが摂取した食料はすべてエネルギーとしてこの中に蓄えられ、必要になった時に体中に延々と力を供給し続けることで、最大で通常の人間の約数兆倍というありえない持久力を発揮するのである。
あかぎが普通の人間よりたくさん食べるのは、彼女が成長に必要な膨大なエネルギーを必要とするだけでなく、この『原初の火種』に無限に取り込めるせいで無限の食欲を獲得してしまったことも原因なのかもしれない。
とはいえ、さすがに長時間戦い続けてきた影響か、以前に比べて技の鋭さが失われており、一人一人を炎の海に沈めるのに時間がかかっていた。
それに加え、相手にした英霊たちから受けた攻撃のデバフが大量に蓄積しており、戦闘継続はできてもその能力はだいぶボロボロになっていた。
そんなとき、あかぎの前に見知った顔が立ちはだかった。
『よう嬢ちゃん、随分と派手に暴れるじゃねぇか。俺たちの相手もしてくれよ』
『やっぱり俺たちは死ぬか生きるかの世界じゃねぇと満足できねぇんだ!』
『なんなら嬢ちゃんも天兵団に入らねぇか?』
「えぇっ!? もしかして、あの暴れん坊軍団の人たち!?」
なんと、前日の時空竜との戦いで命を落とした第1天兵団のメンバーが、この桜散る神社の境内に姿を現した。
彼らは死んでもなお、戦いの場を求め続けていたようだ。
またしても厄介な敵が現れたことで、ますます追いつめられるあかぎ。
しかし、彼女の方にも心強い味方が現れた。
『よっしゃ、野郎ども突撃だ――――グワッ!?』
『弓矢だと!? 一体どこから!?』
「あかぎちゃん、まだ戦ってるのね。その粘り強さ、私も見習わなきゃ」
「遥加ちゃん!?」
空間を切り裂いて、大きな弓を構えた遥加があかぎの隣に現れた。
ついさっきまでは試練を与える側だったが、もうその任務は終わった。
ここから先は、遥加が勝手に戦っても文句言われる筋合いはない。
「ありがとう遥加ちゃん、でも……」
「でも?」
「口の横にご飯粒ついてる」
「あ」
遥加が指で口の右側を拭うと、確かに米粒が一つついていた。
普段なら恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしただろうが、今の遥加はそのような感情も起きず、指についた米粒を無感情に見つめるだけだった。
「お弁当ね。ちょうどいいわ、あかぎちゃんにあげる。えいっ」
「んっ!?」
遥加は自分の指についた米粒を、指先ごとあかぎの口に突っ込んだ。
瞬間、甘酸っぱい百合百合しい空気が、周囲全員に無差別にふりまかれ、一瞬で鋭い痛みに変わった。
『ゴフッ!? な、なんて威力が高いんだ……』
『百合の波動が弓矢に変わった……だと!? なんて高度な攻撃なのだ!?』
『くっ、久々にいいものが見れた…………』
「な、なになに!? 何が起こってるの!?」
なぜか次々に倒れていく英霊たちを見て、あかぎは訳が分からず困惑するばかりだった。
「とりあえず、早く全部片づけちゃいましょう。私、そろそろお腹がすいたから、またあかぎちゃんのおいしいごはん食べたいな」
「う、うん! わかった、遥加ちゃんのために一生懸命作ってあげる!!」
『ぐわぁぁ!?』
『くそっ、これ以上あいつらの好きにさせるな!』
こうして、あかぎと遥加の二人は、この場にいる全員を倒すために、それぞれの武器を大いに振るったのであった。
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