異世界最終決戦 12(VS悪竜王ハイネ)

「あなたたち、なぜそこにいるの!? 攻撃に巻き込まれてしまうわ、はやく安全な場所に逃げなさい!」


 シャインフリートが元に戻したはずの市民たちが、いつの間にかハイネの周囲に集結している。まるで、自らの身をとしてもハイネを守ろうとするかのように。

 ハイネが再度洗脳を施したからだろうか?

 環は訝しむが、その理由はすぐに彼らの口から飛び出してきた。



「洗脳……それがどうしたって言うんだ! 俺はもうとっくに「日本人」はやめた! 誇り高き悪竜王様の手下なんだ!」

「お前ら政府の犬にはわからないだろう。僕たちは、ずっとこの国に見捨てられ続けてきた……! お前たちは、自分たちの私腹を肥やすばかりで、僕たちには何も与えてくれなかった……!」

「悪竜王様は、少なくとも私たちに抗う力をくれたの。ハイネ様の創る世界がどんな世界かはまだわからない。けど、少なくともこんな腐った世界よりかはずっとずっとマシになるはずよ」


「あなたたち…………」


 環は愕然とした。

 SNSを通じてハイネに洗脳された人々は、多かれ少なかれ社会への不満を持っていることは知っていた。そして、彼らが社会を怨み妬む心の隙間を、悪竜の力で虜にされ、最終的に悪竜王の手先に洗脳されてしまったのだが…………それでも、元に戻りさえすれば彼らがまた元の生活に戻ってくれると当たり前のように考えていた。


 環は――――いや、智白をはじめとする退魔士たちにとって、少なくとも今の日本はすべてが完ぺきとは言わないまでも、国家そのものへ反逆するほどの不満は出ないだろうと思っている。

 インフラほぼ不自由はせず、税金もさほど高くない割に福祉は比較的充実している。少なくとも、この世界においては客観的に見ても上位クラスに暮らしやすい国であることは間違いない。


 だが、悪竜王の手先になった人々にとっては、そのような客観的なデータなど何の意味もない。

 様々な理由で人生がうまくゆかず、十人十色の不満を抱える彼らにとって、今の日本という国は自分たちを抑圧する巨大な檻に過ぎないのだ。


「それに、この光景はまるであの時の…………」

「ああ、佐前ささき先輩たちが蜂起した時と似ているね」

「シロちゃん……!」

「好き嫌いなんて、人によってバラバラ。真の共通認識なんて存在しないことは、あの時、嫌というほど思い知った。自分の思う正義の為なら、人は魔の物でも悪竜王でも、手を組む物さ」


 今はもう教科書に載るほど昔、時の日本政府に不満を持った一部の退魔士たちが、よりにもよって退魔士が倒すべき存在である魔の物と手を組み、首都東京でクーデターを起こした「5.14事件」――――その首謀者である佐前天山ささき てんざんは、若き頃の智白の先輩にして親友、そして何より退魔士としての師匠でもあった。


 そのころの日本政府は、魔の物との戦いの為に国家予算の8割近くを軍事費につぎ込むという、もはや「軍隊が国家を運営する」といっても過言ではない状態であり、そのせいで各地のインフラ整備や産業の育成が遅れ気味になっていた。

 その上、今よりもモラルが欠如した時代の政府は汚職が蔓延し始め、政治不信も今よりずっと酷かった。

 かねてから高い志を持っていた佐前天山は、世界の歪な状態に耐えられず、ついには「弱肉強食」に立ち返るべきとの理想を掲げ、新しい国家を作ろうと立ち上がったのだった。


 尊敬する師匠のみならず、普段から親しかった退魔士も大勢クーデターに参加した中で、智白は心を鬼にして彼らを一人残らず討ち果たした。

 退魔士だけならまだよかったが、中には佐前たちの意見に賛同し、クーデターに合流した一般人たちも大勢いた。彼らは大半が逮捕されたものの、軽い処罰だけで済んだのだが、中には完全に政府転覆に固執する者たちもおり――――


「反逆者と言えども、同じ国の人間を殺すのはとても心が痛かった」

「それでもシロちゃんは、平和に暮らす人たちのために、彼らを斬った」

「もう二度と同胞を斬りたくない。その一心で、必死に頑張ってきたんだけどなぁ」


 いったいどこで間違えてしまったのだろうか。

 もし、この事態を引き起こしたのが、智白が軽い気持ちで異世界に干渉したせいだというのなら…………目の前の光景は、智白への罰なのかもしれない。


 智白は環との会話もそこそこに、XXの集団の中へと歩き出した。

 すでに多数の黒づくめを無力化し、力量差は誰が見ても歴然としているにもかかわらず、XXたちは躊躇なく智白に襲い掛かってきた。


「死ねぇ退魔士! お前たちの時代は終わりだ!」

「悪竜王様バンザイ!!」


 バラバラにとびかかってくるXXたち。

 次の瞬間、智白は軽く刀を振るうと、彼らの身体は次々に真っ二つになった。

 峰討ちではない。智白は、元日本国民だった存在をためらいなく殺したのだ。


「おじいちゃん!?」

「おいヨネヅ、殺すなって言ってなかったか!?」


 あかぎとアンチマギアが慌てて智白に確認する。


「さっきまではそのつもりだった。けど、事情が変わった。彼らは今、人生で一番幸福な時間を過ごしているんだ。ならば、幸せなうちに供養してあげよう」

『ヨネヅ……気でも狂ったか? そなたの国の大事な人間を殺してもよいのか?』

「あいにく、この決断をするのは初めてじゃないんだよね。コラテラルダメージ……ほかの人たちが平和に暮らすための致し方ない犠牲だ」

『愚かな男よ。国の統治者の一人である貴様が自らの民を手にかける……国は信頼を失い、貴様は死ぬまで針の筵じゃな。おっと、貴様は寿命では死ねないのじゃったな、代わりにワシが介錯してやってもよいが』

「ははは」

『む、何が可笑しい』

「悪竜王ハイネ。君は悪意をつかさどる悪竜王という割には、随分と人間の善性を信じているようだね。まあ当然か、世の中に善がない限り、悪もまた存在できない。神は正邪の在るを知らず、善と悪は時により遷ろうものさ」


 ハイネと智白が会話を交わしている間、彼らの周囲に爆音が次々に響き渡った。


「ショタジジイ! もう我慢しなくていいんだな! 最初からこうすればよかっただろ! 裏切り者にはいつの時代も死あるのみだ!」

「よう元帥閣下、善人のあんたに悪逆非道は辛いだろ? 俺たちは良心も両親もねぇから、代わりに掃除してやるよ!」


 今まで手加減するよう言われてた暴れん坊たちが、智白が殺しを「許可」したことで、意気揚々と動き出した。


(チッ、やはり人間は愚かで訳が分からぬ生き物じゃ……おとなしくワシに悪意を捧げればよいものを、なぜ進んで忠誠を誓おうとするのか)


 洗脳が解けてなおハイネを守ろうとする人間たちを見て、ハイネもまた複雑な心持だった。

 もちろん、今は手ごまが多ければ多いほどいいし、自ら肉盾に志願するというのなら喜んで使い潰すのだが…………本来であれば、XXたちの一番の役目は「元一般人」という属性で相手の良心の呵責に訴えることで攻撃力を削ぐことだ。

 しかし、ハイネの洗脳がうまく行き過ぎたのか、はたまた彼らがよほどこの国にしこたま恨みを溜め込んでいたからか、同胞たちを裏切ってまでハイネに忠誠を誓った。

 それにより、彼らはもはや人質としての役割を失ってしまったのだ。


(まあよい、役に立たなくなれば使い捨てるだけじゃ。また悪意を煽ってやれば、肉盾はいくらでも引っ張ってこれる。どうもこの世界の人間は、平和すら憎む者がおるようじゃしな)


 ここでふとハイネは、戦っている間に自らの巨体が大都市上空からだいぶ離れてしまったことに気が付いた。

 一応、感知している範囲にはまだまだ大きな都市が点在しており、ブレスで破壊できる人間の住処には困らなそうだが…………それでも、主要都市からは遠のいてしまっているので、ここらで一度旋回すべきかと考えた―――――その時だった。


『む…………?』


 ハイネの巨体のあちらこちらに、無数の金属ロープのようなものが四方八方に巻き付くと、北西方面に流されていた巨体がガクンと停止したのだった。

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