天の死闘 地の苦闘 11(VS竜王軍)

 智香を目覚めさせるために黒抗兵団のメンバーが精神世界に飛び込んだのと同じころ、精神体になっている玄公斎はあかぎの目覚めを促すべく、彼女の精神世界へと飛び込んだのだが――――


「なんだここ……戦場か? ここに、あかぎがいるのだろうか?」


 そこには、どこまでも広がる乾いた大地が広がっていた。

 木も草も枯れつくした世界では、地平を埋め尽くす数の人間が、体長数十メートルの大きさがある赤い竜の群れ相手に戦っているのが見える。

 この無数の人間の中にあかぎがいるのかと目を凝らしてみても、彼女の姿も気配もなかった。


「しかし、暑いな…………まるでサウナの中にいるようだ。精神体なのに、暑さを感じることなんてあるのか?」


 それ以上に困惑したのが、この世界に来てから感じる異様な「熱気」だった。

 今の玄公斎は、言ってみれば思考しているイメージを動かしているだけなので、温度を感じることはないはずだが、それでもなぜか汗が滝のように流れそうなほどの熱気を感じるのである。


 そうこうしているうちに戦いは進んでいくが、数で圧倒しているはずの人間たちは、竜たち相手に果敢に戦うものの、戦況は芳しくない。

 それどころか、赤い竜たちのブレスの一撃で、大勢の人間が消し炭になっていく。


『まだまだ弱いな、人間ども! 我々竜を止めたければ、もっと必死に足搔いてみろ』


 その中でも、大きさが100メートルを超える桁違いに強大な赤い竜が、まるで人間たちを挑発するような言葉を口にすると、ウオオと世界全体を震わせるような雄たけびを上げた。

 雄たけびとともに竜の巨体がまるで太陽のように輝くと、あたり一面の温度が急上昇し、竜に向かって殴り込みをかけようとしていた大勢の人間が、たちまち火だるまになり、一瞬で燃え尽きてしまった。


「なんという圧倒的な力……あれが僕の世界に現れたら、無事では済まないぞ」


 「熱」という人類が割かしどうしようもできない力が襲い来るのだから、勝ち目がないのは道理と言える。

 あれだけ大勢いた人間の半分がすでに消し飛んでいることに、玄公斎は改めて戦慄することになる。


 巨大な竜だけでなく、その場にいるほかの竜もまたすさまじい破壊力があった。

 顔の中央に「×」の形に傷跡がある赤い竜は、地面を強く踏みしめると、周囲に地割れが発生し、いくつもの個所から猛烈な湯気とともに間欠泉が沸き上がった。

 超高温の熱湯と湯気は、たちまち周囲の人間を包み込み、彼らを大やけどで苦しませて殺していった。


「なるほど、ああいった芸当もできるのか。肝に銘じなきゃ危険だ」


 ある竜は口からマグマを噴出させ、またある竜は核兵器のような激しい爆発を巻き起こすなど、よくよく観察してみれば炎一辺倒ではなく各々が個性的な技を使うものだということがわかる。

 そのどれもが生きとし生けるものに牙をむき、容赦なく燃やしてゆく。

 まるで、遊びで火をつけて回るかのように――――


(もうだめだ、この国も終わりだ……何もかも燃え尽きて灰になる)

(これだけ頑張っても、ダメなのか? 俺たちは焼き尽くされるしかないのか)

(いやだ、死にたくない、たすけて)

(憎き竜め、いつか殺してやる)


「……? これは……人間たちの声」


(私たちの森が燃える…………赤色に塗られてしまう)

(聖なる山が灰と化した! 竜どもめ、呪われろ!)

(あつい……あついぃっ! だれか、水をくれぇ!)


「この場に居る者たちだけじゃない。世界中の怨嗟の声が……うん?」


 視界がぐるりと回転し、突然場面が切り替わる。

 次の光景は、乾いた大地に広がっている比較的大きな村。

 おそらく、かつては豊かな緑と恵の川があったのだろうが、今や植物の大半が枯れ果てており、たくさんの作物を実らせていたであろう畑は見事に全滅していた。


「急激な気温の変化で大干ばつが起こったのだろう。こんなに大きな村が全滅している」


 住人の大半はそこらの路上でミイラとなって倒れ伏している。

 生き残った者たちも、食べる物も飲む物もなく、ひたすら死を待つだけとなっていた。


(なぜ私たちがこのような目に)

(竜さえいなければ……畜生! 俺たちの村を返せ!)

(俺は誓うぞ! 生まれ変わったら、あの竜どもを一匹残らず殺してやる!)


 場面が再び変わり、今度はどこかの砦のような場所。

 人類は大型兵器などで必死に抵抗するが、文明が発達していなかったせいかその大半が粗末な木製で、竜の攻撃によりあっという間に燃え尽きてしまう。


 しかし、それでも人類はあきらめなかった。

 わずか十数人の切込み部隊が、赤い竜の群れに突っ込んでいく。

 赤い竜たちは炎の嵐を巻き起こすが…………なんと、対する人間たちが武器を掲げると、彼らの炎を吸収し始めた。


「ほう! あれはあかぎの!」


 智香から報告で聴いていた、あかぎが炎の四天王の火球を吸収したという場面に似ている。

 どうやら人間たちも、何度も焼かれているうちに対策をとることができたのだろう。

 しかし、たった十数人では戦況は覆しようがなく…………彼らは竜を倒すことなく全滅してしまった。


(彼らでもダメなのか)

(もうだめだ、おしまいだ!)

(竜が憎い……今はダメでも、いつか殺して……!)


「ああ、そうか」


 これらの光景を見た玄公斎は、ようやくその意図が分かったようだった。


(家族を返せ! 仲間たちを返せ!)

(あつい、くるしい、どうしてこんな目に)

(殺す……殺してやる)

(生まれ変わったら、いつか必ず)


 目まぐるしく変わっていた景色が安定する。

 目の前に広がっているのは…………星が最後に見た記憶。

 

 そこは荒れ果てた荒野で、地平の先では天まで届かんばかりの炎が上がっている。

 周囲にあるものといえば、徹底的に破壊された建物の瓦礫や、黒焦げになった何か、そして消し炭になった人間と思わしきもの。

 世界は燃え尽きようとしていた――――


「あれはマヤたち……そして、あかぎも!!」


 動けるようになってすぐに、玄公斎は地面に倒れ伏すマヤたち黒抗兵団のメンバーと、こちらに背を向けるあかぎの姿を見つけた。

 そしてその向こう側には――――まるで山のような大きさの竜がいた。


 発する熱量のせいで姿が陽炎のように揺らいでいるが、ほぼ全身が赤いうろこに覆われたやや首の長い四つ足の怪物は、全身のところどころから太陽のような高温の炎を吹き出し、それがまるで体毛のようにも見えた。


 今すぐ彼らを助けたかったのだが、なぜか今の玄公斎は傍観者にしかなれず、精神体が固着しない。

 おそらく、幾重にも精神世界を跨いでいるせいで、これ以上「実存」を深くすることができないのだろう。

 これ以上は精神世界の専門家……それこそ超強力なエスパーでもなければ干渉は不可能なのだろう。


「いったいどうすれば……」

(…………あの子を助けたいですか?)

「うん?」


 すると、気が付けば隣にまたしてもエヴレナのような存在が立っていた。


(あなたも見たでしょう。あの子の世界は、火竜が現れたことで世界の理に狂いが生じ、何も抵抗ができないまま焼き尽くされました。そして、あの子の正体は、焼き尽くされた世界で竜の犠牲になった人々の怨念の集合体…………つまり、彼女にとって竜を殺すことは、その身に刻まれた宿命でもある)

「僕もその目で……いや、心で見てきた。突然現れた強大な存在に、なすすべなく蹂躙されていく生き物たちの悲痛な叫びを。僕たちの世界では、人間と魔の物の力はほとんど拮抗していたし、魔の物が滅びたのもほんのわずかな違いによるものでしかなかった。もし、僕たちの世界で退魔士が現れなければ…………この世界のようになっていたのかもしれないね」


 かつてヴェリテから聞いた話では、この世界にいた竜たちは様々な理由で異世界に渡っていったというが、その渡った先の世界との衝突も少なからずあったのだろう。

 ヴェリテ自身は「カンパニー」の一員として、その居場所を確保することに成功したが、玄公斎が見た世界のように竜が一方的に暴力をふるって世界を滅ぼす場合もあれば、逆にわたった先で打ち取られたということも考えられる。

 つくづく迷惑な話であった。


(だから、ここでいったん終止符を打ちましょう。すべてを燃やし尽くす憎悪に)


 その言葉とともに、玄公斎の身体が光に包まれる。

 彼は一瞬目がくらみ、身体に違和感を覚えた。


「…………! この皺が刻まれた手はワシの! 身体が戻ったのか!」


 少年の姿だった玄公斎の身体が、元の老人の姿に戻っているではないか。

 それと同時に、先ほどまで感じていたとてつもない暑さが消え、少名毘古那が空間の隔たりをぶち破ってきた。


『智白君! ついにやった、あの悪趣味な竜に致命傷を与えた! これで世界は……と、なんだおじいさんに戻ったんだ』

「少名毘古那様! あなた様がここにいるということは!」

『精神世界の統合が進んでいる。きっと、あともう一押しですべてが終わる。いこう、みんなとともに』


 見れば、少名毘古那神だけでなく、黒抗兵団のメンバーや英霊たちが後ろに勢ぞろいしている。


「よし、行くぞ皆の者。すべての憎悪を打ち破り、荒ぶる御魂みたまを収めるのだ」

『応!』


 こうして、精神世界における最後の戦いが始まった。

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