日々是戦力不足

 夢の中でリアと会った次の日、玄公斎はゆっくり休む間もなく、戦後処理の確認のためにホテル阿房宮の一室でセントラルの参謀本部とテレビ通話を行っていた。


『先日はご苦労だった元帥殿。あなたたちの的確な救援により、壊滅的被害は何とか免れた。せめて今日くらいはゆっくりと休んでほしかったのだが』

「…………休んでほしいと言いたいのはこちらの方なのじゃがな」


 モニター越しに移っているのは黒抗兵団中央部隊を指揮しているモンセーなのだが、その姿はなかなか異様だった。

 何しろ、いつも腰かけている浮遊式椅子の周囲には無数の点滴パックがつるされており、数えきれないほどの管がモンセーの身体に刺さっているほか、鼻には呼吸補助用の人工呼吸器のようなものまで装着しており、どこからどう見ても重病人そのものであった。

 こうなってしまったのは、単純に先の戦いで生命維持分の魔力まで突っ込んでしまったせいで、周りの点滴も無理やり魔力を回復するための薬を直接注入しているからに他ならない。


「おいおい、あんくらいのでもうへばってるのか? なっさけねぇな! 私は寝ただけでばっちり回復したんだぜ!!」

『その言葉は包帯が取れてから言ってくれ』

「アンチマギアちゃん……あの人たちと張り合わなくてもいいんだからね?」


 一方黒抗兵団第1中隊は、体を張って「人間砲弾」となったアンチマギアが、持ち前の根気で体力は回復したものの、全身に火傷を負ったため、肌の再生を待っているところだった。

 本来なら歩くだけでも全身激痛に苛まれるはずだが、心配する部下たちに弱音を見せないよう無理やり突っ張っているのである。

(一応、魔法の回復技術で火傷の跡は残らないようになるとのこと)


 そのほか、玄公斎やあかぎはその身のこなしがよかったのか、少なくとも体はほぼ無傷だった。

 また、仲間に加わったばかりのリヒテナウアーや、ずっと最前線にいたはずの梶原元中佐はほとんど傷らしい傷もなくぴんぴんしており、彼らは朝から無意味に殴り合いをしているほど。

 だが、後方支援で役に立っていた要がかなりの重体であり、現在彼女は集中治療室で治療を施されている。そのため、雪都がつきっきりで看護にあたっており、裏方の重要な二名が戦線離脱しているという、ある意味手痛い被害を被っていたのである。

 さらに厄介なことに、鹿島綾乃も陣形術の使い過ぎでダウンしており、頭痛により丸一日安静にしなければならなかった。


 ケガしても気にしない連中がほぼ無傷で、戦後処理に必要な人員のほうが被害が大きいというのは、ある意味皮肉な状態だなと玄公斎もモンセーも心の中で嘆息した。


『ともあれ、被害はあまり芳しくないことは分かった、しばらくは回復に専念してくれ。黒竜王の勢力も、今はおとなしいみたいだからな』

「うむ、そうさせてもらおう…………と、言いたいところじゃが、残念なことに懸念事項が一つ増えた」

『なに? それは一体どういうことだ?』

「実は昨夜ゆうべの夢で女神リア殿にあったのじゃが」

「えっ?」


 夢の中でリアにあったとさらっと言ってのける玄公斎に、あかぎがびくっと反応した。

 先の戦いで、あのしまっていたリア様激推しシスターのことが、ついつい頭に思い浮かんでしまった。

 今彼女がこの場にいなくて、ある意味助かった。


 その間にも玄公斎が、夢の中でリアに告げられたことを事細かくモンセーに伝える。

 さしものモンセーも、困惑の色を隠しきれず、非常に難しい顔をしていた。


『それがもし本当だとしたら…………本格的にこの世界の滅亡の危機ではないか?』

「準備期間が用意できるのがせめてもの救いじゃがな」

『だが、幸いにもそのような相手ならある意味適任の人物がいる。すまないが、しばらくは私より今から紹介する彼女と話し合ってくれ。千階堂、すまないが「教務委員」を元帥たちのところに案内してやってくれ』

『大丈夫なんですかね? まあ、あの人ならたぶん大丈夫かな?』

『あー、元帥殿。今から紹介する奴は、優秀だが多少癖がある。失礼なことをするかもしれないが、ある程度大目に見てくれ』

「そうか。ワシはさほど礼には拘らんし、癖のある人間など今更じゃ」


 そんなわけで、モンセーは今回の問題に対処するために、別の行政委員を玄公斎のところに派遣すると言ってきた。

 千階堂移動ポータルを使ってすぐにこちらに来てくれるというが、どうも件の「教務委員」一癖ある人物であるようで、モンセーもなぜか詳細をあまり話したがらなかった。


 とはいえ、玄公斎の言う通り、今の黒抗兵団は優秀な人物が多い反面、奇人変人の見本市の状態である。

 大食いのあかぎ、変態のアンチマギア、脳筋メカのシャザラック、狂戦士のリヒテナウアー、突貫ハゲの梶原鐵之助などなど…………良心といえるのは墨崎智香くらいだ。

 そんなところに、多少癖のある人物が加わったところで大したことないだろう。

 この時まで玄公斎はそう考えていたのだが…………



「よっと、待たせたな米津の爺さん」

「初めまして皆さま。セントラル行政委員の一人、教務委員を務めているクラリッサと申します。こうしてお会いできたのも女神さまのお導きによるもの、良き出会いに感謝いたします」

「お……おぉ、こちらこそ。米津玄公斎と申す、わざわざご丁寧に」


 千階堂とともにポータルから現れたのは、白を基調としたフード付きの白い法衣に身を包み、栗色でセミロングの髪形をした若い女性だった。

 彼女こそ、12人いるセントラル行政委員会の一人であり、主に人々の教育面を司る「教務委員」を務めるクラリッサ・ローヴェレである。


(一癖ある……? このお嬢さんが?)


 一体どんな人物が来るのかと身構えていたが、初対面では誰よりも礼儀正しかったので、玄公斎たちは思わず拍子抜けしてしまった。

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