日刊・世界滅亡の危機
「はー、やれやれ。さすがにこの歳になって休みなしの激戦は辛いものよう。腰が痛とうてかなわん」
時空竜との激戦を何とか乗り切った玄公斎は、午後の7時ごろにようやく本拠地のホテル阿房宮にある別邸へと戻ってきた。
昔は数日どころか、一か月間休みなしで戦い抜いた時もあったが、何しろ今回は下手をすれば世界滅亡の危機に陥るほどの激闘だったせいか、流石の玄公斎も疲労の色が濃い。
一応、部下たちの手前では弱気を見せないようふるまってはいるが、どうしても年齢による体力の衰えは如何ともしがたい。
(お疲れ様ですお爺さん)
「ああ、母ちゃんもご苦労だった。誰にも気づかれなかっただろうが、しっかり援護してくれたな。皆に代わって感謝する、ありがとう」
(いいんですよお爺さん……ううん、シロちゃん♪ シロちゃんに褒めてもらえるだけでもとても嬉しいわ)
「あ……あぁ」
たった一人しかいないように見えるが、玄公斎の近くにはオーバードライブの影響で存在が希薄になってしまった環が常に控えている。
久々に二人きりでゆっくり過ごすと、改めて玄公斎は環がパートナーでよかったと心から思うのだった。
「さて……まだ夜になったばかりではあるが、明日に疲れを残さぬために、早めに休んで体力を回復しておくとしようか」
あかぎたち黒抗兵団のメンバーたちは、今頃ホテルの食堂で戦勝祝いで盛り上がっているだろうが、玄公斎はとっとと寝ることにした。
×××
『お疲れ様、二人とも。二度までもこの世界の危機を救ってくれて、とても助かったわ!』
「おお、女神様か。随分と久しぶりに会った気がするのう。おかげさまで、随分と退屈しない旅行を満喫させてもらっておるぞ」
「うふふ、そうですねお爺さん。普通の旅行ではこんなエキサイティングな体験はできませんからね♪」
『……楽しんでもらえて何よりだわ』
玄公斎は夢の中で久しぶりに女神リアと再会した。
軽い気持ちで彼女の異世界旅行の提案に乗ってみたら、いつの間にか元の世界でもそうそう起こりえない危機の連続――――不満はないものの、やはり皮肉の一つは言ってみたくなるものである。
『でも……心からお礼を言わせてほしいわ。あなたたちやほかの異世界の人たちのおかげで、大勢の人たちの命が救われた。本当なら私が何とかしなきゃいけないのに』
「……やはり後悔しておられるのか? このようないつ崩壊してもおかしくない世界の管理に手を出してしまったことを」
『いえ、全く後悔していないわ。私はこの世界のことが気に入っているし、何よりも元の世界で行き場を失った人たちの希望であり続けたいという想いに、変わりは全くないもの』
正直なところ、今のこの世界は新米の女神であるリアの手に余ることは事実だ。
それでもリアは、決してこの世界のことを見捨てないという想いは変わっていない。
あまり後先を考えない未熟な神様だと玄公斎は密かに思っているが、たとえ困難があろうと筋を通し続ける在り方は、この女神の一番の美徳だろう。
この女神に打算などこれっぽっちもないのだ。
『だから、たとえまた別の危機が来ても、私はこの世界を決して見捨てたりはしないわ』
「うむうむ、その調子ですぞ。女神さまを強く慕う子もいることじゃし、これからも変わらず寄り添ってやってくだされ」
『というわけで次の危機なのだけど――――』
「待てい、さすがに今の言葉は聞き捨てならぬぞ」
一難去ってまた一難とは言うが、つい先ほど世界崩壊の危機を「一つ」排除したというのにもう次が来るとは、流石の玄公斎も思わず突っ込みを入れざるを得なかった。
『文句を言いたくなる気持ちはわかるわ……むしろ、私が一番文句を言いたいくらいだわ。どうしてみんな私の世界で厄介ごとを巻き起こそうとするのかしら。私の実力に嫉妬しているのかしらね?』
「言うとる場合か。今度は何事じゃ」
『一言でいえば…………私の先輩女神が、この世界に殴り込みをかけようとしてきているの。私の運営の仕方が気に入らないから、徹底的に妨害してやるって』
「…………それは本当か?」
『もちろん。女神さまは嘘つかないわ』
「ほかの女神さまの直接侵攻ですか…………それはもしかして、別のチームより話に聞いた「完全者」という存在と何か関係が?」
『ええ、その通りよ環ちゃん。あの「完全者」と呼ばれるイレギュラーたちを通して間接的に介入していたのだけれど、それが台無しになったことで本格的にこちらに戦争を仕掛けてきたというわけなの。早ければ…………数日中には、女神スィーリエは以下の天使の軍勢が押し寄せてくるはず』
「それは思っていた以上に由々しき事態ですわね」
女神リアの説明によると、以前から一方的に彼女を敵視していた先輩女神が、何をトチ狂ったのか、自分の手下の総力を挙げてこの世界に攻め入ってこようとしているらしかった。
先輩女神のスィーリエは人間の「悪」の面が許せない非常に潔癖な神様で、どんな前科があろうと見境なく異世界移民を受け入れてカオス化するリアの世界運営の仕方が我慢ならないらしい。
とはいえ、さすがに女神さまがほかの女神さまの世界に干渉するのは神様界では御法度であり、別の神様たちから制裁されることは目に見えている。
だがそれでもスィーリエは、自らの破滅が確定したとしても、リアを滅ぼさんとしようとしているのだから救えない話である。
「なるほどのう。神様の中でも、合理性を全く考えぬ度し難い存在は居る者なのじゃなぁ」
「結局、神様もなんだかんだ言って私たちと変わらないのかもしれないわね」
リアの話がどこまで本当なのかは定かではないが、もしすべて本当なのだとしたら敵対する女神はあきれるほど迷惑な存在である。
人間世界でも、プライドばかり高く、うまくいかなければすべて他人のせいにして逆恨みするような愚か者はいるが、それが神様ともなれば世界の危機にまでなってしまうのである。
「ほかの神様に応援は呼べないのですか?」
『…………呼べることは呼べるわ。もし、あなたたちの力を借りてもどうにもならなければ、助けてくださいと泣きつくことはできるの。けど、それをしたくない理由は…………軍人である米津さんならわかるんじゃないかしら?』
「管理責任という奴じゃな。まったく、神様も人間と同じ……いや、それ以上に政治的なしがらみにとらわれておるのじゃろうな」
すべてを察した玄公斎は、ふぅと深いため息をついた。
「よいでしょう。神様相手となると、ワシらがどこまで意地を張れるかわかりませぬが、この老骨にできる限りの手は打ちましょう」
「ええ、頑張りましょうお爺さん」
果たして、次の危機というのはどれほどまで歯ごたえのある敵なのか……
玄公斎たちの心が休まる日は、まだまだ先になりそうだった。
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