天の死闘 地の苦闘 6(VS竜王軍)
世の中には、わかりやすい悪と、わかりにくい悪と、悪じゃなさそうに見えて実は悪、の三つがある。
いま世界各地で被害をもたらしつつある暗黒竜王エッツェルがわかりやすい悪だとすれば、水面下でじわりじわりと行動する悪竜王ハイネは分かりにくい悪だといえる。
では、悪じゃなさそうに見えて実は悪、とはいったい何だろうか。
たった一人で、来た時の道を10倍近い速さで引き返しながら、環はそんなことを考えていた。
(それはきっと、私のことなんだろう。正義の名を被った悪ほど、恐ろしいものはない。だからこそ、より強大な悪に打ち勝つことができるのだから)
環が向かう先――――エリア2-2大瀑布の地上は、かなりの混乱に陥っていた。
戦闘が始まってから地域全体を大きな揺れと轟音が襲ったかと思えば、時折空から雷と炎柱が降り注ぎ、あたりは昼にもかかわらず夜のような暗闇に覆われた。
さながら、前触れもなく始まった
この地に住んでいた貴族や富裕層の大半は慌てて逃げ出し始め、地上で待機していた黒抗兵団の予備軍団数千人も、異様な雰囲気のなかどうすればいいか困惑していた。
「な……なんだかマジやばくない? あたしら、死んじゃわないこれ?」
「逃げるべきなのか?」
「逃げるったって……どこにどうやって逃げるんだよ?」
「あ、あんなの食らったらおしまいだ! くそっ、こんなことならハンターになんかなるんじゃなかった!」
ここに残っているメンバーたちの実力はピンキリだったが、やはり経験的に未熟な者が多いせいで、動揺を隠しきれていない。
今下手に押さえつけると暴発しそうだし、かといってそのまま見過ごせば逃げ出すものが現れ始めるだろう。
今はまだ誰が逃げるかお互いにけん制しあっている程度だが、もしこれで脱走者が出れば、たちどころにパニックに陥って、戦う前に軍が崩壊してしまうだろう。
「皆様、心配することはありません。今は元帥殿たちが戦っているのです。我々はここで、彼らの勝利を待ちましょう」
急遽リーダーを務めているマリアルイズ女男爵は、あえて余裕そうな表情と態度を見せることで、未熟者たちの不安を少しでも和らげようとしていた。
それでも、いつかは限界が来ることは分かっている。
(ほとんどの精鋭は、すべてシロ君たちが連れて行ってしまったから、今は決め手になる引率者が足りないわ。私はただ、弱みを見せないことだけしかできないというのに)
マリアルイズ自身、自分がその美しい容姿ゆえに過剰に持ち上げられることを知っているし、ヒーローになりえるほどの実力がないことも知っている。
彼女に求められるのは、あくまでも「偶像」としての役割でしかない。
今はそれで十分とは言え、歯がゆい気分であった。
しかし、頑張って踏ん張り続けたかいがあったのか、最悪の事態に至る前に助けが現れた。
が、突然雰囲気が変わったことで、マリアルイズは別の意味で嫌な予感を覚えた。
(え……? な、何この……甘ったるい空気感は?)
強い女性にとっては天敵とすら思える、淫らで頽廃的な空気があたり一面を覆い、マリアルイズ以外の黒抗兵団メンバーたちは、今まで感じていた恐怖や不安が嘘のように和らいでいくのを感じた。
「はぁい、みんなお待たせ☆ タマお姉ちゃんが帰ってきたわよぉ♪」
『おおおぉぉぉっ!!』
「ま、まさか……環さん!?」
マリアルイズの横に舞い降りて、全員の視線を一身に集めるのは――――
腰まで届くストレートの銀髪に、白を基調とした上品ながらも凄まじい妖艶さがある絹の羽衣、そして見た者を惹きつけてやまないルビーの瞳。
老婆の姿を脱ぎ去って、元の若い姿になった米津環その人だった。
しかも、彼女の周囲からは空色と桃色が混ざったような、不思議な空気が大量にあふれ、その空気に包まれた人間は、男女問わず環の姿に初恋のような熱狂を感じたのだった。
「うぉーっ!! たまき様ーっ!!」
「ああ……愛しのたまき様…………この目で見られて、一生の幸せっ!!」
「環様のためなら死んでもいい!! いや、死ぬ!!」
これほどまでの熱狂は、環が美人だというだけでは説明がつかない。
何しろ、距離によっては米粒くらいの大きさしかでしか見れないメンバーもいるというのに、だれもがしきりに環の名前を呼び、めちゃくちゃな笑顔で興奮しているのだ。
「ふふっ、マリアルイズさん。貴女のお株、奪わせてもらったわ♪」
「それはいいのだけど…………彼らの熱狂はまさか」
「これが私の……オーバードライブ『傾城傾国』♪ ふふっ、あなたにはきちんと意識を保ってもらわなくちゃ困るから、お・あ・ず・け☆」
「ま、待って! 環さん……彼らを洗脳してまで、何をしようというの!? 場合によっては見過ごせないわ!」
「…………マリアルイズさん。結局のところ兵士っていうのは、どれだけ本人たちの意思に反した行動をとらせられるかで強さが変わってくるものなの。そして、今は悠長にしごいている暇はないの。この子達には……命をすりつぶしながら、竜と戦ってもらうわ」
「っ!! わかったわ……本当なら反対したいところなんだけど、今はそれどころじゃないのは事実ね」
結成から日が浅い黒抗兵団には、そもそも最低限の訓練すらさせていない。
そんな彼らを竜との戦いに投入しても、正直ただのキル数献上にしかならないだろう。
だから……環は彼らを洗脳し、無理やり恐怖を消して戦わせるのだ。
(第2軍団の子たちや、夕陽君たちがきいたら、きっと憤慨するでしょうね。場合によっては、手を切られることも覚悟しなければいけない。けれども、すべての責任を私が負えば…………!)
環は、この世で最も愚かな、吐き気を催す邪悪となることを決心した。
一時的な平和のため、そして愛する夫のために。
米津環のプロフィールの「オーバードライブ」が公開
https://kakuyomu.jp/works/16817139557864090099/episodes/16817139557897234524
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます