船山に登り、虎に翼が生える

 巨大な謎の鬼が巻き起こした突風で海賊船ごと吹き飛ばされた米津一行は、気が付けば荒涼とした斜面の上にいた。

 幸い、環が張った空気の膜が地面への衝突を防いだようで、乗員たちは奇跡的に全員無傷であったが、海賊船は当然のことながら水のない場所で座礁してしまった。


「無事ですか、おじいさん」

「ああ、かあちゃんのおかげで何とかな。しかし、ここはいったい……見る限り急斜面が広がっておるし、山岳地帯であることは間違いないが」

「膜の外の空気がとても薄いみたい。しかも、いくつもの雲が下の方に広がっているところを見ますと……」

「富士山よりも高い場所であることは間違いないのう」


 あの鬼はつくづくとんでもないところに飛ばしてくれたものだと、玄公斎は心の中でため息をついた。


「おい、爺さん! こりゃいったいどうなってんだ!? 私の船が山の上に横倒しになっちまってんぞ!」

「見りゃわかるじゃろう。わしらはあの鬼の力によって飛ばされ、今はとてつもない高い山の上じゃ。後ろを見てみい、あのような高い山、見たことがあるか?」

「ありゃうわさに聞く「王冠山脈」か!! ってことは、ここは「山の大地」ミナレットスカイじゃねーか!! くそったれ、海賊から山賊に転職なんて、私はごめんだ!!」


 アンチマギアが言うには、今いるところはエリア区分8番「ミナレットスカイ」と呼ばれる地域で、この地にはとてつもない高い山があちらこちらに連なっているとのこと。

 その中でも特に威容を誇っているのが、この山の更に向こうに見える、全貌すらつかめぬ巨大な山「王冠山脈」だ。

 米津もこの世界に来てからずっと、西側に何やら大きな山が見えることは知っていたが、改めて近づいてみるとその大きさは非常識にもほどがあった。

 目測でも世界最高峰の山エベレストの倍近い大きさはあると見込まれるほどだ。


「おじいちゃん……おばあちゃん……ここ、なんだかすごく寒い……」

「確かインベントリの中に予備の毛布があったはず。急いで配って頂戴」

「外気温も氷点下じゃな。先ほどまでは常夏の気温だったというのに……せわしないことこの上ない」


 空気の膜のおかげで酸欠になることはなかったが、外気温だけはどうにもならず、暖かかった膜の中の空気が徐々に冷えてきていた。

 これほどまでに急激に気温が変わると、すぐに体調不良が続出するものと思われた。

 となれば、今やるべきことはただ一つ…………速やかなる下山であった。


「皆、よく聞け。ここはおそらく標高5000メートル以上の高地じゃ。この場所にいつまでもとどまっているわけにはいかぬ。船の積み荷を急ぎまとめ、下山するのじゃ」

「おいおい爺さん! 下山するのはいいんだが、私たちの海賊船はどうするんだ?」

「残念ですが、この船をそのまま海まで引っ張っていくには、この人数では不可能です。残念ですが、一時的に放棄するほかないでしょう」

「放棄だと!? ふざけるなっっ!! 仲間を失ったばかりなのに、私の命より大切な海賊船も捨てろってのか!?」

「落ち着けよ船長さん、どう考えても無理だってわかるだろ」


 船を座礁させたまま置いていくと言われたアンチマギアは思わず激高したが、ブレンダンに冷静になれと止められる。


「放棄はあくまで一時的よ。今は人手と物が足りないだけ……今はいったん下山して態勢を整えて、またここに来ましょう。大丈夫……帰ればまた、来られるから」

「………わかった」


 アンチマギアは泣きながらも、ようやく船をいったん放棄しての下船に同意した。

 ただ、その様子を見ていたあかぎは――――


(帰ればまた来られる……か)


 環の言葉がなんとなく胸の内に響いたのだった。



 ×××



 海賊船を放棄して下山する一行は、ひたすら険しい崖を下っていった。

 船を持っていくことはできなかったが、何かあった時に備えて船のロープを大量に持ってきたおかげか、急峻な斜面であっても何とか全員滑落せずに下ることができた。

 また、相変わらず環が正常な空気の膜を張っているおかげで、希薄な高山の大気の中でもなんとか酸欠にも高山病にもなることはなかった。


 途中でキャンプしたのち、標高4200まで降りてきたとき、あかぎがどこからか漂う異臭に気が付いた。


「おじいちゃん、おばあちゃん……何か臭うよ!」

「相変わらずあかぎは鼻が利くのう。今度はどんなにおいじゃ?」

「あのホテルの時とは違う…………これはうんちの臭いと、人間の血の臭いがする!」

「それは、最悪ですわね。しかし、見過ごすのも危ない気がするわ」


 あかぎが感じたのは、独特な排せつ物の臭いと、人間の血の臭いだった。

 限りなく最悪に近い組み合わせだったが、事件の可能性も高く、米津たちは放置しておくのは得策ではないと判断した。


 臭いがする方角に向かって歩いていくと、そこにはとんでもない光景が広がっていた。


「これはひどい有様じゃ」

「全滅しているわ……おそらく大隊規模の戦死体ね」

「こんな……ひどいっ!? おえぇっ……」


 平らな台地に散乱する数えきれないほどの人間の遺体――――

 おそらく鳥の糞と思われる、悪臭を放つ白い液体があたり一面にぶちまけられており、しかもそれらの遺体を食い散らかす、翼の生えた虎のような魔獣が居座っていた。

 あまりにひどい光景に、あかぎはショックで嘔吐し、ほかのメンバーもしばらく茫然自失となった。

 が、やがて死骸を食い散らかしていたトラの魔獣たちが彼らの存在に気付くと、目をかっと開いて雄たけびを上げた。

 そして、翼をはためかせて口の周りから血を滴らせながら、一直線に突っ込んできたのだった。


「翼を得ても、畜生は畜生のままじゃのう」


 玄公斎は天涙に手をかけると、そのまま崖から一気に跳躍し、空中ですれ違いざまに3体の魔獣を両断。

 きれいに上下真っ二つに裂けた魔獣は、そのまま崖に激突して血のシミを作ったのだった。

 だが、死骸をあさる魔獣はまだまだ残っている。

 しかも彼らは、死んだ人間よりも生きている人間の方がおいしそうに見えるらしく、仲間が何体かやられたにもかかわらず、ギラついた眼を向けてきた。


「おじいちゃん、あたしも戦うっ!」

「私も行くぜえぇぇぇ!! 一度虎とタイマンしてみたかったんだぜ!」

「あ、二人とも……」


 一方で人間の方にも好戦的な人物が約二名おり、あかぎとアンチマギアは玄公斎に続けと言わんばかりに勢いよく崖を下って行った。

 しかし…………


「うっ……けほっ、けほっ!? い、息が……」

「うおぉぉぉ……頭がいてぇえ、割れるぅぅ……」


 何も考えずに環が張った空気の膜の外に飛び出していったため、たちまち酸欠に陥ってもがき苦しむ二人。案の定である。


 その間にも玄公斎は向かってくる魔獣たちを片っ端から切り伏せていくが、その中で4頭ほど狡猾な虎がいた。

 人間の爺は強すぎてかなわないと見るや否や、いったん空中に飛んで迂回し、酸欠でのたうち回っているあかぎとアンチマギアに狙いを定めたのだった。


「いけねぇ! あの嬢ちゃんたち、やられる!」

「船長っ! あぶないっ!」

「もう、世話の焼ける子たちなんだから。それっ」


 ブレンダンと女海賊が、空から襲い掛かろうとする魔獣に危機感を抱いたが、環がひとたび術を唱えると空中に空気の渦が発生し、そこから一気に非常に強力な下降気流ダウンバーストを発生させた。

 あまりにも急な下降気流に対処する暇もなかった魔獣たちは、たちまち頭から一直線に落下し、頭を地面に強く打ち付けて絶命した。


「これ二人とも、勇敢なのはよいがもう少し考えてから行動せんか」

「「ごめんなさい……」」


 危うく自分たちが餌になる寸前だったあかぎとアンチマギアは、説教する玄公斎に頭が上がらなかった。


【今回登場したエネミー】空虎スカイティガー

https://kakuyomu.jp/works/16817139558351554100/episodes/16817139558499325377


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る