渡る島に鬼が棲む

 米津一行が乗る海賊船は、紆余曲折を経て危険海域「大震洋」を西に抜けた。

 荒れ放題だった海はようやく落ち着きを取り戻し、黒い雷雲も消え失せて一気に青空が戻ってきた。


「ふぃ……やっと一息つけるのう。船の被害はどうじゃ?」

「私の船がボロボロだ……でも、船は直せばいい。それよりも、私の可愛い部下たちが…………」

「マギアちゃん……」

「船長……」


 海賊船の被害もかなりのものだったが、それよりも深刻なのがアンチマギアが率いていた部下の海賊たちのうち、11名が先ほどの戦いで戦死してしまったのだ。

 魚人たちの数からすればかなり善戦した方ではあるが、それでも犠牲なしという訳にはいかなかったようだ。

 長い間ずっと一緒にいた仲間がいなくなってしまったことは、流石のアンチマギアも堪えたようで、彼女は舵輪を掴む手を震わせながら涙ぐんでいた。


 死者だけでなく負傷者もそれなりに出ている。

 船酔いを我慢して最前線で刀を振り回していたあかぎも体のあちらこちらに傷を負い、現在は船室にあるハンモックで、ほかの海賊たちと共に体力を回復するために休んでいるところだった。


「米津さん……船長はとても疲れています、暫く船長室で休ませますね」

「それがよかろう。船は一旦ここで止めておけばよいじゃろう」

「いや、私は……まだ、根性で……」

「無理は良くないわ。あなたがいないと操縦が出来ないのだから、しばらく休んでらっしゃい」


 こうして、憔悴気味のアンチマギアはしばらく自分の部屋で休ませることにする。

 目的のブラックボックスを確保できたはいいものの、船も人員も満身創痍であった。


「今動ける者はどれくらいいる?」

「ヨネヅの爺さん、俺は何とか平気だ。俺を含めりゃ元気な奴はざっと10人くらいだ」

「少ないな……じゃが、まずはこれ以上船が流れないよう、マストを畳んで錨を下ろせ。しかる後に船内の遺体の片づけを行うぞ」

「片付けと言うと……」

「残念じゃが海中投棄以外に他はない。このまま港まで遺体を放置するのは衛生問題にかかわる。その代わり、しかるべき弔いをしようではないか」


 港に戻るにはもう一度あの嵐の海を越えていかなければならない。

 出来る限り万全の状態に回復するためにも、船も船員もしばらく休ませなければならない。

 特にブレンダンはベテランハンターを自負していただけあって、あれだけの戦いの中でも無傷で生き残っており、戦闘用の鎧と盾を外して身軽になれば、マストを畳む作業も行うことができた。


「おじいさん、固定作業は完了しました。船底の修理も最低限終わったようです」

「よし……これでかあちゃんが術を維持せずとも、船がひっくり返ることはないじゃろう。苦労を掛けたな」

「いいえ、このくらい昔に比べればなんてことありませんよ、では、そろそろ亡くなられた方たちのお葬式をしましょう」


 作業を終えたのは午後3時ごろ。

 一時的に体を休めていた海賊やアンチマギアたちは再び活動を再開すると、血まみれになりながら仲間と敵の遺体を運び出し、涙ながらに海へと投棄していった。

 こうするほかないと分かってはいるが、何ともやるせない気持ちでいっぱいだった。


「ひぐっ……えっぐ、お前たち……来世でもまた、一緒だからな……」

「うう、せんちょおぉ……死んだ仲間たちのためにも、私たちは一生船長についていきます!!」


 遺体を片付けた後は、鎮魂のために環が龍笛(雅楽で使う横笛)の演奏を行った。

 そのものがなしい旋律が、普段は音楽など聴きもしない海賊たちの心にも染み渡ったようで、誰もが涙を滝のように流しながら、生き残った者たちと抱き合ったのだった。



 しかし、そんな厳かな雰囲気は、突如として吹き飛んだ!



『いいかげんにしろおぉぉぉぉぉ!! あたいの住処の近くで、そんな辛気臭くてしみったれた音鳴らしてんじゃねぇぞおおおおぉぉぉぉ!!』

「うわっ、なんだなんだ!?」


 どこからか、爆音で若い女性の声が聞こえてきた。


「船長、あれを!!」

「な、なんじゃありゃああ!!??」


 船の正面の方を見て見ると、なんと空一面を覆わんばかりの、角が生えた褐色爆乳の銀髪の女の上半身が、腕を組みながらこちらを見下ろしていた。


「あわわわわわわ!! お、おじいちゃん!? あんなに大きな人がいるの!? しかも、なんか角生えてる!?」

「あれは……間違いない、伝承に謡われた「鬼」じゃ……おまけに、どこから流れてきたのか知らんが、わしらの世界の「魔の物」と同様の気配がする」

「みなさん、落ち着いてください。あれは……実際の大きさではありません。恐らく鬼が発する闘気オーラが膨張し、大きく見えているだけで、本体はあそこまで大きくない、はずよ………」

「そうは言ってもなんちゅう闘気じゃ…………ここまでの大きさのものは、大獄丸以来じゃな……」


 巨大な女性はどうやら闘気オーラと呼ばれる生命力が具現化したもののようだった。

 そして、巨大な女性がいる方角をよく見れば、そちらにはうっすらと小さな島が見えた。

 おそらく本体の鬼は、その島に生息しているのだろうと推測された。


 米津夫妻は比較的冷静だったが、驚かされた上に仲間の葬儀を邪魔されたアンチマギアたちは、巨大な女性がこけおどしだとわかると、怒りが有頂天に達した。


「んだコラ、やんのかデカデカオッパイ女!! せっかく婆さんが仲間のためを思っていい曲を演奏してくれてんのに、辛気臭ぇたぁどういうことだ! ああん!?」

『はん、あたいはお前たちの仲間がどうとか知ったことかよ! 演奏するならサンバとかもっと世界が笑顔になるような曲にしろ!』

「ふざけやがって!! テメーは私を怒らせた!! タイマンだタイマン! お前たち、あの島目がけて大砲をぶち込んで差し上げろ!!」

「「「イエスマム」」」


 海賊たちは直ちに大砲に弾を込め、あっという間に発射準備を整えると、はるか向こうの島目がけて砲弾をぶっ放した。

 射出された砲弾は、雑な計算で撃ったにもかかわらず、一直線に島へと飛んでいく。



「……辛気臭い笛の次は大砲で安眠妨害たぁね。これだからバカで弱っちい人間は……めんどくせぇけどわからせてやっか」


 褐色の鬼女は、こちら目がけて飛んでくる大砲の弾目がけてジャンプすると、なんと空中でそれをキャッチし、そのまま飛んできた方角目がけて軽く投げ返した!


 投げ返された大砲の弾は、来た時の倍の速さで海賊船目がけて飛来。

 船主の大砲を直撃し、木っ端みじんにしてしまう。


「わああああぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

「いかん! 早すぎて斬り落とせなんだ! 全員無事か!?」

「何とか無事だけど、船の先っぽが丸々吹き飛んだ!」

「おじいさん、あの敵は危険だわ。今はブラックボックスの回収を優先し、引き返しましょう」

「みんな、引き上げだ! 急いでマストを広げるんだ!」


 相手が対処困難な難敵とわかると、米津夫妻は任務遂行を優先すべく撤退することを選択した。

 いずれは討伐しなければならない相手かもしれないが、今はその時ではない。


『お、なんだ逃げるのか? 帰るのか? だったらちょうどいい、あたいが適当な場所までおくってやんよ!!!』


「何、それはどういう…………うおぉっ!?」

「みんな、しっかり何かに捕まるのよ!!」

「わ、私の海賊船があぁぁぁぁぁ!!」


 闘気でしかないはずの巨大な鬼女がふーっと口から強い息を吹くような動きをすると、海賊船をたちまち強烈な突風が襲い、船体が空に舞い上がった。


 そして、米津たちは海賊船ごと空の彼方に吹き飛ばされて行ってしまったのだった。



※新規逸脱者、および新規リージョンが更新されました

・鬼女 お万

https://kakuyomu.jp/works/16817139557550487603/episodes/16817139558797290226


・エリア1-5:新鬼ヶ島

https://kakuyomu.jp/works/16817139557550487603/episodes/16817139557563006604

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