荒れ狂う波浪の先に 後編(VS クイーン・リリカ)

【推奨BGM】https://youtu.be/_RadjW4-Qpk


「さぁて、こっちからその木っ端に乗り込んでやってもいいんだが、先にある程度バラバラにしてやろう。行け、勇敢なるマーメイドの戦士たちよ!! 我らの恐ろしさを存分に見せつけ、あの世の土産話にさせてやれ!!」

『応!!』


 リリカの合図により、船を囲むように泳ぐ魚人たちが一斉に攻撃を仕掛けてきた。


「せ、せんちょーーーっ!! この船が、人魚たちに囲まれています!!」

「ぬぅわぁぬぃいぃ! こうなりゃ私の出番ってことか! 上等っ、タイマンだタイマン!!」

「よしなさい、マギアちゃん。あなたには船長として船をしっかりとコントロールする大切な役割があるの。それに、あなたが下手に動くと私の術が解除されてしまうわ。あかぎちゃん、ブレンダンさん、あなたたちは船の補修と、船体を傷つけてくる敵の排除をお願いしますね」

「うん……!」

「お、おう!」


 船が沈む危機とあっては船酔いしている場合ではない。

 あかぎやブレンダンは必死に大きく揺れる船内を走っていき、積んでいる木材での補修作業に取り掛かった。

 そして船長のアンチマギアは、環から操舵に集中するように言われた。彼女をここにとどめておかないと、環が彼女の特殊能力――――魔法や術の一切を封じる空間に足を踏み入れてしまえば、この船は一巻の終わりだ。


「くそったれ! 私もタイマンしたかったのに!」

「タイマンならしているではありませんか。あなたは船を操縦し、鎮めようとしてくるマーメイドさんたちとガチンコのタイマンをしているのです」

「そうだったのか!! よっしゃあ、それならこここは私の独壇場だ!! タイマンだタイマン!!」


 船の操縦ばかりで戦えないことに不満を漏らしていたアンチマギアも、環の一言でコロっと態度を変えた。

 つくづく人の心を玩ぶのが上手いおばあちゃんであった。

 そして、肝心な玄公斎はというと――――


「おじいさん……術はかけておきましたので、気兼ねなく暴れてくださいね」

「うむ、本当はかあちゃんと一緒に戦いたかったのじゃが……船の守りは任せたぞ」

「はい、お気をつけて」


 環は夫の身体に船に掛かっている空気の幕の術とはまた別の術を施した。

 術が機能していることを確認した玄公斎は、環に手を振ると…………そのまま船首から荒れた海めがけてダイブ!

 そのまま波にのまれることなく、なんと足元から発生する小さな気流によりサーフィンのように海の上を滑り始めたのだった。


「はっはっは! この歳になってサーフィンを始めることになろうとはのう! 人生とは愉快愉快! さあ、天涙よ喜べ、ようやくおぬしの出番じゃ!」


 そして、いよいよこの世界に来てから初めて「天涙」は戦場で鞘から抜き放たれた。

 玄公斎が軽く一振りすると、目の前に迫っていた高波が真っ二つに裂けた。


「なんだこの人間のジジイ! 波の上を滑ってやがる!」

「カッケエ! だけどあれは敵だ! 女王様のお手を煩わせるな!」

「久々に骨のある獲物、熱く滾ってくるねぇ!」


 青い刀を持った老人が、荒れ狂う波をサーフィンしながら疾走してくる光景に若干動揺したクイーン・リリカ配下のウォーリア・マーメイドたちだったが、それでも強敵相手にひるむことなく武器を片手に応戦する。


「まずはあいさつ代わり、抜刀氷雪!」


 3メートル以上の高波からジャンプしながら、玄公斎は刀を横一線に振ると、青い冷気の斬撃が飛び、複数のウォーリア・マーメイドたちに直撃し、そのまま波ごと凍り付かせた。

 一言も発しないまま氷漬けにされたウォーリア・マーメイドたちは、なすすべもなく荒波に飲まれて海の中へ没していった。

 その光景を見てもなお、周囲からはまだまだウォーリア・マーメイドが玄公斎を取る囲むように接近するが……


「油断するな! このジジイ強いぞ!」

「槍で受け止めたはずの子が真っ二つになった! あの武器何か変だ! 気を付けて!」


 彼女たちは、玄公斎と一合たりとも打ち合うことなく、天涙によって鎧ごと身体を切り裂かれてゆく。

 しかも、槍や盾などで真正面から受けても、まるで見えない刃がすり抜けるように防いだはずの部分に直撃するのだから溜まったものではない。


「…………流石にサーフィンしながらの斬り合いは勝手が違うな。いい特訓になる」


 とはいえ、米津もまだまだ本調子ではない。

 今まで剣を振るっていたのは大半が陸地でのことなので、竜巻や渦潮を避けながら四方八方から襲い来る高波を乗りこなしつつ刀を振るわなくてはならない。

 普通の人間なら立っているだけでも精いっぱいだというのに、これでなお戦えているのは玄公斎自身の体幹がそれだけ優れていることのあかしともいえる。



 その一方で、玄公斎だけではマーメイドたちの攻撃をすべて防ぎきることはできなかった。

 大波にもまれて激しく上下左右に動く海賊船の中では、アンチマギアの部下たちやあかぎたちが今でも必死に船内を駆けまわって、攻撃を受けては損した箇所を修復しつつ、反撃の機会を狙っていた。


「船底の方の被害は!?」

「あまりよくない! このままだと底が抜けた桶みたいになっちまう!」


 特に厄介なのが、ウォーリア・マーメイドたちが時々投げてくる鎖付きの鉄球だった。

 彼女らは鉄球に付いた鎖を持ってその場で勢いよく振り回した後、その遠心力を生かして船目がけて放り投げる。その威力はすさまじく、船のような大きさの物体ではまず回避できず、まるで大砲のように船の脇腹を食い破られ、場合によっては中で動いている海賊たちに直撃することもあった。


「シエルがやられた! 誰か手当てしてくれ!」

「なんとしても舵だけはまもって! 動かなくなったら一巻の終わりよ!」

「くっ……船が揺れてライフルの狙いが定まらない!」


 海賊船のメンバーは全体的に苦戦していた。

 投げ込まれる槍や鉄球によって何人かが負傷し、すでに死者も出始めている。

 水中を自在に泳げる者がいれば違ったのかもしれないが、残念ながら海の中でウォーリア・マーメイドと渡り合えるような者はいない。

 とはいえ、やられっぱなしという訳ではないようで、特に船の生命線と言える舵に近づいて来ようとする敵は、あかぎとライフルを持った海賊たちが重点的に排除していっている。

 そのため、ウォーリア・マーメイドたちの方も少なくない被害が出ていた。

 まさに血みどろの海戦であった。


 そうしている間にも、玄公斎はなんとか荒れ狂う波間で血路を切り開き、ついにクイーン・リリカの前まで到達した。


「あはは! やるじゃないかおじいさん! こんなに強い人間を見るのは初めてだ! 認めてやるよ、あんたは最高の首級さ! 正面から叩き潰してやんよ!」

「それは光栄じゃな。どのみちワシも、ブラックボックスの回収なぞ建前にすぎんかった。本当の目的は……おぬしら海の無法者の討伐よ!」

「無法者たぁ随分な言いようじゃないか! 誇り高きマーメイドの女王の武技、とくと味わいな!」


 実は玄公斎、ブラックボックスの回収のためにこの海に足を踏み入れたのはあくまで建前だった。

 大震洋で暴れまわる強力な魚人たちと戦うことこそ彼の本当の目的なことは、妻の環にしか知らせていない。

 おそらくこのエリアにおける討伐対象として最も強い存在の一つである彼女らを倒せば、ハンターとしての格が上がるだろう。

(もっとも、知られていないだけでこれより強い存在もいるのだが……)


「さぁて、私の動きについてこれるか?」


 凶暴なウォーリア・マーメイドたちを束ねる女王だけあって、その動きの速さと攻撃の鋭さは、部下たちとは比べ物にならなかった。

 荒れ狂って動くだけでも精いっぱいの大波の中を、リリカは波そのものと一体化するように縦横無尽に駆け回り、三叉槍による容赦ない連撃を繰り出してきた。


 だが、玄公斎の方も戦いを始めてから10分ほどたっており、だいぶ荒波の上でサーフィンしながらの戦いに適応していた。


(だいぶ昔の勘が戻ってきおったな。やれやれ、一度ついた錆やぜい肉を落とすのは面倒なものじゃな)


 彼の周囲に空気の膜が張られているとはいえ、一瞬でも気を抜けば死が待っている状況は、長年惰眠をむさぼっていた退魔士の才能を徐々に目覚めさせていった。


 迫りくる三叉層の連撃を強引に跳ね上げ、リリカが起こした渦潮を跳躍して渡ると、その勢いで冗談から勢いよく刀を振り下ろした。


「う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

「じょ、女王様!? 何事で――きゃああぁぁ!?」

「女王様の鎧が!?」


 縦方向に振り下ろされた斬撃を三叉槍で防いだはずだったが、天涙の見えない斬撃が防御を貫通し――――なんと兜と鎧とインナーを切断し、ギリギリ肌に到達しなかったせいで、まるでゲームのアーマーブレイクのように素肌を晒してしまったのだ。

 兜が割れたことでリリカのワインレッド髪がむき出しになり、破損した鎧の隙間からは胸のふくらみは見えずとも、見事に割れた美しい腹筋が露わになった。


(なんと間の悪い……かあちゃんすまぬ、わざとではないのじゃ)


 玄公斎は心の中で若干バツの悪い思いをしたが、かといって攻撃を緩めるつもりは微塵もない。

 女王が素肌を晒してしまったことで動揺した周囲のウォーリア・マーメイドを、米津は次々と切り伏せていった。


「よ……よくもやってくれたな変態ジジイ!」

「わざとではないんじゃが……船への攻撃をやめてブラックボックスをおとなしく渡せば、着替えるために見逃してやってもよいぞ」

「うるさい! このままおめおめ引き下がれるか! 今度こそ海の藻屑にしてやる!」


 リリカは三叉槍を頭上でグルングルン振りまわして巨大な渦潮と竜巻を同時に発生させると、その波濤の威力を槍に乗せて強烈な突撃を見舞う。

 この攻撃が船に直撃すれば、一撃で船体が粉々になってしまうだろう。

 もちろん、玄公斎が喰らっても無事では済まない。


 彼は天涙の斬撃と、環からかけられた術を駆使して、人知を超えた嵐のような連撃の勢いを徐々に徐々に削いでゆく。

 そしてついに…………


「仕舞じゃ――――」

「っ!?」


 極大の高波の中を無理やり斬撃で切り裂いて接近してきた玄公斎に対し、リリカは防御が間に合わず、すれ違いざまにその首を切断された。

 頭部を失った女王の身体は、荒波を鮮血に染めながら海の底へと沈んでいった。


「女王様がやられた!」

「そんな! こうなったら報復よ! 最後の一兵まで戦うわ!」

「マーメイドの戦士の強さ、最期の最期までたっぷり知らしめてやる!」


「魚人たちが船に乗り込んできたぞ! みんな、白兵戦の用意!」

「くそおおおお! タイマンしてえええ! っていうかそろそろ船がやべえええ!」

「よくものこのこ乗り込んできたわね! 足場があればこっちのものよ!」


 女王リリカが戦死したことがウォーリア・マーメイドたちに知れ渡ると、彼女たちは最後の報復とばかりに船に空いた穴から続々と斬りこんできた。

 それに対し船に乗っていた海賊やあかぎたちは待ってましたとばかりに各々武器を持ち、やられっぱなしだったフラストレーションをぶつけに行った。


 結局、その後は玄公斎も船に戻り残敵の掃討に参加。

 500人近くいたウォーリア・マーメイドたちは、文字通り最後の一人まで果敢に戦って散っていったのだった。

 

【今回登場したエネミー】ウォーリア・マーメイド

https://kakuyomu.jp/works/16817139557676351678/episodes/16817139557791741604

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る