禁じられた遊び 前編(VS空虚のペルペテュエル)
「あーあ、この体はいつになったら元に戻るのやら」
「それは私にもわからないわね。なにしろ、前の時は年齢的にほとんど誤差の範囲だったし、元に戻るまではずっと気を失ったままでしたし」
心地の良い滝の音が響く静かな街路。
そして、それを取り巻くようにいくつもたてられている大きな庭付きの大豪邸。
この世界に住む貴族や富裕層が集まるこのエリアを、未だに子供姿の玄公斎が、環とともにため息をつきながら歩いていた。
転生統率祝福協会のメンバーたちをほとんど丸ごと手中に収めた第1中隊「菖蒲」は、新しく故障しない列車を調達して今度こそ目的地の「大瀑布」へと到着した。
この地に来た目的はいろいろあるが、そのうちの一つがこの地に暮らしている富豪や貴族たちの協力を取り付けることだった。
彼らはそのあまりある財力で私兵を組織していたり、多数の傭兵を雇っていることが多く、それらの兵力の一部を組み込んだり、もっと言えば武器の用意があれば融通してもらいたいと思っていた。
もっとも、そんな虫のいいお願いなどそう簡単に「はい」と頷くわけがないので、玄公斎は環とともに何度か会談の場を設けたのだが…………
「大体、僕みたいな子供が「黒抗兵団を取りまとめる責任者です」なんて言っても、信じてもらえないし…………」
「それもそうね。私だって、おばあちゃんだもの、舐められても仕方ないわね」
やはりおばあさんと子供のペアで話し合いに行っても、芳しい反応はなかなか帰ってこなかった。
これがもし玄公斎も老人の姿のままだったら、ある程度は交渉になっていたのかもしれないが、見るからに未熟そうな子供を信用しろという方が難しい。
もう1週間も前のあの戦いの影響が、まさかこんなところまで尾を引くことになるとは誤算であった。
とはいえ、進捗が全く芳しくなかったかと言えばそれも違った。
この日の午前に会談した有力者の一人にマリアルイズ女男爵という者がいた。
過去の経歴に不明点が多いものの、そのエメラルドのような美しい髪の毛と、紫檀のような高貴な瞳、そしてそのなまめかしい肢体がこの地の貴族や富豪たちに大人気な曰く付きの人物だった。
婚姻を申し込むための贈答品を山ほどもらっていながら、交際は一切合切断り続けているという曲者であり、玄公斎は正直あまり気が乗らなかったのだが…………
「あらぁ、かわいいぃぃぃぃ♥ お姉さまのペットにならない?」
「やだ、断る!!」
「あなた……私の旦那様に手を出したら、ただでは済まないわよ」
マリアルイズ女男爵は、想定以上に玄公斎の苦手なタイプの人物だった。
しかし、数少ない好意的な反応を示してくれたのも確かなので、夫婦そろって嫌悪感をぐっとこらえて、交渉にあたることになった。
「お金や物資でしたら、周りの人が勝手に貢いでくれるのをいくらでもあげちゃうんだけど、欲しいのってやっぱり人じゃないかしら」
「まさにその通りなんだけど……僕のこの姿はあくまでも一時的でも、やっぱり周りから信用されないみたいで」
「そうなると、やっぱり一番手っ取り早いのは腕前を示すことに限るわね。実は、私も少し困っていることがあるのだけど、頼まれてくれないかしら」
彼女の困りごとというのは、この地域の一角に住み着いている「悪竜の眷属」についてだった。
空虚のペルペテュエルと名乗る眷属が、空き屋敷を一つ占拠して好き勝手しているらしく、普段はおとなしいがたまに周囲にいろいろな被害を及ぼすことがあるという。
ただ、何度も懲らしめようという機運が沸くものの、結局は「可愛いし普段は無害」ということで見逃され続けているそうな。
その一方で、玄公斎は「悪竜の眷属」という言葉に鋭く反応した。
「悪竜の支配下にある者…………あの「絶望のデセプティア」なる者と同族か。それは対応に困るわけだ」
「私たち黒抗兵団は、あくまで復活しつつある暗黒竜への対応を主としていますが、セントラル行政府の方から「悪竜王」なる存在への対応も依頼されていますの。まさかこの地にいるとは、ある意味都合がいいですね」
クリアウォーター海岸の集会所で大量虐殺を引き起こした、悪竜王の眷属の一人「絶望のデセプティア」…………それ以外にも各地に眷属が存在し、悪竜王の力を伸ばすべく虎視眈々と動いているようだ。
危機の芽は早めに摘み取っておかなければならない。
「もし、討伐していただけるのであれば、私から周囲の有力者たちにヨネヅさんたちのことを仲介して差し上げますわ」
「ありがとう、恩に着るよ。じゃあ、とっとと倒してくるから、朗報を待ってて」
「ああん……そんなに急がなくてもいいじゃない♪ 一晩くらい心地がいいベッドでゆっくりしていってもいいのに。お姉さんが子守唄歌ってあげるから♪」
「「結構です」」
こうして二人は、逃げるようにマリアルイズ女男爵の屋敷を後にし、討伐対象がいる豪邸へと足早に向かっているというわけだ。
「あーもー……僕、昔からああいう人苦手なんだよね」
「シロちゃん……もしかしてそれ、私もかしら」
「確かにそうだったかもしれない。タマお姉ちゃんってば、その……本当に強引だったし。慣れるまでずっとドキドキしっぱなしで、若くして高血圧になるところだったんだから」
「…………ふぅん」
二人が出会った頃のいろいろを思い出して、顔をゆでだこのように真っ赤にするシロ少年に対し、環はやや不機嫌そうだった。
「つまりシロちゃんの「苦手」は、好みのタイプ、ということなのね。ふーん」
「やめてよ……自分でも自分が嫌になってくるから」
この歳になって己の性癖に向き合わされ、思わずげんなりする玄公歳だったが、そうこうしているうちにお目当ての場所が見えてきた。
大瀑布周辺の中でも、比較的滝の方に近い一等地にあるとても広いお屋敷で、屋敷の持ち主が庭や外観の手入れを怠っているのか、外から見るとかなり荒れたように見える。
せっかくの立派な屋敷がもったいないなと思いながら、二人してまずは屋敷の周囲を探索し、屋敷のおおよその大きさと間取り、入り口や窓の位置などを調べ上げた。
さすがは軍人夫婦だけあって、この辺りは抜かりない。
「窓はあるが、どれも変わったところはない。けれど、二つある勝手口が漆喰で塗りつぶされている……か」
「もしもの為の脱出道具は持ったから、とりあえず玄関から正々堂々入ってみましょうか」
「そうだね。たぶん、相手側はいろいろ仕掛けを施してくるだろうけど、これも訓練だと思って正面ら踏破してやろう」
こういう場合は、本来なら漆喰で塗りつぶされた場所を破壊して奇襲するか、さもなくば表の井戸などから水の手をたどって内部に侵入するのが上策だが、米津夫婦はあえて正面から突入することにした。
正面玄関の扉を開けっぱなしにして堂々と内部に侵入すると、すぐに何者かの声が聞こえてきた。
『あなたたちが新しい遊び相手なのね! ペルちゃんのおうちによーこそ☆ いっぱい、いーっぱい、一緒に遊ぼうね!』
幼く無邪気な女の子の声。
それとともに、シャンデリアから燭台に至るまですべての明かりがともると同時に、玄関の扉が轟音とともに勢い良く閉じ、すぐに壁の中に消えてしまった。
予想通り、逃がさないように入り口を封じてきたようだ。
「想定の範囲内ね、シロちゃん」
「単純に魔術で隠してるだけだ。多分、高威力の攻撃を当てれば隠している魔法が消えて、扉は現れる」
「うふふ、そういえば覚えているかしら? 私たちは、表向きはこの世界に遊びに来たのよね」
「ああそうか、いろいろ責任背負い込みすぎて忘れるところだった。じゃあせっかくだから、屋敷の主のお言葉に甘えて、めいっぱい遊んでいくとしようか」
そう言って二人は、奥へと続く廊下へと足を踏み出していった。
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