鉄血! 米津道場! その10

 あかぎの精神こころの中には、制御不能レベルのすさまじい力が眠っている。それはまるで原子炉のように、ちょっとした力を引き出すだけでも暴走し、周囲を焼け野原にしかねない危険なものだった。


 因縁のある火竜が言うに、それは「原初の火種」と呼ばれるらしいが、竜ですら扱いに難儀するものを人間の少女がまともに扱うには想像を絶する実力を身につけなければならない。


 実力がついてきたことで、中途半端に覚醒しつつある「原初の火種」はあかぎの精神の統一をかき乱し、ほかの3人に比べて内面の成長が遅々として進まなかった。

 そこで玄公斎は、彼女だけに別の訓練メニューを課した。

 それは――――


「そうじゃ、火加減は強すぎても弱すぎてもいかん。何事も最適な加減があることを心得よ」

「はいっ!!」


「あかぎが料理を習わされてるぜ、あれも修行なのか?」

「ああ、なんでも「火」を支配するには料理が一番なんだとか」


 玄公斎の指導の下、あかぎはなぜか料理の修業をしていた。

 しかも、調理するための炎はあかぎの術を使わなければならないようで、彼女はその繊細な火加減の調節に非常に苦労していた。

 一番初めは目玉焼きを焼くことから始まったが、火力が強すぎてあっという間に消し炭にしてしまった。また、みそ汁などの煮込み料理も、初めのころは早く沸騰させようとしたあまり、具が悲惨なことになってしまっていた。


 しかもあかぎは、今後自分の食べる分は自分で食べるよう厳命されてしまったので、下手なものを作るとまずいものを自分で食べなければならない。

 が、それだけでなくあまりにもひどい失敗をすると「食材を作った農家さんたちに申し訳ないと思え!」ときつく叱られることもあった。


「そういえば、俺たちの料理って誰が作ってるんだ? 時間になると食堂に食うものが大量に用意されてるけど」

「言われてみればそうだ…………妖精さんかなんかが作ってるとか?」


 アンチマギアの言葉に、夕陽は思わずエプロン姿のロマンティカを思い浮かべたが、すぐに「んなわけあるかよ」と否定した。


 実は今まで彼らの料理は環がこっそりと用意してくれていたのだが、今彼女は遥加の修業に付きっきりなので、代わりに玄公斎が空いた時間で用意している。

 こう見えて彼は下積み時代に料理を作らされた経験があり、今でも時々趣味で料理を行っているため下手なレストランよりもうまい料理を作ることができるのだ。


「…………なあ、夕陽」

「なんだよ」

「やっぱり女子は料理とかできた方がモテるのか?」

「俺にそんなこと聞かれてもなぁ。むしろ今どきはそんな価値観は古いとか言われかねないかもしれない」

「だってお前、結構モテモテの色男だろ? 女子どもの競争も激しいんじゃないか?」

「人聞きの悪いこと言うな! お、俺は別にそこまでモテる男じゃないぞ!」

「…………」


 肩に乗っている幸の視線が痛いが夕陽自身は本気で自分は女子からモテない方だと思っているから質が悪い。


 それはさておき、あかぎは料理がうまくならないと今後の自分の死活問題にかかわるため、必死になって上達しようと努力した。

 初めのうちは目玉焼きやみそ汁に始まり、それが次第にハンバーグやシチュー、カレーといったオードソックスなものになっていき、数日後にはチャーハンを作れるようにまでなった。


「火の勢いに飲まれるな、火を支配せよ!」

「はいっ! うおぉぉぉぉぉ!!」


 そして10日も経つ頃には、目に見えておいしそうな料理があかぎの前に並ぶのだった。


「えっへへ~、今日はあたしにしてはうまくできたかな~♪」

「すげぇ……ついこの前まで材料を消し炭にしてた奴が」

「あかぎと米津さんは一体何を目指してるんだ?」


 夕陽もアンチマギアも、修行を始めたころに比べて食べる量が格段に増えたが、目の前でてんこ盛りになっている、いい匂いのする料理の山には思わず圧倒されるしかなかった。


「なあ、あかぎ、私にも何か一つくれないか? うまそうなんだけど」

「いいよいいよ! アンチマギアちゃんもいっぱい食べて大きくなってね! もちろん夕陽君にもあげるっ! 今日は自信作なんだからね!」

「こ、こんなにたくさん……」


 二人も恐る恐る味わってみたが、想像以上によくできており、今まで食べていたものと引けを取らないと確信した。

 師匠の玄公斎も、あかぎの料理を口にして、納得の出来栄えであると確信した。


「素晴らしい。普段から呑み込みが早かったが、食がかかわるとここまで顕著に上達するものなのじゃな。すごいと言おうか、あきれると言おうか」

「あたしね、ようやく「火を支配する」のがどういうことかわかった気がする! もう一度、あたしの心の中の物に決着をつけに行ってくる!」


 火炎はただただ燃やせばいいものではない。

 そもそも火という属性の宿命として、発しているエネルギーの割に無駄が多いことと、強くすることは簡単だが制御するのが難しいという欠点がある。

 ともすれば世界をも焼き尽くすことができるエネルギーを体内に秘めるあかぎは、自らの力を自在に御するのは非常に難しかった。

 そもそも初めのうちは、制御する感覚すらわからなかったのだ。


 しかし今は違う。料理の修業で培った、火を支配する心得。

 それをもって、あかぎは再び静かなる瞑想に耽った。




――――ろせ

――――ころせ、ころせ

―――リュウを殺せ! 生きとし生ける竜のすべてを!

――――我々は憎む……世界を焼き尽くした、生ける災厄を!!


(あたしの熱が渦巻いてるのを感じる。これはあたしの心の中の、ほんの一部分だ。前までは、何も考えずにこの中に飛び込んでいたから)


 おそらく今まであかぎが精神世界の支配がうまくいかなかったのは、強すぎる憎悪の炎の中にいきなり飛び込んでしまっていたからだろう。

 あかぎは心の深淵の一歩手前で立ち止まり、ギリギリを撫でるように「原初の火種」と対峙する。


 少し離れているだけでも痛いほど感じる熱と、巻き上がるように聞こえてくる竜種への憎悪の声…………なるほど、これを制御するのは並大抵の心の強さでは無謀だ。

 何千万……いや、何億、何兆の生命の呪詛が延々と燃え上がる原初の火種は、さながら一つの恒星のようであり、これの力をすべて使えるようになった暁にはどれだけのパワーが手に入るのか想像もつかない。

 あの火竜があかぎの力を求めるのも納得がいくというものだ。


(……まずい、少しくらくらしてきた)


 強大な熱にずっとさらされていたように感じたあかぎは、脱水症状のようなものを感じ、瞑想をいったん中断した。


 果たして彼女が目を開けると、全身にものすごい汗をかいており、座布団から膨大な湯気が立ち上っていた。

 以前は部屋に熱風を巻き起こしたので、それに比べれば格段に進歩したとはいえるが…………自らのすべてを制御するまでまだまだ修行するほかなさそうだと、あかぎは嘆息したのだった。

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