前哨戦 前編

 どこからともなくエリア4に現れた天使の大群は、大穴の北側から大地を埋めるように押し寄せ、進路上にある人間や建物を片っ端から破壊していった。


「竜人の方々! あなたたちは逃げ遅れた民間人の保護を優先して! 私たちが主力を食い止めるわ!」

「え、でもそれだとあなたたちが!」

「心配ないわ、こっちには最強の「盾」がいるのだもの、そう簡単に通させはしないわ! むしろ、あなたたちの方が足が速いし、人数も多いから手分けできると思うの!」

「なるほど、そういう理由なら。くれぐれも無理しないでね、えっと……」

「美延よ、私の名前」

「ミノブね! あたしはミノアよ! 似た名前同士、頑張ろうね!」


 彼らは手分けして、逃げ遅れた生存者の救出と、敵の第1波を食い止めるべく動き出した。

 まず、ミノアたち竜人軍団は手分けしてアビスのあちらこちらの鉱山や洞窟に駆け付け、まだ戦っている警備隊や逃げ遅れた労働者を助けに向かった。


「みなさん、もう大丈夫です! こっちから逃げられます!」

「た、助かった! もうだめかと思った!」

「この恩は一生忘れねぇよ!」


 アビスのあちらこちらで鉱石を取り出す屈強な鉱夫たちや、熟練のドワーフたちもつるはしや斧で応戦していたが、倒しても倒しても沸いてくる天使たち相手に苦戦を強いられていた。

 しかし、ミノアたちが駆け付けたことで戦況はかなり有利になり、次々に安全な場所に避難することができた。


 特に、彼らの皮膚の大半には鱗がびっしり生えており、天使たちが装備する武器ではかすり傷一つつけられなかった。

 そのため、防御などを考えずに強気に攻めていくことが可能で、各地になだれ込む天使たちは一切ダメージを与えられることなく撃退されていった。


「なーんだ、見掛け倒しじゃないの。ただ数が多いだけよ! このまま一掃してやりましょう!」

『おーっ!!』


 竜人たちがあちらこちらを駆け回って民間人を救出している間、美延率いる退魔士軍団とフレデリカは、地平を埋め尽くす勢いで迫りくる天使の主力軍団の前に立ちはだかり、これ以上アビスに被害をもたらさないよう食い止めようとしていた。


「こんなやつら倒しても一銭のもうけにならないけど、見逃したら私の不動産がやばいんだワ。全力で叩き潰さなきゃ」

「ええ、期待してますよ、フレデリカさん。ですが、まずはうちの正義が前に立ちますので、あまり前に出すぎないように」

「……」


 巨大な盾を持ち、全身を黒い装甲で覆った大男――正義大佐は無言で頷くと、背中のジェットパックを起動して一気に敵の目の前に飛び込んでいった。

 天使たちは一人突出してきた鋼の塊のような存在に、一斉に剣や槍をたたきつけ、弓矢の雨を降らせるも、カキンカキンと乾いた音を立てて弾かれる。


 そして、その後方ではまず召喚術士10名が懐より術札を取り出すと、自らが従える式神たちを大量に起動した。

 札から召喚されたのは、体長3メートルほどもある、赤色の肌をした筋骨隆々の大鬼であり、手には金棒を持ち、顔には式神を制御するための大きな札が張り付いている。

 その気になれば1個大隊を壊滅させることができる強力な式神たちは、術者たちの命令で天使の群れに突っ込んでいき、片っ端から金棒で叩き潰していくのだった。


「とりあえず前線は構築したけれど、何せこの物量……そう長くは押しとどめてはいられないわ」

「やっぱり援軍を待つしかないかねぇ。けど、ついさっき呼んだばっかりだし、どんなに急いでもここまで駆けつけてくるのに数時間はかかるとおもうワ」

「手持ちの兵で何とかローテーションして、持久戦するほかないか」


 いくら頑強な前衛を用意できたとは言え、退魔士たちはたったの50名しかいない。

 途中でミノアたちが駆け付けてくるとしても、おそらく疲労が限界に達してしまうだろう。

 増援が到着するまで耐えるしかないが、それすらも難しい現状、いったいどうすればいいか。そんなことを考えていた時…………



「ぐふっは、ヒャヒャヒャッハーッ! なんだなんだこれは、目の前が敵だらけじゃねぇか! 殺戮のフルコースだ!!」

「うわ、びっくりした!? なんなのあなた!?」

「なんなのって、お前が呼んだんだろ、助けてくださいお願いしますって!」

「もしかして……援軍?」

「誰かと思えばリヒテナウアーじゃないのさ。なるほど、デュラハンだから好きなところに転移できるってわけなんだワ」


 突然、巨大な斧を担いだ金髪の鎧女が出現し、押し寄せる天使の大群を見て狂った瞳を爛爛と輝かせた。

 フレデリカの言う通り、リヒテナウアーはある程度どこのエリアへも自由に転移できるので、仲間たちそっちのけで自分だけ一人で参戦してきたのだ。


 そんなわけで、リヒテナウアーは見渡す限りの敵めがけて、まるで獣のような速さで突っ込んでいった。


「そうだそうだ、お前らにも「餌」をやらねぇとなぁ! 行け、イル=アザンティア亡霊連隊!! 片っ端から食らいつくしてやれ!!」


 それと同時に、彼女は周囲に黒い影でできた騎兵の亡霊を100体召喚。

 瞬く間に一つの軍隊と化したリヒテナウアーは、天使の群れに突入すると、手あたり次第戦斧で粉砕していった。


「ぐひゃははははッ、ハハハッ、ウヒャハハハ! これはいい、どこを向いても敵だらけだ!!」


「なにあれ……頼もしいと言えば頼もしいけど、敵に回すことを考えるとぞっとするわ…………」


 それはそれは楽しそうに天使たちを粉砕していくリヒテナウアーを見て、美延は思わずドン引きしていた。

 この状況では非常に頼もしいことは間違いないが、退魔士の性か、彼女が人間ではないことがわかると敵に回った時の不安がすさまじかった。

 おそらく、彼女と戦ったら、今ここにいる退魔士の大半が戦死することを覚悟しなければならないだろう。

 そして、そんな危ない狂戦士を手懐けた玄公斎はいったいどんな手を使ったのかと不思議に思うばかりだった。


 ただその一方で――――


(なんだこいつら……数だけ多い雑魚かと思ったが、一気に巻き込むと手ごたえがあまり感じられん。死んでなお私の攻撃の威力を吸収したというのか、ふざけた真似を!)


 リヒテナウアーはすぐに、範囲攻撃でまとめて一掃しようとすると、一気にダメージの通りが鈍くなるのを感じた。

 とはいえ、彼女の攻撃は元から威力がかなり高いせいか、吸収されてもなお巻き込んだ敵全員を木っ端みじんにできるのだが、威力という強みを無駄にさせられるのは面白くない。

 その上、彼女めがけてどこからかビームが連射された。


「ちっ、今度は何だ! あそこにいる変わった姿の天使か! 死んでもいい肉壁の後ろからちまちま魔法攻撃たぁふざけた連中だ!」


 ビームを全て斧で防ぎ切ったリヒテナウアーが見ると、ひときわ立派な翼の天使が、赤や青などの色とりどりのビームを数百メートル先から放ってくるのが見えた。

 威力もなかなか高いうえに連射も効くらしく、リヒテナウアーが召喚した亡霊騎兵たちが、ビームの直撃を数発受けただけで蒸発してしまう。


 そして、それは美延たち本体の方でも認識されていた。

 召喚術士たちが召喚した式鬼が、上級天使たちのビーム攻撃で次々に機能停止しているのだ。


「このままでは味方に一方的に被害が出てしまう! あの対頂角を優先的に撃ち落とすのよ!」

「了解!」


 退魔士たちも上級天使を優先的に攻撃目標と定め、機関銃や大砲、ミサイルと言った現代火器を持ち出して集中砲火を浴びせようとする。

 だが、敵もそれがわかっているのか、周囲にいる天使たちが射線上に飛び込み、上級天使を守るように玉砕していく。

 あまりにもあんまりな戦い方に、退魔士たちは思わずげんなりしてしまった。


 そんな折、ようやく民間人の避難を終えたミノアたちが美延たちのところに戻ってきた。


「ミノブ、無事だったかしら! 民間人の避難はすべて終わったわ!」

「ありがとうミノアさん、助かったわ! 今のところ何とかなってるけど、厄介なことに敵の主力攻撃で前衛がやや苦戦しているの。申し訳ないけど、もう一回頼みたいことがあるのだけど、いいかしら?」

「頼みたいこと? いいわ、何でも言って!」

「あそこでビームを撃ってきている天使がいるでしょう? 撃破をお願いしたいの。遠距離攻撃だと、どうしても防がれてしまって。無理は承知だけど、あなたたちにしか頼めないから」

「いいわ、任せて! 私たち竜人なら少なくとも普通の天使の攻撃は効かないから、切込みもお手の物よ! さあみんな、もうひと頑張りするわよ!」


 こうして、戻ってきて早々、ミノアたち竜人軍団は敵の強力なビーム攻撃を阻止するために、決死の切込み作戦に突入していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る