前哨戦 中編
「そう……あくまで悪足掻きをするというのね、愚かな人間ども。抵抗などしなければ、苦しまないものを」
「威力偵察」のために派遣した天使の群れが思わぬ反撃を受けているのを遠目に見て、背中に6枚の羽根をはやした茶色いツインテールの天使が気怠そうにしていた。
本格的な侵攻を前に、敵となるリア陣営がどれほどの戦力を持っているかを調査するのが目的ではあったが、思っていたよりも向こうはマシな戦力を持っているらしいことがわかった。
創造主たる神に逆らう人間がいることほど、彼女をイラつかせることはない。
かといって、自分の手で始末するというのも面倒この上ない。
彼女たちにとって、人間の始末は害虫退治のような「負けることはないが面倒な仕事」でしかないのだ。
「これ以上抵抗するというのであれば……仕方がない」
勢いよく減っていく天使たちを見て、彼女はその手に持つ鎚を一度だけ強く握った。
×××
対する人間側(?)は、倒しても倒しても減る気配がない天使と、遠くから一方的にビームを放ってくる上級天使たちに手を焼いていた。
まず、数だけはやたらたくさんいる下級天使たちは、広範囲を一気に倒そうとすると、威力が弱まってしまうことが判明した。
「幾瀬少将! 広範囲を攻撃する術があまり効果がないようです!」
「おそらく、敵の一体一体が自らの身体にダメージを余分に取り込むことで、周りの威力を緩和する仕組みかと」
「なんて面倒な…………そういった敵は今までいなかったわけではないけど、これだけの数でそれをやられるのは嫌がらせとしか思えない。幸い、ミノアさんたちは近接武器だからあまり考えなくてもいいのでしょうけど、私たちの持っている兵器の半分は使い物にならなくなってしまう……」
数で圧倒的に劣る退魔士たちは、せめて範囲攻撃で一掃しようとするも、それが事実上封じられているのは非常に厄介だ。
「仕方がない、攻撃を銃撃中心に切り替えるのよ。銃弾なら、私が「工房」を展開して供給する。そうしてけん制している間に…………ミノアさんたちに上級天使を仕留めてもらうほかない」
出会ったばかりの友人に対し、危険かつ無茶な作戦を依頼するのは心苦しいが、今はそれしか方法がなかった。
「あたしたちが斬り込んで、あのビームを撃ってくるやつらを倒せばいいのね! 任せてっ! あたしたちにならできるはず!」
ミノアは、美延の依頼に嫌な顔一つせず、喜んで引き受けた。
配下の竜人たちも自分たちがやらねばと意気軒昂で、ミノアを先頭に楔形の隊列で真っ白な天使たちの群れへと強引に突撃していった。
ミノアは自慢の長槍「ドラグレイドスピア」を曲芸のようにぶん回し、進路上にいる敵をまるで障子紙か何かのように豪快に食い破っていく。
突き、切り裂き、たたきつけなどで損壊した天使たちが鮮血を吹き出し、ミノアたちに赤い雨となって降り注ぐが、返り血で真っ赤に染まろうとも竜人たちは進軍を止めることはなかった。
しかし、上級天使に近づいたことで一つだけ問題が発生した。
「あの天使たち、わかってはいたけど空を飛んでいるせいでこっちが近づいても後ろに下がっていってしまうわ。もっとスピードを上げて近づかないと」
ミノアや竜人たちの背には竜の翼が生えており、その気になれば飛行することも可能だが、一般的な竜と異なり様々な制約がある。
あまり高高度を飛べないということと、飛ぶために助走が必要になることだ。
「みんな、よく聞いて! 前方の群れの密度をある程度薄くして! そして合図があったら一気に前へ進むのよ!」
「了解っ!」
「合点!」
威勢よく返事をする配下の竜人たちは、ミノアの指示によって一部のメンバーが投げ槍や投げ斧、弓などを装備し、一直線上の敵に対しまばらに攻撃する。
こうすることで、敵は戦線の穴を埋め戻そうとしないまま密度が低下することになる。
そんな中、あらかじめ渡された通信用の水晶から美延の声が聞こえた。
『支援攻撃が必要? 合図があればいつでも行けるわ』
「ありがたいわ! 座標を指示するから、援護射撃をお願い!」
支援攻撃の依頼を受けた美延が部下に指示を出すと、彼らはあらかじめ組み立てた長距離術式榴弾砲に装填を開始した。
「撃て!!」
通常の大砲の数倍はあろうかという轟音とともに長距離砲が火を噴くと、弾頭が空中で分散し、小型弾の雨となって敵の群れに降り注ぐ。
この攻撃でさらに密度が薄くなった敵陣に対し、竜人たちが今まで以上の速度で突撃していった。
あっという間に上級天使へ向かう道が開けるが、上級天使の方もビームを撃ちつつ後退していく。
だが、ミノアの狙いは敵への道を作ることではなかった。
「みんな、ありがとう! これであたしがっっ!!」
ミノアは部下たちが作ってくれた一直線の道を猛スピードで駆け抜けると、十分な助走距離を稼いで勢いよく滑空した。
上級天使たちが放つビームがミノアに向かって放たれ、直撃したいくつかが彼女の鱗を焼くが、顔を少し顰めるだけで滑空の勢いは衰えない。
「せりゃあぁぁぁっ!!!」
上級天使たちに感情はないが、感情があったらおそらく目を丸くして驚いただろう。
まるで巡航ミサイルのごとき速度と勢いで槍による突撃を繰り出したミノアは、上級天使を一体撃破。そしてそのまま滑空を続け、勢いそのままに周囲に浮いている上級天使たちを次々にくし刺しにしていった。
「なかなかやるじゃない……思っていた以上に勇敢な戦士だわ。でも、あのままだと天使たちの攻撃が……」
たった一人で敵のボスたちを撃破していくミノアを見て、その勇敢さに感心する美延だったが、同時にこちらへ売ってきたビーム攻撃がミノアめがけて殺到してきている。
竜人たちの鱗は頑強で、ビームを多少食らってもやけど程度で済むが、それでも連受けすぎてしまうと危険だ。
そんな時頼りになるのは、最前線で盾を構えて踏ん張っている正義大佐だ。
『おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』
「「「!!??」」」
今まで黙々と盾を構えて攻撃を防いでいた正義が、突如として戦場全体に響くようなすさまじい大声――――というより咆哮を上げた。
「なんだあいつ、口がきけたのか。ん?」
突然の大声で何事かと正義の方向を見たリヒテナウアー。
見れば、彼が大声で叫んだことで上級天使たちの意識が正義の方向を向き、近くにミノアがいるにもかかわらず、ビーム攻撃が彼めがけて殺到し始めた。
そして、正義自身は絶え間なく降り注ぐビームを、無傷のまま盾で受け続けていた。
どうやら、正義の咆哮には敵の遠距離攻撃を自身に引き付ける効果があるようだ。
「野郎……一人だけ目立ちやがって、ふざけてるのか! ならば私もだ!」
リヒテナウアーも対抗すべく大きく息を吸うと――
『おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』
同じように獣のような咆哮を放つと、周囲のヘイトを無理やり自分に向けさせた。
これが、正義ばかりに負担を強いることはすべきではないというリヒテナウアーなりのやさしさなのか、ただ単に自分の獲物が失われるのが気に入らないだけなのかは定かではないが…………
ともあれ上級天使たちの攻撃が明後日の方向を向いたことで、ミノアや竜人たちは安定して天使たちを狩ることができたのだった。
「やれやれ、一時はどうなるかと思ったけど、ようやく安定してきたわ」
ミノアたちの奮戦により上級天使が減っていき、下級天使も美延たちが持ち込んだ新兵器により順調に数を減らしつつあった。
このままいけば、あらかじめ呼んだ増援部隊が到着すれば、十分逆転できるだろう。
「けど、まだ気は抜けないわ。こういう時こそ、周囲の状況に気を配らないと」
余裕ができてきたことで、美延は改めて戦況全体を把握しようとしたが…………
ふと、何かがこちらに勢いよく向かってくるのを術探知で感じ取った。
しかも、感知した瞬間、とんでもなくやばいものであることに気が付く。
「総員、緊急防御っっ!!」
美延がそう叫んだ次の瞬間、上空に漂う厚い雲から槍や剣などの武器が雨のように降り注ぎ、退魔士たちの集団がいる場所に大規模な爆撃が巻き起こったのだった。
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