後前哨戦 後編

「よし! 敵の天使は着実に数を減らしている! 上級天使さえ倒してしまえば、後は頑張って耐えるだけよ!」


 猛スピードで低空を滑空しつつ、ビームを撃ちまくってくる上級天使たちへ突撃を繰り返すミノアたち。

 相手は上級の天使でも1万匹前後いると目されたが、ミノア率いる竜人たち約500名が手分けして片付けていくことで徐々にその数を減らしていく。

 時折、ビームの熱とプラズマが掠めて彼女たちの鱗を焼くが、大半の攻撃は前線で盾を構える正義大佐と、自ら注目の的になっているリヒテナウアーが引き付けてくれるおかげで被害は軽微。

 邪魔されることなく真正面から突っ込んでいける―――――はずだった。


 後方……美延たちが兵器を並べている場所から猛烈な爆撃音が聞こえるまでは。


「……!! 何、今の音は!?」


 嫌な予感がしてあわててミノアが味方の方を振り返ると、援護射撃をしていた退魔士たちがいた場所に武器のようなものがスコールのように降り注ぎ、無数の黒煙を上げているのが見えた。

 そのうえで、離れていても分かるくらい圧倒的な存在の気配を感じ、目を凝らすと、上空から一際立派な衣装を身にまとった茶髪の天使の存在を認識する。


「もしかしてあれが……この天使たちを率いている元凶そのものじゃない!?」

「ミノア様っ! た、大変です! 味方の人間たちとの通信が途絶えました! 援護射撃をしていた兵器も沈黙しています!」

「どうしましょう、助けに行くべきでしょうか?」

「ええ、もちろんよ! 迷ってる暇はないわ!」


 こうしてミノアたちが踵を返したころ、大量の武器のスコールに襲われた美延率いる退魔士たちは、全員で必死に防御用の術式や結界を張ることで奇跡的に全滅を免れることができたが、それでも損害は非常に大きかった。


「う…………くっ、被害確認……」


 爆撃の雨あられで耕された地面からヨロりと起き上がった美延。

 幸いにして戦闘続行不能になるほどではなかったが、身体に多数の傷を作っており、ボロボロのトレンチコートが流血で赤く染まっている。


(バイタルチェック……5名が心停止、12名がバイタル危機……)


 手元の機器を2秒ほど見て自軍の損害を確認すると、次に自分たちを襲撃してきた存在に目を向ける。


「この強大な術力……お前ね、この心無い天使たちの元締めは」

「…………」

「ちょっと、聞こえないのかしら!」

「……虫けらが何か言ってるけど、私には関係のないこと」

「っ!!」


 茶髪の天使にとって、美延たち人間はその辺を飛び回る害虫と変わらない。

 人間が害虫が飛び回ったからと言って答えてやらないのと同様に、この天使たちにとって人間との会話など無意味なものでしかない。

 元の世界でもされたことのない屈辱に怒る美延だったが、天使がその手に持つ金槌を振るうと、またしても大量の武器が現れ、それらが無差別に降り注ぐ。

 仕返ししてやりたいが、今は防戦一方。ところが――――



「おらぁっ、やっと出てきやがったか大将首!! しねぇっ!!」

「!」


 女性の大声とともに天使の背中に強い衝撃が走る。

 何事かと振り向けば、斧を構えて奇麗な着地を決める金髪の鎧女が狂気の笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「かぁっ、背中に直撃してそれか! 『神性介入』だかなんだか知らねぇが、相変わらず理不尽だな!『創造の天使 ナタニエル』!」

「狂戦士リヒテナウアー……あなたがいるということは」

「あいにく今回は「」は無関係だ。今戦ってるのは私の勝手だ」


 どうやらこの二人は面識があるようで、リヒテナウアーが言うには、この天使の名は「ナタニエル」というのだとか。

 大将格が現れたことで、リヒテナウアーはすぐに転移でナタニエルの背後を取り、大斧ブレッケツァーンの破壊突撃を直撃させたのだが、そこそこのダメージは与えたものの致命傷には程遠い。


「まあいいわ、邪魔をするというのならあなたから消してあげる。あなたを一発で消し飛ばせる武器なんてすぐに作れるのだから」

「創っても当たらなきゃ意味ねぇんだよ!」


 ナタニエルはすぐに、「対不死者特効」や「魂への直接攻撃」の効果がある神器をあっという間に量産すると、それをリヒテナウアーに向けて雑に放ってくる。

 リヒテナウアーは手に持っている斧でさばいていくが、かすっただけでも肉体の一部が持っていかれる攻撃を前に、さすがの彼女も苦戦気味だった。

 するとそこに、前線から引き返してきたミノアたちが応援に駆け付けた。


「リヒテナウアーさん、ずるいよ! 一人だけ獲物を独り占めなんて!」

「うるせぇ竜人!! こいつはあたしの手柄だ、欲しければ力づくで奪ってみろ!」

「竜人まで来たのね。はぁ、なんでこんなに面倒なものばかりなのかしら。とっとと消えてほしいわ」


 ナタニエルは若干面倒そうな顔をするが、やることは変わらない。

 生成する神器に竜特効が付与されるものを混ぜるだけだ。

 しかし、これは意外にも悪手であり、リヒテナウアーもミノアたちも脅威になる武器が半々になるので、よけやすくなってしまうのだ。


 そんな中、竜人やリヒテナウアーたちが天使の攻撃を引き付けている間、美延たちは体勢を立て直していた。


「あの天使……強いけど、どうも戦闘のセンスはいまいちのようね。おそらく格下相手としか戦っていないからなんでしょうけど、今はとても助かるわ」


 美延たちから見れば、ナタニエルは意外と戦闘中の視野が狭く、標的を絞り切れずにただ延々と得意技でごり押しすることしかできていないように見受けられる。

 が、それでもその圧倒的なスペックで押し切ってしまうのだから、脅威であることには変わりない。


 だが、その一歩で美延は術式測定機器で妙な計測値を得ていることに気が付いた。


「空に高濃度の術力の集合体? …………まさかとは思うけど」


 過去の膨大な戦闘データを知っている美延は、偶然にもナタニエルがとんでもない攻撃の準備をしていることをつかんだ。

 そして、その結果何が起こるかについても――――――


「全員、今から天使の群れに突っ込むわよ! 理由は後で説明するわ!」


 美延たちは傷を負いながらも、あえて天使たちの大群にもまれるように突っ込んでいった。

 そのすぐ後だった…………


「なかなかしぶといわねこの天使! あたしの武器がなかなか通らないわ」

「構うもんか、その方がたくさん殴れていいだろ!」


 多数の武器をかいくぐりつつ攻撃を繰り返すリヒテナウアーとミノアたちだったが、途中でナタニエルの攻撃が止まる。


「やれやれ、あなたたちにこれを使うことになるとは思ってなかったわ」


『ミノアさん、すぐに逃げて! すぐに特大の範囲攻撃が来るから!』 

「え、それって!?」

『とにかく、すぐに私たちのところに!』


 術式通信ですぐに退避するよう美延から通達があった。

 その間にも、上空の厚い雲が動き出し、わずかな光が漏れだした。


(まさか!!)


 ミノアはすぐに美延たちがいる、天使たちの群れのど真ん中めがけて突っ込んでいった。なお、リヒテナウアーは聞いているのいないのか、そのままナタニエルに攻撃を続けている。


「もう遅いわ、消し飛びなさい。『天使の梯子』」


 次の瞬間、厚い雲を割くように術で大幅に増強された太陽光線が上空から一気に降り注いだ。

 赤白い灼熱の光線が地上一帯に降り注ぎ、一時的に地上の表面温度が2000℃を越え、アビスに存在する鉱山施設が猛烈な熱風で破壊されていった。




 すべてを焼き尽くす熱線が収まると、地上は完全に焼け野原で、酸素すら焼き尽くされる過酷な環境になっていた。

 もはやどのような生物でも生存は絶望的かと思われたが……奇跡的に美延やミノアたちは生き残っていた。


「げほっ……げっほ、何とか生きている……ぐっ」

「まさか下級天使たちの性質を利用して威力を和らげるなんて! でもこのままじゃ……」


 美延はとっさの判断で大技が来ることを察知すると、下級天使たちが攻撃の威力を吸収する性質を利用してあえて敵の群れの中に飛び込み、さらには防御の重ね掛けと、正義大佐の防御技も組み合わせて、ぎりぎり生存可能な威力にまで落としたのだった。

 このため、あれだけたくさんいた天使たちは、ナタニエルの攻撃で一掃されてしまった。


 しかし、依然として危機的な状態であることには変わりない。

 まず、リヒテナウアーの姿がない。防御を全くしていないせいで、どこかに消し飛んでしまったのかもしれないが、詳細は不明である。

 あと、美延たち退魔士たちも軽減したとはいえ先ほどの攻撃の傷もあって大幅に消耗してしまい、大半の者が意識を失っている。

 今や動けるのはミノアたち竜人部隊と、攻撃を一身に受けたにもかかわらず盾を構えている正義大佐、そして鉱山を破壊された怒りで耐久力が跳ね上がっているフレデリカだけだ。


 このままではすぐに押し切られてしまう――――それでもあきらめず、空に浮かぶ天使をにらみつけるミノアだったが、ふと遠くから高速で何かが使づいてくるのを感じた。


『幾瀬少将っっ!! 俺たちの為に大将を残しといてくれてありがとよ!!』

『敵を発見! ミラクル・アンチマギアキャノン、撃てーーーーーーーっ!!』


「!!」


 生き残りにとどめを刺そうと油断していたナタニエルに、強烈なタキオンビームが直撃すると同時に、高速で飛来する漆黒の船からいくつもの人影が射出された。

 いくら「神性介入」でダメージを減らせるナタニエルと言えども、宇宙戦艦をも一撃で破壊するビームが直撃すれば無事では済まない。


「ぐ……なんだこれは」


 人間ごときが自分に大打撃を与えることを信じられないナタニエルは、アビスの断崖前壁にクレーターを作って、自慢の服もボロボロになってしまっていた。

 すぐに自分の身体を回復する神器を作ろうとしたところ、禿頭の筋骨隆々の男が勢いよく飛んできて、ナタニエルめがけて射杭砲パイルバンカーを構えていた。


「ヒャッハー! その奇麗な顔面を吹っ飛ばしてやるぜ!!」


 着地した瞬間、ドゴンと音を立てて鉄杭がゼロ距離で射出されると、同じく天兵団のメンバーが俺も俺もと容赦なく射杭砲をぶち込んでいった。



(まずい……このままでは)

(ナタニエル、ここまでです。撤退しなさい)

(この声は――――スィーリエ様っ!)


 このままではやられてしまう、と言ったところでナタニエルはスィーリエの力で強制的に転移させられ、その場から消えた。


「よっしゃぁ!! とどめはこのアンチマギア様のスペシャルパンチで――――え?」


 そして、天兵団たちに続いて射出されてきたアンチマギアが、地獄の修行で培ったパンチでとどめを刺そうとしたところで相手が跡形もなく消えてしまい、彼女のこぶしは見事に硬い岩盤にめり込み、悶絶する羽目になった。


 ともあれ、ギリギリのところで美延やミノアたちは援軍に救われたのであった。

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