人竜同舟 後編(VSミノア・ドラグエンパシス)

(さてと……奴隷だったみんなが逃げるまでの間、時間稼ぎできればいいんだけど)


 自分の財産である奴隷を勝手に逃がされて怒り心頭のフレデリカを前に、ミノアは配下の軍団たちにあらかじめ防御隊形を指示したていた。

 逃げ出した奴隷たちが確実に助かるようにするためだったが、同時に敵側の状態を見てあることに気が付く。


(もしかして、後ろの人たちはあの悪魔の部下というわけじゃない……? なんだか、どことなくやる気が感じられない)


 ミノアの推測はかなり当たっていた。

 正直なところ、幾瀬美延少将は竜人たちを相手取ることにあまり乗り気ではなかった。


(奴隷とはいえ人の財産を台無しにするのは確かに悪いことなのだけど、正直奴隷労働は非効率的だからある程度で手打ちにしたいのよね。それに、私たちがこの悪魔のために戦ってあげる義理もないし、どうしたものかしらね)


 冷酷な経営者として名高い美延だが、低コストの労働者を使い潰すやり方は不満を生むだけで非効率だと考えている。

 彼女はどちらかと言えば、高めの報酬と引き換えに少数のプロフェッショナルを酷使するやり方を是としている。まあ、そのせいで部下たちにはかなり無茶ぶりをするという悪癖もあるのだが…………


「こら、あなたたち! ぼさっとしてないで私に続け! この不届き者たちに金は命より重いことを叩き込んでやるワ!!!!」

「私たちはあなたの部下になった覚えはないのだけど、まあ仕方ないわ。総員『釣瓶』陣形! 新型弾の雨をお見舞いして――――」

「ちょっと待った!!」

『!!』


 美延が戦闘態勢に移ろうとしたとき、ミノアが大声で叫び、陣形構築を中断させた。


「確かに私たちは奴隷を勝手に逃がしたわ。でも、だからと言って私たちが戦うことはないと思わない?」

「は? いまさら何寝言を言ってんだこのアバズレがっっ!! 謝るなら今すぐに逃がした労働力を連れて戻ってきなさい!!」

「ねぇ、あなたたちも、わかってくれるわよね! あたしはただ、困っている人たちを助けたかっただけなの! ロクな食べ物も、着る物もなくて、痩せてボロボロになった人たちを無理やり働かせるなんて、そんなの間違ってる!」

「あのねぇ……あいつらは借金が返せなかったから、その罰を受けてるの、わかる? 悪魔と交わした契約を破られたら、こちとら一生舐められるんだワ! あいつらはもはや犯罪者も同然、そんな奴らを逃がすなんて、正義が聞いてあきれるんだわさ!」


 必死に訴えかけるミノアに対し、フレデリカは全く矛を収めようとしない。

 自分のものが奪われた上に、それを非難されるのだから怒って当然だ。

 しかし、部外者にとってはそれなりに効果的だったようで……


「まあ、確かに……あの子の言うことも一理あるわね」

「はぁ!? あんた何言ってんの!? あんなわかりやすい口車に騙されるんじゃないワ!!」

「私たちが必要なのは、あくまでこの鉱山で産出される資源なの。いわばお客さんよ。フレデリカさん、あなたはお客さんに強盗退治させるわけ? こっちもそれなりに戦力があるとはいっても、さすがに命を懸ける必要性が見当たらないわ」

「な、なにぃ!?」


 なんと美延たち退魔士たちは、ミノアの言葉の方に理があると判断したのか、相手との戦闘を放棄してしまった。


「あ、あんたたちそれでも軍隊か! なら金ならいくらでも払うから、あいつらをやっつけるんだよっ!」

「それならなおさらお断りね。私たちは傭兵じゃないの。それに、鉱山を再開するのであれば、人員なんて私たちがいくらでもかき集めてあげるわ。だから潔く諦めなさい」

「ぐ、ぐぬぬ……」


 珍しくフレデリカが非常に焦っていた。

 実はミノアは、竜人の王女のカリスマがなせる業か、相手の戦意をそぐ心理的な技を身に着けている。

 もちろんこれは万能ではなく、フレデリカのように明確に殺意を抱いて敵対してくる相手には効果が薄い。しかし、美延たちにとっては「逃げた奴隷を連れ戻す」というだけで10倍近い相手と戦うのは割に合わないことであり、おまけに差し迫った危険もなければ代替手段が用意できるとあっては、戦う意味が非常に薄くなる。


「…………はぁ、もういいワ。あんたらがやる気がないのなら、私一人だけでもこいつらを血祭りにあげてやるんだワ。このエッケザックスも、金に飢えてるからねぇ」

「血に飢えてるんじゃないんだ……でも、やるっていうなら容赦しない! 悪徳奴隷商人は、あたしたちが倒す!」


 こうして、退魔士たちが戦線離脱を始めようとするなか、フレデリカは単騎で竜人500人を相手に剣を構えた。

 金のかかった戦いとあって、フレデリカは急速に殺気を増大させており、先ほどと打って変わってとてつもない強敵が目の前に現れたことで、竜人たちも思わず後ずさりしそうになる。

 それでもミノアは部下たちを鼓舞し、奴隷労働させる極悪悪魔を討伐すべく、武器を構えた――――――


 そんな時、事態は思わぬ方向に転換した。



「た、たすけてくれぇっ! 誰か!」

「敵が……すごい数の天使が攻めてきたぞっ!」

「助けて! 仲間が、死んだ!」


「っ!? いったい何事!?」

「おっと、労働力たちが自分から戻ってきた……ってわけじゃなさそうだワね」


 鉱山の奥の方に逃げていったはずの奴隷たちが、蜘蛛の子を散らすようにわらわらとこちらに向かってきたのである。

 彼らの表情はすさまじい恐怖でぐちゃぐちゃになっており、フレデリカが目の前にいるにもかかわらず、助けを求めて泣き叫んでいた。


「これは…………非常事態に違いないわ。撤退中止、今すぐ彼らの保護を急ぐのよ!」

『応!』


 フレデリカとミノアたちが唖然とする中、美延と退魔士たちはすぐに何かしらの異常事態が発生したことを悟り、すぐに逃げてくる奴隷たちの保護に走った。

 その動きを見てミノアもはっと我に返り、退魔士たちに続いた。


「まさかあの人たちに何かあったの!? みんな、あたしに続け!」


 逃げ惑う奴隷たちの流れに逆らって一同が坑道を進み、やがて奴隷たちが外に逃げるために開けたと思われる穴を目指していると、途中で奴隷たちを片っ端から虐殺している白い服を着た人のような集団が目に入った。

 彼らは一様に嘴が付いた黒い仮面を装着し、背中には背丈の半分ほどある羽をはやして中を浮いている。

 持っている武器は剣や槍、弓と言った旧式のモノばかりだが、一目見ただけでもかなりの数が洞窟に押し寄せてきていた。


『ハレルヤ……ハレルヤ……』


 なにやら聖句のようなものをぶつぶつと呟きながら、天使のような何かたちは逃げ惑う奴隷たちに無慈悲に武器を振り下ろそうとする。


 しかし、逃げ遅れた奴隷に武器が振り下ろされる寸前、天使の武器は巨大な盾に阻まれた。


「ナイスよ正義まさよし! そのまま戦線を押し上げて、バケモノたちを食い止めるのよ!」

「……」


 全身を武者のような黒い鎧で固めた巨漢――旭屋正義大佐は、身の丈を超える、まるで巨大な城門のごとき大きさの鋼鉄の盾を構え、押し寄せてくる天使たちの攻撃を一手に受け止めた。

 軍の中でも、第1天兵団の梶原鐵之助が攻撃特化なのに対し、正義大佐は軍の中で一番の防御特化兵士だ。

 彼が手に持つ巨大な盾は、相手の飛び道具による攻撃の軌道を引き付ける効果があり、近場の敵に対しても防御オーラにより、見た目以上に幅広い範囲の攻撃をはじくことができる。


 こうして正義が全線で盾を構えててじりじりと前進していく間、金の力で調達した新兵器を装備した美延たち退魔士が、後ろから猛火力で敵を排除するのである。


「隊長! 新兵器の攻撃力が想定の数値を下回っております!」

「なんですって? 新型重力弾は敵の結界を丸ごと破壊するというのに、何か不具合が?」

「わかりません……未知の耐性でしょうか」

「銃撃の効果はあるようです。機関銃による支援射撃を行います」

「わかったわ」


 敵性生物はさほど強くなかったが、妙に範囲攻撃の効きがよくない。

 彼らは武器を銃器に切り替え、少しずつ確実に排除していく方針をとることにした。

 その一方で、ミノア率いる竜人軍団も、押し寄せる敵を退治すべく、武器を片手に突撃を開始した。


「みんな、行くわよ! あたしに続け!」

『おーっ!!』


 彼らの武器もまた剣や斧だったが、その威力は段違いであり、おまけに彼らの皮膚は竜の鱗に匹敵するほど強靭であった。

 ミノアたちは恐れることなく武器を振るい、瞬く間に天使たちをやっつけていった。


「やるわね、あなたたち。さっき戦わなくて正解だったわ」

「それはこっちも同じよ! でも、人間は無理しないで、前衛はあたしたちに任せて!」

「おあいにく様。私たち退魔士は、人を守るのが仕事なの。守られるのは仕事のうちに入ってないわ」

「それはあたしたちも同じってことで!」


 双方が協力して戦うことで、天使たちはあっという間に叩き伏せられていき、その数を減らしていった。

 そして戦っているうちに穴の外に到達したとき…………そこにはとんでもない光景が広がっていた。



『ハレルヤ……ハレルヤ……』


「敵襲だ! 敵襲っ!!」

「なんていう数だ! これを止めるなんて無理だ!!」


 「アビス」に天使の大群が押し寄せてきていた。

 その数は何万、何十万になるだろうか、地平の彼方まで白い人影が埋め尽くし、まるで津波のように警備兵たちを呑み込んでいく。

 もはや、ここにいる全員の力をもってしても、止めるのは無謀としか思えなかった。


「通信兵、ヘキサゴンに緊急指令を出しなさい。敵性生物の大群と遭遇、おそらく私たちはここで全滅すると伝えるのよ」

「……承知しました」

「あちゃー、こりゃやばいね。あたしたち、生き残れるかな?」


 先ほどまで敵同士だった人と竜人たちは、危機を前にして自然と手を組んだ。

 そうしなければ……いや、そうしてもなお、圧倒的劣勢の前に死は確実な状況であった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る