我は最強たらんもの 2(VS 絶望のデセプティア)

「あかぎ、すぐにその男をホテルに運べ。そしてその足で応援を呼ぶのじゃ」

「わ、わかったよおじいちゃん!」

「かあちゃんはワシの援護を頼む」

「本気で挑むつもりね、わかったわ」


 玄公斎はあかぎに、深手を負ったブレンダンを退避させると、自らはすぐに抜刀してデセプティアに切りかかる。

 同時に、デセプティアもまたその場から前進し、あっという間に切り合いへと持ち込んだ。


「はっ、二対一か! いいぜぇ、これで勝ってこそ最強ってもんだ!」

「おぬしはずいぶんと「最強」にこだわるのう」

「当たり前だ! オレは最強になるために生まれ、最強になるために生きてきた! そしてこれからも最強でいるために、オレは戦い続けんだ!」

「ほう……そのようなつまらぬことの為に、これほどの虐殺を行ったわけか。いずれにせよ、生かしてはおけぬ」


 淡々としゃべっているように見えるが、玄公斎は激怒している。

 この場で殺された人々の大半はすでに顔見知りだっただけに、己の名誉の為だけに殺したとあれば許せるわけがない。


 青く透き通る太刀と斧槍が激しくぶつかり合い、甲高い金属音を響かせる。

 お互いに最初から全力ではあるが、徐々にお互いの力量が読めてくる。


(なるほど、強いな。その上推測通り、魔の者か何かによる強化が乗っておる。これは一筋縄ではいかんぞ)

(所詮ジジイか、この程度ならオレ様でも余裕で勝てる!)


 おそらく玄公斎はまだ本調子ではないのだろう。

 数十年戦いから遠のいていたブランクは大きく、ひ孫とほぼ同じ歳の少女相手に若干押され気味であった。

 とはいえ、デセプティアの斧槍は一向に玄公斎に届く気配がない。

 キレのある刀さばきが、まるで不壊の盾のように切っ先を押しとどめているのである。


(能力はある。じゃが、振るい方が達人の域に達しておらぬな。武器の動きに惑いが生じているのが手に取るようにわかってしまう)

(んだよこのジジイ……武器が変な方向きやがる! 戦いづれぇっ!)


 デセプティアは先ほどまで余裕と思っていたが、すぐにそのような余裕がなくなった。

 彼女の大ぶりな攻撃は、衝撃波となってあたりに散らばり、床や壁を切り裂くのだが、肝心の目の前の相手にはちっとも響かない。

 このような相手は生まれて初めてだった。


「ほれ、どうした。最強というのは口だけか?」

「言ってくれんじゃねぇか! 俺こそが最強なんだぁぁっ!!」


 デセプティアが怒号とともに斧槍を頭上で振り回すと、瞬く間に暴力的な旋風が巻き起こり、あたり一面を薙ぎ払う。

 これがもし戦場であれば、敵兵が100人単位で消し飛んでいただろうと思われる死の風車は、集会所の天井を破壊し、あたり一面にがれきをまき散らすが、それでもなお玄公斎の太刀はそれらをすべて切り払う。


 先ほどまで弱いと感じていた玄公斎が、短時間のうちにみるみる強くなっていくのをデセプティアは打ち合うごとに実感し、さらなる焦りが身をむしばむ。

 これは、そもそも玄公斎はスロースターターではあるが、一度闘争心に火が付くとどんどん身体能力が上がっていく上に、環の「天の恩寵」の効果により、さらなる強化が上乗せされていく。

 その結果、戦い始めてから3分ほどして、とうとう玄公斎の持つ「天涙」の見えない刃がデセプティアに届いたのだった。


「ってぇ……! やるじゃねぇか、ジジイ! 見くびってたぜ!」


 右肩に一撃を受けたデセプティアだったが、致命傷には至っていない。

 彼女を倒すのであれば、あと数百回は切り刻む必要があるだろう。

 しかしながら、玄公斎の太刀筋は時がたつにつれて鋭さを増しており、今後はもっと威力の高い一撃がもたらされるだろう。


 その上、時間もまた玄公斎の味方であり、あかぎが本拠地のホテルに到着してしまえば、すぐに強力な援軍が駆け付けてくる。

 試合形式ならまだしも、この戦いはれっきとした犯罪者への対応になるため、一対複数になっても文句は言えないのである。

 玄公斎が防御重視で戦っているのは、そういった理由もあるからだった。


 と、ここで何を思ったのか、デセプティアは急に玄公斎への攻撃を止め、その場から数歩下がった。


「おいジジイ、最強ってのは戦いに勝ったやつのことだ! それに間違いはねぇよな!」

「何? この期に及んで何を言うかと思えば、それは当然、勝たねば最強は名乗れぬじゃろうな」

「そうだよなぁ! てこたぁ戦いに勝った方が勝者で、つまり最強ってことだ! わかるか?」

「おぬしはいったい何をいうておるのじゃ……」


 哲学的なのか頭が悪いのかよくわからない持論を述べるデセプティアに玄公斎はやや呆れるが、同時に彼女の動きから迷いがなくなったのを感じた。

 おそらく、デセプティアの中で何らかの勝ち筋が見え、吹っ切れたのだろう。

 そうなれば今まで以上の攻撃を受け止める必要がある――――そう考え始めた直後、デセプティアは驚きの行動に出た。


「つーことでオレ様は逃げる! あばよ!!」

「なんじゃと!?」


 デセプティアが選んだ行動は、まさかの「全力逃走」であった。

 あまりにも予想外な行動に玄公斎も一瞬ついていけず、その隙に彼女は2階への階段を猛スピードで駆け上がっていった。


 米津夫妻も不意打ちを警戒しながら素早く2階へと追っていったが、階段を登り切った時には窓ガラスが割れる音ともに、廊下の一番奥の窓からデセプティアが地上に飛び降りるのが見えた。


「アッハハハハ!! こんなこともあろうかと、最強のオレはあらかじめ最強の脱出方法を用意しておいた!! ざまぁ見ろクソジジイ! 最強の犯罪者デセプティア様はクールに去るぜ!」


 ウオンウオンと唸るエンジン音。

 ごついヘッドライトに思い切り前に飛び出た大きな前輪、そしてバカでかいマフラー。

 どこからか調達した「モヒカン」御用達のバイクにデセプティアがまたがり、そのまま甲高いエンジン音を響かせながら逃げて行ってしまう。


「ぬぅ、そう来たか。奴にとっては、逃げ切りもまた勝利の条件の一つなのじゃな」

「どうします、おじいさん?」

「追うしかないじゃろう。仕方がない、この歳になってあまりやりたくはないが、久々にアレをやろう」

「ええ、それしかないわね」


 果たして、米津夫妻はバイクで猛進逃走するデセプティアを追うことができるのだろうか?

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