我は最強たらんもの 1(VS 絶望のデセプティア)

 エリア1にある集会所の裏手には、犯罪者を拘留するための牢屋がある。


 いくつかある牢屋は半分ほど埋まっており、そのほとんどが喧嘩や盗みといった軽い罪を犯した犯罪者たちだったが、一番奥にある厳重な牢屋には数少ない重犯罪者がとらえられている。

 それは……以前米津夫妻がエリア1に向かう船に乗っていた際に、あかぎに対して因縁をつけた末に冒険者たちによってボコボコにされた「ドメス兄弟」3人だった。


 お縄になった際の罪状は単なる騒乱罪だが、元々彼らはハンターの殺害や強盗、その他諸々の罪を重ねて指名手配中だったため、裁判所により死刑判決が確定してしまう。

 彼らは数日後にセントラルの町に護送されることになり、そこで公開処刑が行われる手はずとなっている。

 牢屋に閉じ込められているのは、護送中に彼らが暴れだして脱走されないために、ぎりぎりまで弱らせているからだった。

 現に、船の上で周囲を威圧していた恐怖の姿はどこにいったのか、スキンヘッドの巨漢3人は見違えるほどにやせ細り、もはや別人のように牢屋の中で死刑の日が近づくことにおびえていた。


 ところがこの日、彼らの運命を一変させる出来事が起きた。


「侵入者だ! 牢獄やぶりだ!!」

「囚人を脱獄させるな、守りを固め――ぐわぁっ!」


「な、なんだなんだ!?」


 囚人たちを監視していた兵士たちが、何者かによって襲撃され、あっという間に血の海に沈められた。

 残虐な血飛沫がドメス兄弟の牢獄にまで飛び、彼らを怯えさせたが、その直後に彼らをとらえていた牢獄の扉が拉げ、無理やりこじ開けられた。


「おうテメェらが噂の死刑囚か。けっ、随分としけた面してんな、そんなんじゃ赤ん坊も殺せねぇんじゃねぇの?」


 彼らの前に現れたのは、後頭部に大きなリボンをつけた金髪の少女だった。

 革の鎧にミニスカートという、とても若い冒険者のような出で立ちだが、その金色の双眸はある種の狂気を満載しており、荒くれとして名を馳せたドメス兄弟たちですら震え上がるほどだった。


「ま、んなこたぁどうだっていい。お前ら、この牢屋から逃げろ」

「へ……お、俺たちを逃がしてくれるのか!?」

「ただし条件がある。オレはこれから最強になるための用事があってなぁ、しばらく時間がかかるかもしんねぇが、終わったらテメェらを最強の全速力で追いかける!! それまでにこのエリアから出れたら見逃してやっけど、もし追いついたら…………テメェらをぶっ殺す!!」

「「「ひ、ひええぇぇぇ!!??」」」


 やせ細ったドメス兄弟たちは、恐怖のあまり小便を漏らしながら、一目散にその場から逃げ出していった。


「アッハハハハ! これで牢破りも追加だ! さぁて、あといくつ罪を積み上げればオレ様は最強の犯罪者になれるかなぁ! ハッハッハ、さぞかし最強の追手が来るんだろうな!」


 少女は狂ったような笑みを浮かべながら、血で真っ赤に染まった斧槍ハルベルトを片手に隣の建物へと歩いて行った。



 ×××



 先日、金色竜ヴェリテから「暗黒竜」の存在を知らされた米津玄公斎は、この日は環とあかぎを伴ってエリア1の集会所に向かっていた。

 彼らは訳あって、近いうちにエリア2「ガトランド平原」へと向かうことになったのだが、その前にやっておくことがあった。


「まずは情報収集からじゃな。あの地に実際に行ったことのあるハンターなら大勢おるじゃろう」

「黒抗兵軍の候補となりうる人も探してみましょう。あのブレンダンさんなんかは、案外頼りになるかもしれないわ」

「エリア2かぁ。どんなところなんだろう」


 移動用の巨大羊の背に揺られながら、3人がゆっくり道を進んでいると、何やら先の方で騒ぎが起きているのが見えた。

 一体何事かと、この中で一番視力がいい環が見て見れば、どこかで見たことがある囚人服姿のスキンヘッド3人が、こちらに向かって走ってきているではないか。


「おじいさん、見てごらんなさい。この前逮捕してもらった3人組がいるわ」

「どれどれ、なるほど。奴らめ、自警団に追われておるな。脱走でもしたか」

「えー、あの男たち逃げ出したのー? じゃあ、今度こそあたしが倒さなきゃ!」

「そうか。なるべく生け捕るのじゃぞ」


 いうが早いか、あかぎはさっさと羊の背から飛び降りて、何も知らずにこちらに向かってくるドメス兄弟に向かって、刀を構えながら走っていった。

 玄公斎は止めなかった。

 あかぎは、すでに彼らを凌駕するほど成長していると判断したからだ。

 ただし、出来れば生け捕りにして、きちんと法の裁きを受けさせたいところだ。


「ど、どけぇっ! どいてくれぇっ!」

「ぜぇっ、ぜぇっ……逃げないと、殺されるっ!!」

「ひぃっ……ひぃっ、ふぅっ……ふぅっ!」


(あれ、何か変だなぁ?)


 向かってきた3人がかなり窶れているのもあるが、何よりその必死の形相は、まるで別の恐怖から逃れようとしているかのようだ。

 しかし、後ろからは自警団が追いかけてきており、時折「誰か捕まえてくれ」と叫んでいることから、相手にすることに躊躇はいらない。


「切り捨てごめーん!!」

「「「ウボアー!?」」」


 あかぎは、すれ違いざまに連続で首筋に峰打ちを叩き込んだ。

 切り捨て御免と叫んではいるが、あくまで雰囲気であって、実際には打撃しか加えていない。

 以前はあれほどまで圧倒的だったドメス兄弟は、今やあかぎの一撃だけで次々に地面に叩き伏せられてしまった。


「おー、大食いの嬢ちゃん! さすがっ、やるじゃない!」

「どうやったか知らんが、こいつら白昼堂々と牢屋から脱走してきたみたいなんだ」

「えへへ~、なんだかもう全然怖くなくなったから。でも、脱走したにしては、堂々とし過ぎじゃない? 後先考えてなすぎるっていうか」


 後ろからついてきた米津夫妻も加わって、自警団たちと共に脱走した3人を縛り上げていると、集会所の方からものすごい勢いで走ってくる男がいた。


「た、大変だ! 大変だ大変だ! 集会所にとんでもなく強い殺人鬼が現れたぞー! このままじゃ全員殺されちまう!!」

「む、なんじゃ、殺人鬼じゃと?」

「おじいさん、どうやら急いだほうがよさそうね」

「あたしも行くっ!」


 ドメス兄弟のことは自警団たちに任せると、彼らは羊を急がせて集会所に向かった。そして、そこで見たのは………


「これは酷いな」

「ひぃっ!? や、やだ……血の海!? なんで、こんなことに!?」

「どなたかまだ息があればいいのだけど」


 ハンターたちでにぎわっていた集会所は、一面血の海と化し、あちらこちらに無残に人体が雑に散らばっている。

 あのミナレットスカイで見た騎士たちの戦死体よりも、はるかにひどい光景が広がっていた。

 一応、応戦した形跡はあったが、壁や机、掲示板などは見事に傷だらけで、ここで暴れた殺人鬼は、かなり乱暴な戦闘を繰り広げたことがわかる。


 人々の大半は確実に死んでいるとわかるほど損傷が激しかったが、それでも環は懸命に生存者を探した。

 すると、運がいいことにまだ息のある人間を見つけた。しかも、何の偶然か、生きていたのは青銅色の鎧を着た戦士――ブレンダンだった。


「ブレンダンさん、まだ息があるわね。大丈夫?」

「ぐ……タマキ婆さんか。はは、俺も悪運が強くてな……死んだふりをして生き延びたっ! ゴホッゴホッ!」

「無理にしゃべることはない。今手当てをする」


 どうやら彼は、一撃貰った際にやられたふりをして難を逃れたようだが、それでも右肩から斜め下に鎧ごと袈裟斬りにされており、すぐに手当てをしなければ命に係わるだろう。

 米津夫妻はインベントリから回復の薬と包帯を取りだすと、手早く応急措置を行い、何とか出血を食い止めることができた。

 その間、あかぎはどこから敵が来てもいいようにしっかり周囲をうかがっていたのだが、彼女はすぐに2階に向かう階段の方から何者かの気配を察した。


「おじいちゃん、おばあちゃん! あそこ、敵っ!」

「そうか、向こうもワシらのことを察知したか」

「あれは……女の子。しかし、随分と…………」

「久しぶりじゃな、魔の物の眷属と化した人間を見るのは」


 果たして、先ほど牢屋からドメス兄弟たちを逃がした謎のリボン付き少女が、ゆらりと階段を降りて、その姿を現した。


「ようやく来たかよぉ…………ただ殺されるだけじゃない、正真正銘、俺の最強ロードにふさわしい相手がなぁ!!! なるほど、見た目はジジイとババアだが、いい感じに強そうじゃねぇか!」

「やはりおぬしか。この者たちを殺めた殺人鬼は」

 「ああ、そうとも! オレこそが、絶望にして最強、デセプティア様よ! このオレ様の前に立ったからには…………あの世へ行ってもらうぜ、ジジイ!!」


 そう言ってデセプティアはカッと目を見開くと、鮮血滴る斧槍の切っ先を米津たちに向けた。

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