多重次元異世界説
「どうじゃ、昨日はよく眠れたか?」
「ええ、おかげさまで……」
ホテルに戻ってきた翌日、米津夫婦は改めて夕陽少年を応接間に呼び出していた。
しかも、部屋には米津だけでなく雪都と要が昨日の様なホテルスタッフの格好ではなく、きちんとした軍の制服に身を包んでいるものだから、あまりの物々しさに思わずたじろいてしまう。
(この爺さん、軍人だったのかよ…………おまけに元帥って、歴史の授業でしか聞いたことねぇし。けど、米津元帥って聞くと、あのミュージシャンを思い出すな)
とはいえ、流石は数々の死線を潜ってきただけあって、夕陽は必要以上にビビることはなかったし、相手に敵対心がないと分かれば物怖じなどすることはない。
(歳の割にしっかりしておるな。ワシがこの子と同じくらいの時に、せめてこの半分は胆力があればな)
年の割に度胸が据わっている少年を見て、玄公斎は少々羨ましく思ったが、逆にそれだけの苦労を重ねている証でもあるため、単純に羨むのもはばかられる。
「さて、すでにワシが何を聞きたいのか、そなたもわかっているかと思うが」
「はい……俺たちと米津さんたちが、違う『日本』から来た、ってことですね。正直なところ、俺もいまだに信じられなくて…………」
「昨日ちらっと聞いたのだけれど、夕陽君の世界では魔の物……いえ、妖怪と人が共存しているのでしょう?」
「共存しているわけじゃないんです。俺たちの世界では、いまだに細々と人間と人外の衝突は続いていますし、俺や親の様な退魔師は、時々戦ったりします」
「…………(同意)」
確かに、夕陽の世界においてはある意味で人と人外は共存していると言えるが、それはお互いの生息域に境界を設けて、なるべくお互いに関わらない様に生きているだけのこと。
そして、どちらかが相手の領域に不用意に踏み込めば争いとなる。
夕陽と相棒である幸のように、真の意味での共存をしているのは珍しいことなのである。
「で、米津さんたちの世界でも、妖怪や魔物とかがいるんでしたっけ。爺さんたちも退魔師をしているって」
「正確には、いた……と言う方が正しな」
「えっと、それってまさか」
「我らの世界では、数年前に「魔の物」と呼ばれる人外は根絶やしにされた。一部、人間になることを選んだ種族以外は、例外なく」
「……っ」
夕陽と幸は、同時にゴクリと息をのんだ。
確かに、彼らの知人にも人外を根絶やしにしようとする過激派の退魔師は存在するが、それはどちらかと言えば例外であり、むしろ絶滅戦争などしようものなら人間世界にも悪影響が出かねないと考えられている。
だが、米津の世界の人外たちが根絶やしになってしまったのにもきちんとした理由がある。
「夕陽君。君の世界の日本がたどった歴史、簡単にでいいから教えてほしいのだけれど」
「簡単にでよければ」
夕陽は「こんなことになるんだったら、もう少し歴史の授業を真面目に受けておくべきだったか」と心の中で思ったが、とりあえず誰でも知っているような大まかな歴史の流れについて淡々と語った。
結局、夕陽の世界で歴史を作ってきたのは主に人間であり、人外のせいで歴史が動いたということはほとんどないし、あったとしてもそれは伝説として語られているに過ぎない。
あらゆる現象が科学で解決される現代になると、人外の存在を信じている人間もかなり少なくなっている。
その一方で、米津たちの世界はと言うと…………
「なるほど、だいぶ歴史が異なるようじゃな。少なくとも、ワシらの世界では人類同士で世界規模の戦いが起こったことはない。あったのは、魔の物と人類の存亡をかけた絶滅戦争じゃった」
夕陽たちの世界と違うのは、人外たちが堂々と世の中に蔓延り、表立って人類と敵対していることだった。
伝説上の存在と言われる妖怪も、鬼も、竜も、ヴァンパイアも、果ては神に至るまで、全て実在して人間たちに認知されていた。
が、逆にそれが仇となり、明確な人類の敵と認識された魔の物たちは、元来の能力の高さと寿命の長さ故、科学文明を拒絶し、ついには滅ぼされてしまったのだ。
「そのようなわけで、ワシらは人類の黎明期から戦ってきた仇敵を滅ぼしたわけじゃが、狩るものがなくなってきたワシらはほぼ用済みでな」
「私たちは、自らの存在意義を模索しているという訳です」
「なるほど……」
「……」
話を聞いていた夕陽と幸は、頷きながらも妙に納得しがたい感覚を覚えた。
自分たちの世界の人外たちとの関係は良いとは到底言い難いが、それでも喧嘩友達程度で済んでる分マシなのかもしれないと思えるほどだった。
「それで、ここからが本題なのだけど」
二人の前に環がチーズケーキをさらに切って出し、お茶を注ぐ。
「私たちと夕陽君たちの世界は、確かに歩んだ歴史が結構違うのだけれど、それでもかなりの類似点が見られるのが興味深いわね」
「あ、確かに。今の俺たちの世界と、そっちの世界も、文明の発展は全然変わってないような…………」
二つの世界はその性質こそ大きく違うが、すり合わせてみれば人類が文明を進化させてきたタイミングはほぼ完全に一致していた。
そして何よりも、現代に残っている国のほとんどは、日本をはじめアメリカ、ドイツ、中国、インド、ロシアなどなど…………国名も版図も大きな違いはない。
これを偶然と一笑に付すのは難しい。
「ここから少し難しい話になるが、近年我々の世界で提唱されている「多重次元異世界説」というのがあってな」
「多重次元異世界説…………?」
「夕陽君はまだ高校生だから、大学の論文とかあまりイメージがわかないでしょうけれど、外国の大学では今、違う次元の地球……つまり異世界の研究が提唱されているの」
米津たちの話す「多重次元異世界説」とは、「どこかに元となる世界次元があり、その周りをいくつもの世界次元が取り巻いている」というもので、自分たちの世界はいずれかの次元の流れに沿って進んでいるというものだった。
「乱暴に言えば、私たちが今暮らす世界は「本流」と呼ばれる世界を真似ているに過ぎない……というものなのだけど、夕陽君の話は学説の裏付けになりそうなの」
「じゃあ、俺たちの生きている世界は偽物だと!?」
「そこまでは言っておらん。現に、我らはこうして生きている。しかし、これからわれらが歩む世界が、何らかの力であらかじめ決まっているのだとしたら、愉快な話ではないな」
とはいえ、夕陽にもいろいろと思い至る節がなかったわけではない。
特に、一連の「カンパニー」が絡んだ異世界の興亡は、世界とはかくも脆いものなのだろうかと感じるには十分だった。
「けれども、学者たちはこうも言っていたわ。次元が下るほど、他の世界と接しやすい――――つまり、異世界との接触は容易である……と。もしかしたら、私たちの世界は手が届かないだけで、お互いそう遠くない場所にあるのかもしれないわね」
「現にワシらは、こうして違う世界で生きて戦っておる。となれば、この先我らは違う次元とも交流し、場合によっては戦わねばならぬのかもしれんな」
「俺は……異世界なんて慣れっこだと思ってましたけど、言われてみれば色々と共通したことも多かったし、何なら俺は今爺さんたちと会話もできてる。これは当たり前のことだけど、本当は当たり前じゃない…………」
色々考えることが多すぎて、夕陽は少々頭が痛くなってくるのを感じた。
育て親である日向日和も、頻繁に異世界を行き来する術を使っているが、それを理論的に説明することができる人間がどれほどいるのだろうか。
それに、もし夕陽の世界で米津たちのような国の人間が異世界の存在を知ったら、何を思うだろうか。
一介の高校生でしかない夕陽にとって、なかなか難しい命題であった。
「ふっ、まあよい。今はそこまで難しく考えずとも、もしかしたらワシらの世界とそなたらの世界は行き来できるかもしれんし、ほかにもまだまだ違った形の日本もあるやもしれん。そう思うと、ワクワクせんか?」
「いや、俺はあんまり……」
「それはちと残念じゃな。男の子なら、違う世界への冒険と聞いてロマンを感じずにはおれんと思うのじゃがなぁ」
「それは元帥だけでは?」
雪都の言う通り、この米津元帥が単純に年甲斐もなく好奇心旺盛なだけだ。
「いやはや、色々話を聞かせてもらって随分とためになった。長々と大人どもの都合に付き合わせて悪かったのう」
「宿代の代わりですから、これくらい平気ですよ。けど、もう俺は要なしですか?」
「なに、あまり時間をもらうのも悪いと思うてな。タイミング的にも、そろそろタイムリミットじゃろうし」
「?」
ふと時計を見れば、あと数分で正午になりそうだった。
すると、扉の奥でバタバタと足音がこちらに向かってくるのが聴こえた。
「みなさーん! お昼ができたって料理長が言ってました!」
「もう、ユーってばまだおしゃべりしてたの? 午後は絶対にティカと遊んでよねっ!」
「そうだぞ! このエヴレナ様が一緒に遊んであげるんだから、コーエーに思えー!」
「ちょっとちょっと皆さん……あんまりお仕事の邪魔しちゃだめですって」
午前中ずっとホテルで遊んでいたあかぎと人外の女の子たちが、そろって応接室に顔を出したのだった。
「ふふっ、モテる男の子はつらいわね。午後はちゃんと遊んであげなさい♪」
「俺は保護者じゃねぇんだけどな……」
こうして「夕陽君から異世界の話を聞く会」は終わりを告げたが、残った大人たちは昼食もそこそこに、午前中の話を踏まえて再び話し合いに没頭するのだった。
果たして、彼らはまだまだ違う世界の「日本」と出会う日が来るのだろうか?
※夕陽君たちの世界は、完全に南木の推測でしかないので、間違ってるところがあれば遠慮なくいってください。
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