我は最強たらんもの 3(VS 絶望のデセプティア)
「本来これは、人を雇って行うもの、無料どころかギャラを払わなければならない事柄、ですが内部の規定によりテストの中立性を保持するため、テストするものはボランティア限定なのです」
「ただ条件一つ、とびきりキツイのを用意しろ。クリアできるのは、逃げ切れるのは紛れもなく最強だと言われるようなのを、な」
「警察組織の上層部とは既に話をつけてあります。滅多にない重大犯罪の実戦訓練、難易度高い代わりに失敗しても大丈夫な事件として認識されています。ですがそれは上だけ、末端や賞金稼ぎたちは本当の犯罪者だと思って、本気で追いかけてきます。そのために仮の犯罪容疑が必要なのです。なんだかわからないけど捕まえろ、では本気出しませんから。最大限となりますと、一つ二つではなく複数犯、重ね合わせて前代未聞の大悪党に仕上げれば、過去前例のない大捜索網が迫ってきます。逃げ切れれば、伝説として最強に花が添えられるかと」
「ハハ! これで俺も女神暗殺犯の仲間入りだな」
そんなやり取りがあったのがつい数日前。
デセプティアが手に入れた「最強になるためのお仕事」が、ついに日の目を見る時がやってきた。
やることは簡単(?)。
冒険者の集まる集会所と、それに付随する警官の詰め所を襲撃するだけ。
国家と契約しているハンターを大量虐殺するだけでなく、死刑囚を脱走させたデセプティアは、今や前代未聞の凶悪指名手配犯となった。
もちろんこんなやつを野放しにはできないということで、瞬く間に追手や正義の味方が押し寄せてくるだろう。
最強の名をかけたリアル鬼ごっこの開幕だ。
「ヒャッハー! どけどけどけぇぇぇ!! 最強の凶悪犯デセプティア様がお通りだーーっ!!!」
世紀末感あふれる大型バイクで大通りを驀進するデセプティア。
もはや隠す気が微塵もない堂々たる逃走ぶりで、大排気量のマフラーがエリア全体に響かんばかりの大音量で吼える。
デセプティアは免許取得どころかバイクを運転するのは生涯初めてにもかかわらず、その操縦能力は見事なもので、まっすぐ走るのが難しい割には曲がりにくいというじゃじゃ馬バイクも持ち前の最強フィジカルで乗りこなしていた。
「……って、あのジジイを置き去りにしたなぁいいが、オレの逃げが最強すぎて誰も追いつけないんじゃないか? ちょっとは速度を落とすか?」
とはいえ、そろそろ追手の一人や二人くらい来ないとつまらないのも確かだ。
せっかくだから、逃走中にも腕のあるハンターと殴り合うのも一興だと考えていると、果たして後ろの方からデセプティアを追ってくる気配がした。
「ほお、このデセプティア様に追いつくたぁ大したもんだ! いったいどこのどいつで…………んんん?」
ちらりとバックミラーを見たデセプティアの表情が、一瞬で驚きに代わる。
なぜならば、彼女の見間違いでなければ、追いかけてくるのは集会所で置き去りにした老人だったからだ。しかも、乗り物にも乗らず自分の脚で――――
「うおおぉぉぉぉ! 待たんか、たわけがぁぁぁぁ!!」
「な、なにぃぃぃ!?」
時速150km以上でかっ飛ばすバイクに対し、なんと走って追いついてきた玄公斎。
前傾姿勢のまま、脚の残像しか見えないほど早く激しくステップを刻むように走る…………退魔士の間では「現人神走法」と呼ばれる究極の走法である。
(この歳になってまでこの走りをする羽目になろうとは。かあちゃん、もうしばらく頼むぞ)
(ええ、任せて)
全盛期の玄公斎は、この走り方で数多の魔の物を追い詰め屠ってきたのだが、さすがに100歳近い今では自力でこなすことは到底できない。
今こうして往時の強脚が発揮できているのは、ひとえに玄公斎の後ろで背後霊のように半透明になってついてきている環の「同調術」があるからだ。
当然、無理に強化しているので脚への負担は大きく、玄公斎は明日からしばらく筋肉痛で歩けなくなるだろう。
「な、なんだあれは!?」
「暴走族女を爺さんがものすごい勢いで追いかけていくぞ!」
「ターボだ! ターボジジイだ!!」
猛スピードで暴走するバイクを流れるような速さで追いかける老人を見た近隣住民たちは、まるで怪異か妖怪扱いしていたが、当の玄公斎は追うのに必死でそれどころではない。
「ちぃっ! さすがにバイクに乗ってんのに走って追いつかれたっつうのは最強の名が廃るぜ! このまま逃げ切って………くそっ、風がつえぇ!」
デセプティアは必死でエンジンを吹かすが、猛烈な向かい風に阻まれて速度が徐々に下がってきている。
その一方で走ってくる玄公斎は、まるで向かい風などないかのように、あっという間に距離を詰めてくる。
この向かい風はもちろん環の空気を操る術によるもので、玄公斎はうまい具合にバイクの真後ろにつけているおかげで(排気ガスをもろに浴びるものの)抵抗を受けずに走ることができるのである。
「どうじゃ、追いついてやったぞ魔の物め! 潔く観念するがよい!」
「誰が魔物だクソジジイ! 轢き殺してやるっ!」
ついに並走に持ち込んだ玄公斎とデセプティア。
二人は再び武器を構えると、玄公斎は走りながら斬撃を繰り出し、デセプティアもまたバイクのハンドルから手を放し、まるで騎兵のように斧槍をぶん回した。
お互いにこのような戦い方は初めてだったせいか、打ち合うだけでも精いっぱいであるが、このまま走っていれば自分の脚を使っている分玄公斎の疲労が先に限界に達するだろう。
玄公斎もそれがわかっているからか、とにかく運転を妨害することに集中した。
「オラっ! オラオラオラァっ!! さっきまでの威勢はどうしたジジイ! そんなへっぴり腰じゃ、この最強のデセプティア様は止められねぇぞ!」
「ふん、それはどうじゃろうな! そろそろ前を見るがいい」
「前だと……ってうおあああぁぁぁ!!??」
気が付けばそこは下り坂で、石畳の道が続いた先には丁字路と、かつて米津ホテルに嫌がらせの為にアンチマギアを派遣したホテル(営業停止済み)がそびえたっている。
避けようとしたときにはもう遅すぎた。
デセプティアは乗っていたバイクごと、廃墟と化した大型ホテルに頭から突っ込み、建物内の大黒柱に激突して爆発炎上した後、大量のがれきの下敷きになってしまった。
「やれやれ、手間をかけさせおって。廃墟だったからよいものを、これが営業中なら更なる被害が出ておったぞ」
「油断してはだめよおじいさん。確実にとどめを刺さなければ」
「うむ、わかっておる。こういう奴ほどしぶといのは、今まで何度も経験してきたからのう」
明らかに致命傷を与え「やったか!」と思う瞬間こそ、戦場では最も命とりな瞬間となることを米津夫妻はよくわかっている。
環の消耗はやや激しかったが、それでもデセプティアに確実にとどめを刺すべく、がれきの山を浮かそうとした………次の瞬間、廃墟のがれきの山が爆発するようにはじけ飛び―――――
『……もう、いい……全部、オレが倒す………………ミナゴロシだぁっ!!』
「……第2ラウンドか、これはまた厄介じゃな」
「ですが、倒す以外に選択肢はないわ」
破壊された5階建てのホテルとほぼ同じくらいの、巨大な黒い魔獣が立ち上がる。
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