潜在能力

 米津夫妻がホテルを購入してから、早くも3週間が経過した。

 その間やっていたこととしては、おじいさんは川であかぎの修行を見てやり、おばあさんは銀行屋さんを酷使してホテルの再建を行っていた。


「新装開店から3日たったけど、ずいぶんとお客さんが入っているみたいね。よかったわー♪」

「この私が手伝ったからには当然なんだワ……お得意様なことをいいことに、ずいぶんと無理難題言ってくれたワね」

「餅は餅屋……格言に従ったまでよ」


 フレデリカに莫大な利益が得られると煽り立てて、突貫工事でホテルを完成させた環はホクホクの笑顔で、あれもこれもと注文付けられたフレデリカはややげんなりしていた。

 なにしろ、庭園の総取り換えから始まり、内装の一新と設備の改修、食材やアメニティの調達などやることが盛りだくさんだったが、すべてフレデリカが持っている伝手を総動員して行われたほか、「これもトレーニングの一環だ」と称して、力仕事の大半は玄公斎とあかぎ、そして何よりセントラルで待機していた部下二人も召集し、強引に手伝わせたのだった。

 最大の懸念だった従業員の確保も、ほかのホテルで冷遇されていた、いわゆる「もう遅い系人材」を環が積極的にリクルートしたこともあって、あっという間に質の高い人材が集まった。

 彼らには好待遇を約束しており、新天地での膨大な仕事を笑顔でこなしている。


「はぁ……いくらやりたい放題すると言っても、異世界で不動産を買って、商売まで始めるなんて、思いもしませんでした」

「要ちゃん、私の人生はもうそう長くない(※ウソ)から、出来る限り好き放題生きると決めたのよ♪ こんなに素敵なホテルを経営できるなんて、夢みたいじゃない」

「実際に動いてるのは私たちなんですけどね。まあ、奥様がどこからか人材を発掘しては良い感じに働かせているのは、今に始まったことではないんですが」


 要の言う通り、環には「人の潜在能力を見抜く力」が備わっているらしく、ただの平民に過ぎなかった玄公斎を最終的に軍のトップまで大成させたのをはじめ、彼女のお眼鏡にかなった人物は例外なく急成長を遂げているのだから不思議だ。


「でも、最近の一番のお気に入りは、やっぱりあの子……あかぎちゃんかしらねぇ」

「あの子が、ですか…………」

「要ちゃんはあかぎちゃんに何か思うところはある?」

「まだわかりません。やたら料理をたくさん食べることは知っているのですが、そのぶんだけエネルギーを使うということなのでしょうか?」

「私はね、あかぎちゃんはただの人間じゃない気がするのよ」

「では、魔の物か何かだと?」

「いいえ、それも違うわ。ま、あんまり私の勘が当たるのも考え物だけどね」

「奥様はすぐそうやってはぐらかすんですから……」

「ふふふ、女の子はね、秘密の多い生き物なのよ」



 一方その頃、米津玄公斎とフードの少女あかぎは、首都セントラルからはるばるここまで続いている大きな地下水道にいた。

 レンガ造りの地下水道には光が入り込まないため、高原なしでは何も見えず、前後を照らすのはもっぱら米津が持っている「明りが付く杖」だけだった。


「よいか、今日は少し光を弱くしてある。感覚を研ぎ澄まさねば、あっという間にやられてしまうぞ」

「う……うん」


 あかぎは、初めから所持していた身の丈の半分ほどある刀を居合の型で構えるが、彼女の身体は細かく震えている。

 修行とはいえ、まだまだ戦い始めて日が浅いあかぎは、命のやり取りにまだ慣れていないようだ。


 が、そんなあかぎの事情などお構いなしに、玄公斎は近くの肉屋で出た廃棄肉と不要な血液を混ぜたものを、前方に放り投げた。

 すると、暫くもしないうちに水路の奥からペタペタという足音が大量に重なって聞こえてくるではないか。


「よいか、いつもと同じじゃ。敵がワシのところまで到達するか、手助けが入れば失敗じゃぞ」

「……はいっ! ―――――はぁっ!」


 先ほどまでの怯え顔が一変、あかぎは自身でもわからないほどの鋭い眼光と共に、極端な低姿勢から居合一閃――――


『ショオオオオォォォ!?』


 今まさに暗闇から現れた、全身緑の鱗に覆われた小柄な魚人を、その大きく開いた口ごと上下真っ二つに切り裂いた。

 この魚人は「ピラニアン」と呼ばれる、人類なのか魔獣なのか微妙な生物で、この下水道を縄張りにごみを漁って生活している。


 彼らは基本的に憶病な性格であり、表に出ることなくひっそりと生活しているのだが…………彼らは嗅覚が鋭く、しかも常に大規模な集団で行動する習性がある。


『キシャアァァ!』

『モシャアアァァ!』

『プシャアアアァァァ!』


 1体倒した直後に、ピラニアンの大きく開かれた口が数えきれないほど襲い来る。

 だが、あかぎが恐怖を感じた様子もなく、一呼吸吐く間に刀を何度も振るい、魚人たちを片っ端から切り刻むのだった。


「踏み込みが深すぎてもいかん。回避にも意識を配れ」

「は、はいっ!!」


 前のめりになりすぎた体をすぐに翻し、服が汚れるのも構わず後ろに転がって距離を取るあかぎ。彼女がほんのコンマ1秒前にいた場所に、2体のピラニアンが同時に噛み付きにかかり、その結果2体は地獄のようなディープキスを交わして、お互いの身体を文字通り骨と肉まで貪り合った。


 しかし安心してはいられない。

 ピラニアンのお替りは、休むことなくどんどんやってくる。

 50体も倒したころには、さすがのあかぎにも疲労が見え始め、やや回避が遅れた隙に、彼女の肩を牙が掠めた。


「うっ……」


 血飛沫が飛び、ピラニアンたちがさらに興奮と狂気の度合いを高めていく。

 灯りの薄い地下水道の戦いでは、嗅覚や聴覚を頼りに戦うピラニアンたちが圧倒的に有利であり、普段の戦いを視覚に頼っているあかぎには非常に辛い戦いだった。

 それでも彼女は、弱音を吐くことなく戦い続けた。


 ピラニアンの強靭な歯に刃が当たって欠けても

 血糊で切れ味が落ちても

 着ている服が返り血や下水でべたべたに汚れても


 最後の方になると、刀は切れ味のほぼすべてを失い、ひしゃげた棒のようなもので撲殺するくらいになってしまった。

 それでも最後の1体は彼女なりの意地なのか、わずかに刃が残っている刀の先端で牙突を繰り出し、横から両眼玉を貫通して強引に倒したのだった。


「見事じゃ、よくぞすべて倒したな。教えたことができているようで、わしも誇らしいぞ」

「う…………うわぁぁぁん! やっぱり怖かったよおじいちゃぁぁん!! 服が血でべとべとするぅぅぅぅ!」

「おーよしよし、怖いのはあかぎがすべて倒したじゃろうに」

「でもぉぉ……」


(なんとまあ…………戦いになると、あれだけ人が変わったような殺戮機械になるというのに、なぜか戦いが終わるといつもこうなのじゃからな)


 ドロドロに汚れたあかぎを拒むことなく抱きしめて泣き止ませようとする玄公斎だったが、何度見てもこの少女の二面性には不可解なものを感じざるを得なかった。


(こやつは特に自分の身に危機が迫ると、一瞬にして恐怖という感情が薄れ、戦うものとしての感覚が冴えわたる……不思議なものじゃ。人間は訓練しなければ、むしろ逆の感覚を持つはずなのじゃがな)


 初めて少女と出会ったとき、あの船の上でハンター崩れの3人組に絡まれていた時も、あかぎは怯むことなく反抗していたが、無事に危機を乗り越えたと分かった瞬間、彼女は環に泣きついて恐怖に身を震わせていた。

 初めのうちはそんなものかと思っていたが、どうもこの少女は戦いのスイッチが入ると、そこんじょそこらの戦士も裸足で逃げ出す勇敢さを発揮するらしい。


(教えたことの呑み込みも随分と早い。素質がありそうだとはわかっておったが、普通の人間は何度も訓練を繰り返す中でようやく身に着ける動きを、この子は実践を通せば一回で身についてしまう。これほどまでに成長が早い者をワシは見たことがないぞ)


 若い退魔士の中には天才と呼ばれる者が何人もおり、特に部下の雪都が直々に面倒を見ている見習いたちは、大人顔負けの能力を持っているほど立派な成長を遂げていたが……………あかぎの成長速度と学習能力は彼女たちの比ではなかった。


 自分はもしかしたらとんでもないものを育てているのかもしれない……

 玄公斎は心の中にほんの少し不安を抱いていたが、この先どう育つかは自分たちの教え方に掛かっていることをゆっくりと反芻する。


「どれ、そろそろ腹が減ったじゃろう。服を洗って風呂に入ったら、いっぱいメシを食うとよい」

「うん! あたし、もうお腹ペコペコのペコちゃん!」

「かっかっか! まったく、どこでそんな言葉を覚えてきたんじゃ」

「あたしね! ご飯は焼き魚とハンバーグがいい!」

「あれを倒した後で、よくそのようなことが言えるのう」


 こうして、地下水道に跋扈するピラニアンの群れを倒すという仕事をしつつ、あかぎの修行をさせていた米津は、一度ホテルに戻って汚れを落とすことにした。


 もっとも、ピラニアンを倒す仕事の後始末までは彼らの管轄外であったため、一か所で100体近く仕留めたこともあって死体が下水の一か所で詰まり、弱い冒険者たちが最悪の後始末に駆り出されることとなったそうな。



【今回登場したエネミー】鋸刺鮭人

https://kakuyomu.jp/works/16817139557628047889/episodes/16817139557864746286

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