奇貨置くべし

 昼食を食べてしばらく休んだ後、米津たちは改めて仕事完了の報告をするために依頼主のもとに向かった。


「ありがとうございますヨネヅ様!! こんなにあっさり解決していただけるとは!」

「うむ……困っている者を助けるのは、当然のことじゃ……」

「……なにやら少々苦しそうですが、大丈夫でしょうか?」

「心配には及ばん……少し昼飯を食べすぎただけじゃから」


 少々苦しそうな様子を見せる米津夫妻を心配する依頼人だったが、彼らは単純に昼ご飯を、許容量を超えて食べすぎただけであった。


「いやー、おかげさまで営業許可の切れるぎりぎり前にホテルを再開できそうです!」

「うーん……それはどうかしらね? 私はちょっと難しいと思うわ」

「え? それはいったいどういう……」

「確かにホテルの臭いは全て取れましたが、ホテルの内装や観葉植物はまだボロボロのままですわ。それに、従業員さんも雇いなおさなければいけませんし、食材の仕入れも再開する必要がありますから……どんなに急いでも再開までに1ヶ月はかかってしまうでしょう」

「こんなのうそでしょう………」


 残酷な現実を突きつけられた依頼人は、その場でがっくりと膝を落とした。

 はっきり言って、この男の見通しは甘かったと言わざるを得ない。おそらくこんな調子だから、ホテルで悪臭騒ぎを起こしてどうにもならなくなってしまったのだろう。


「はぁ…………申し訳ありません、ヨネヅ様。実は私……とあるところに膨大な借金を抱えており、返せなければ、それはそれは恐ろしい目にあってしまうのです。ホテルの営業ができなくなったら、私はもう終わりなのです……」

「それは難儀じゃな」

「ですから、どうか今回の報酬は…………見送らせていただきたく」


 そう言って依頼人は、その場で申し訳なさそうに深々と土下座した。

 依頼人は報酬を踏み倒す――――玄公斎が予測していた通りだった。


(えぇーーーー! せっかく助けてあげたのに、ただ働きしろって噓でしょ!?)


 あかぎが依頼人を助けてあげようと言わなければ、彼は完全に終わっていただろう。

 にもかかわらず、この上さらに仕事の報酬を撤回するという厚顔無恥さに、あかぎは衝撃を隠せない。

 そんなあかぎの後ろから、聞きなれた声が聞こえてきた。


「な、言っただろ嬢ちゃん、その仕事はやめたほうがいいって」

「ブレンダンさん! でも、それとこれとは話が違って!」

「何も違わねぇよ。世の中はいい人たちばかりじゃない。むしろ、コーユー一見人がよさそうな奴ほど、いざとなったら自分の都合ばかり考えて、周りから見捨てられるのさ。自業自得ってもんだ」


 ブレンダンは、土下座し続ける依頼人に吐き出すようにそう言ったが、彼はそれでもプライドをかなぐり捨ててひたすらゴネ倒し続けた。

依頼人は依頼人で、明日の自分の命がかかっているわけだから、彼なりに必死なのだ。


「報酬を放棄するというのは残念ながらお受けできません。ハンターがタダでお仕事をしたという悪習を残すことはできませんから」

「そ、そこをなんとか……」

「その代わり、と言っては何ですが条件をもう少し交渉しませんか?」

「交渉?」

「おぬしの抱えている借金の総額を述べてみよ。その額によっては、お互いにとってより良い条件の交渉ができるかもしれんぞ」

「私の借金ですか……その、お恥ずかしい話ですが、約3000万§ほど」

「またずいぶんと借金こさえたじゃねぇか。利息だけで軽く死ねるだろそれ」

「おじいさん、どう思います?」

「その程度なら問題ない。むしろ安いくらいじゃ」

「決まりですね。では、条件を変えましょう。私たちはあなたの借金をすべて肩代わりいたしましょう。そのかわり、あのホテルを私たちに譲ってくださらないかしら?」

「借金の代わりにホテルを!?」


 環の出した条件は、依頼人の負債をすべて米津夫妻が一括で返済する代わりに、半ば廃墟と化したホテルを買い取るというものだった。

 これには、依頼人もブレンダンも、そしてあかぎもびっくりだ。


「おいおいおいおい、爺さんたちはどこまでお人よしなんだよ! 仕事もした上に借金を肩代わりして、おまけにあの半分腐ったようなホテルを買い取るだと!?」

「おばあちゃん、本当に大丈夫なの?」

「うふふ、3000万であの大きなホテルが敷地ごと買えるのであれば安い買い物よ」

「おぬしはどうする? この条件を受けるのか受けぬのか?」

「わ、わかりました! そのような条件でよいのであれば、喜んで!!」


 依頼人はほぼ捨て値で財産の大半を捨てることになってしまうが、どのみち営業ができない不良債権と化すものなので、この上借金がなくなるのであれば渡りに船だ。

 こうして、米津夫妻は仕事の報酬の代わりに、借金の代理返済という形で非常に格安の値段で不動産を手に入れたのだった。



「で、爺さんたちはあんなボロホテルなんて買ってどうするんだ? 家にでもするつもりかぃ?」

「なに、この歳になって経営者のまねごとをするのも悪くないと思うてな。とりあえず、専門家を呼ぶとしよう」

「専門家?」


 玄公斎は、これまたセントラルの道具屋で奮発して買った、腕に巻く形のホログラム通信機を起動し、どこかに連絡をし始めた。


「ワシじゃ。儲け話を見つけたので、来てくれんかのぅ?」


 たったそれだけの連絡をした数十分後……

 なんと、金貸しのフレデリカが全力ですっ飛んできたのだ。


「儲け話があると聞いて!!」

「まあまあ、ずいぶんと早かったわね銀行屋さん。さっそくだけど、私たちこの地にホテルを買ったのよー」

「はい?」


 突然のことで状況がいまいちの見込めないフレデリカに対し、環が債権者の借金を引き受ける代わりに不動産の所有権をすべて手に入れたことを話した。


「うわー、えげつないことするワね……軍人さんってもっと頭硬いかと思ってたワ」

「えげつないとは人聞きが悪いのう。人助けじゃよ人助け」

「ふぅん……物は言いようなんだワ。で、私を呼び出した理由は何かしら? やぱり不動産転がし? どうせ売るなら私が買うわよ、2億§で」

「フッ……戯言を。このような金の生える木をそのようなはした金で手放すわけなかろう」

「…………じゃあ、やっぱり」

「私たちね、このホテルの経営をしようと思うの! もちろん、あなたも協力してくれるわよね?」

「はっはっは、当然じゃろう。わしらも借金が返せるし、銀行屋さんも今まで以上に儲かり、客も喜ぶ。まさに三方ヨシ! じゃな! というわけで、おぬしにもおいしい思いをさせてやるから、力を貸してくれるな?」

「わかった! わかったワ! やってやろうじゃないの!」


 こうして米津夫妻は、なぜか銀行屋も巻き込んで手に入れたホテルの再建に取り掛かったのだった。


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