足りぬ足りぬは誤魔化しがきかぬ

 玄公斎がオーバードライブのせいで子供の頃に戻ってしまうハプニングがあった2日後、予定通りセントラル行政委員の1人が、数人のお供を引き連れて、ホテル「阿房宮」にやってきた。


「あのヨネヅが何やら呪いで戦うことができなくなってしまったと聞いたが、大丈夫なのだろうか」


 反重力装置で少しだけ浮いている近未来的な移動椅子に座りながら話す女性は、セントラル代表委員の一人――――モンセーという。

 アルビノの様な真っ白の長い髪の毛に、アーモンド形の凛々しい瞳、非常に知的な表情を見せる女性だったが…………移動椅子を使用していることからわかるように、モンセーは生まれつき足が不自由で、常にだれかが付き添っていなければ生活に難儀する身体であった。

 しかし、身体がやや脆弱な代わりに「委員会の頭脳」と呼ばれるほどの賢人でもあり、普段はセントラル行政の経済と財政を担当している。

 今回モンセーがここまで来たのも、代表委員の中でも一番軍才がある(と言うよりそれ以外の人員は軍事経験がほぼない)ということで、中央参謀情報管理本部の総指揮を務める羽目になってしまったからだ。

 一応、米津夫妻とはこの世界に来てすぐに色々と話をしたことがあるので、そういった意味でも真っ先に会談候補に挙げたのだろう。


「大丈夫かどうかは会ってみなければわからないかと」

「そうだな、今心配しても治るわけでもなし。ダメであれば、指揮官の交代も視野に入れよう」

「手厳しいのですね……」

「今は緊急事態だ。知り合いだからと言って忖度はできん」


 お付きのスーツの女性が心配そうにしているが、彼女の言う通り判断は実際に会ってみないことにはわからない。

 そんなことを話しながら彼らが玄関の前まで行くと、雪都とホテルのスタッフ数名が丁重に出迎えてくれた。


「お待ちしておりました、モンセー代表。元帥一同、会談の用意は整っております」

「出迎えありがとう。元帥殿の調子がよくないと聞いたが」

「はい……驚くかもしれませんが、話し合いに支障はないかと」

「ふむ……」


 こうして、モンセーたちは雪都の案内で応接間まで足を運んだ。

 そして、応接間に入った瞬間、全てを悟ったのだった。


「元帥殿……随分と可愛らしくなってしまって」

「あ……あなたが、あのヨネヅ様なのですか!?」

「まあ、そうなるよね。こんな格好でお話しすることになってゴメンナサイ!」


 唖然とする代表委員一行の前で、子供の姿の玄公斎が深々と頭を下げた。

 そして、人口密集地で強力な敵対生物と戦ったため、副作用があるとわかって切り札を切ってしまったことを説明した。


「こんな副作用があると知っていれば、もう少し使うのをためらったかもしれませんが、あの場ではああするほかなく」

「ははぁ……異世界にはまだまだ不思議な技術があるものだな。なるほど、仔細承知した」


 ともあれ、知能には影響がないことは確認できたので、黒抗兵団の指揮権を取り上げるという最悪の事態はとりあえず避けられた。

 その点は安堵できたモンセーは、出された緑茶を飲みながら本題に移った。


「さて、元帥殿。聞いての通り、かつてこの世界をめちゃめちゃにし、滅亡させる原因となった暗黒竜王が復活する予兆があることはご存じだと思う」

「僕も夕陽君一行からいろいろと聞きました。なんでも彼らはかの暗黒竜と面識があるどころか、別の世界で戦ったことがあるようです。ゆえに、暗黒竜がどのような存在なのかをよく知っていて、僕も色々と勉強になりました」


 目下の課題はなんと言っても、かつてこの世界に破壊をもたらした暗黒竜に対抗する手段の構築であった。

 復活を阻止できるのであればそれが一番いいのだが、夕陽たちが言うには、竜王は既に意識を取り戻している段階のため、阻止できる段階はとうに過ぎているらしい。

 今考えなければならないのは、暗黒竜の討伐の手段だ。


「我々に足りないものは何だと思うかね?」

「端的に言えば「全部」です。何もかも足りません」

「全部……またはっきり言ってくれたな」

「もちろん、情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ――という類のものではありません。まず今の黒抗兵団では圧倒的に兵力が不足しています。一人一人が、竜に挑む気概のある優秀な戦力だとしても、中隊規模では何もできませんし、スタンドプレーの気質があるハンターを軍組織として運用するのはまだまだ問題が多いと思われます」

「元帥殿はどのくらい必要と考えている?」

「はい、少なくとも師団単位の戦力が必要かと。役割を考えれば、最低3師団は置きたいところですが…………」

「師団……それを3つとなれば、3~5万人。しかも、師団を支えるための兵站を担う人員を加味すれば」

「動員する人口は50万人は下らないでしょう」

「把握しているセントラルの人口の半分だな。もはや根こそぎと言ってもいいレベルだ」

「それ以外にも、大まかな軍備増強概要を雪都と要に算出してもらった。コピー機がないから1セットしか作れませんでしたが、順番に目を通していただければ」

「……………」


 モンセーは雪都から500枚以上ある紙の束を受け取ると、本当に目を通しているのかと思えるような超スピードでペラペラめくり――――大きくため息をついた。


「必要なのはわかるが、無い袖は振れないとかそういうレベルではないぞこれ」

「いったいどのような内容なのでしょうか……?」

「そうだな……墨崎、あなたも目を通してくれ」


 墨崎と呼ばれたスーツの女性が、モンセーから資料を受け取ると、そこにはびっしりと文字が羅列されていた。

 暗黒竜の推定能力と完全復活した際の被害、対抗しうる武器とその量、そして用意すべき物資からその調達方法まで。

 いったいどうやって人間二人でこの報告書を作ることができたのかと驚嘆するレベルだった。


 ただし、ここに書かれているのはあくまで最低限の見積もりであるにもかかわらず、完全に無理難題な数字が平然と書かれている。

 いったいどんな魔法を使えば、こんな莫大な戦力を捻出できるのか想像もつかない。


「……無理では?」

「あはは、だよねー」

「あ、申し訳ありません! つい……!」

「いえ、正直なところ私たちも無理だとわかっていて算出したものですから」


 墨崎が思わず「無理」と言ってしまうほどに、この書類の実現可能性は低いし、それだけ現状があまりにも絶望的に色々不足していることがわかる。

 この書類を作った雪都と要も、実現不可能と言うことがわかっていたので、とてもむなしい気持ちだっただろう。


「まあ、仮にこれだけいろいろ揃えて、いざ暗黒竜に勝っても、この戦時体制を元に戻すのは難しそうだ」

「そもそもこれらを実現するにはきちんとした手順では数十年単位必要になります。やはり、各異世界と通じているこの世界の特性を加味して、一時的にほかの世界の力を借りるほかないでしょう」


 軍人としては屈辱だが、やはり自力で暗黒竜を倒すだけの戦力を整えるのは不可能だと認め、不確定要素の塊である「異世界」の力を借りなければならないだろう。


「…………なるほど、よくわかった。元帥殿は自らの世界の戦力を、ある程度この世界に呼び寄せる算段なのだな」

「はい、まさしく。ですがそれだけではありません。可能であれば、一時的でもよいので、この世界と僕たちの世界を簡単に行き来できる仕組みを構築したい。僕たちの元の世界は次元を渡る技術がないから、どうしても人数が限定的になってしまう」

「そうか……だが、それはそちらの世界のデメリットも大きいのではないか?」

「それは承知の上です。僕たちは最悪、危機が迫る前に元の世界に帰れば、何事もなかったように平和に過ごせますが……………それでも、退魔士は人の世に害をなす魔の物を放っておくことはできないんです」


 玄公斎にとっての最大の命題は、今話したように出身世界で燻っている戦力をこの世界に投入できるかどうかだ。

 はっきり言ってメリットも大きいが、デメリットも非常に大きく、ようやく魔の物を討伐して平和になった世界に、玄公斎の都合で再び混迷を巻き起こすことにもなりかねない。


 おそらく議会では賛否両論が巻き起こるだろう。

 だが、もし元の世界で暇している退魔士たちを動かすことができれば、あっという間に精鋭部隊が何師団でも揃えることができるはずだ。


「よろしい……すぐには無理だろうが、決戦の時までには間に合わせるように努力しよう」

「ありがとうございます。僕たちの方もただ待つばかりではなく、すぐに動ける人員を元の世界で手配しようと思います。特に、衛生兵と結界が使える術士の配備は急務ですから」

「それと、アンチマギアさんの海賊団とミナレットスカイで救出した騎士団、それとナトワールさんが翼人自治区で戦力を募っているので、あと4中隊ほど編成できるかと」


 そう言って雪都は、先ほどの資料とは別の紙束をモンセーに差し出した。

 手渡した資料は、今後の軍団編成の予定表だった。


・黒抗兵団第1中隊「菖蒲」 …200名

・王国騎士中隊「金蓮」 …222名(うちアンチマギア海賊団が21名)

・王国歩兵中隊「薄雪」 …500名

・王国射手中隊「連翹れんぎょう」 …500名

・独立翼人中隊「薫衣」 …200名前後を予定



「全ての編成が完了次第、僕たち黒抗兵団第1中隊は大隊に再編成し、さらに元の世界からの兵員が到着すれば、さらに連隊として独立した戦闘も可能となります」

「随分と手際がいいな。やはり、君たちに相談して正解だった」

「いえ、まだまだ課題も多く、特に練度の低さは致命的です。軍隊という巨人は、まだ生まれたばかりの赤子のようなもの。戦場で犬死しないためにも、これから徹底的に鍛えなければなりません」


 その後も玄公斎は、モンセーたち相手に長々と今後の黒抗兵団の強化について意見を交わした。

 正午過ぎから始まった会談が終わるころには、すっかり深夜になってしまっていた。



※今回出演のNPC:参謀長 モンセー

https://kakuyomu.jp/works/16817139557814115257/episodes/16817330648239692149

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