地獄への片道切符

 田園地帯のど真ん中を二本の鉄でできた線が走っている。

 その線の上を轟音を響かせながら疾走する黒い鋼鉄の乗り物が、横長の箱のような車両をけん引していた。


「シロン横断鉄道」は、つい最近になって開通したばかりの、この世界で初めての鉄道であった。

 セントラルの東地区にある駅から、シロン平原の田園地帯を通って途中で大瀑布を経由しながら北上し、最終的には東のシュヴァルトヴァルトの入り口までレールが伸びており、各地で収穫できる農産物を効率よく輸送することが期待されている。


 先頭を走る黒い機関車は、鉄道史によくある蒸気機関車ではなく、なんとガスタービン機関車だった。

 見た目の割には非力な蒸気機関車と違い、かなりの重量の車両をより高速にけん引できるため、評判は上々であった。そのかわり――――


「やかましいなぁこの機関車。耳がおかしくなっちゃいそうだよ」

「それについては同感ですが、今はこの型の車両しかないと聞いていますので、どうかご辛抱ください……」


 一番先頭の客車に乗っている米津夫妻と、今回の遠征に同行することとなったモンセーの副官である墨崎 智香は、すぐ前で爆音をまき散らす機関車に若干辟易していた。


 モンセーとの会談が終わった後、玄公斎たちは当初の予定通りエリア1ガトランド平原にある地域の一つ「大瀑布」を目指していた。

 目的はいくつかあり、まず途中のシロン平原に広がる農村地帯の治安維持、次に今この列車に乗せている黒抗兵団中隊の実戦訓練、そして大瀑布に居を構えるという噂の高名な竜への謁見がある。


「セントラルを発してしばらくしたけど、賊の姿は見えないわね」

「ええ、ですが奴らは必ず食いついてくるはずです」


 まず、シロン平原を荒らしまわるモヒカンたちを、この際だから一網打尽にしてしまおうという意図があった。

 というのも、智香は元の世界では警官のような仕事をしており、犯罪者をおびき寄せるための手練手管はお手の物だった。

 智香はどちらかといえば清廉潔白な人物なので、普段はこういった搦手などはあまり好まないのだが、あまりにも広大なシロン平原に生息するモヒカンたちを退治するには、何とかして一か所に集めた方が効率的であり、結果治安の向上につながる。


「上司の許可を得て、事前に各農村に偽情報を流しておきました。今走っている列車には、大瀑布の周囲に住む貴族たちに届ける資金や高級品が積載されていると」

「うんうん、流石はあのモンセーさんが見込んだだけあって、見事な手際だね。雷鳴の丘の雷竜が討伐されてから、植民委員さんたちの努力もあって、賊たちは徐々に住処を追われている。追い詰められた賊たちは、千載一遇のチャンスを逃せないはずだ」

「おほめにあずかり光栄です……」


 事前準備の手際を褒められて、それなりに嬉しいはずの智香だったが、その表情は若干暗い。

 どうも彼女は、何か思うところがあるようで…………


「申し訳ありません。いったん車内の見回りに向かいます」

「わかった、気を付けてね」

がいたらきちんと注意してあげなさい」


 智香は話もそこそこに、その場を立って後部車両の方へと移動し始めた。

 彼女がわざわざ見回りに行くと言ったのは、機関車がうるさいからという理由ではなかった。米津たちに同行して早々、智香の中に迷いが生じているのだった。


(果たしてこれでいいのかしら……)


 智香が後ろの車両の扉を開くと、その車両に乗っていた人の大半がギョッとした目で彼女の方を振り向いた。

 客車に座席はなく、各々壁にもたれかかったり、床に座っていたりするが、集まっている彼らの間に会話はほとんどなく、あったとしてもヒソヒソ話程度。

 全体的に雰囲気がピリピリしており、その様子はまるで処刑前の家畜のようだった。



 ×××



 こうなった原因は、およそ1時間ほど前にさかのぼる。

 今回の遠征では、元からいる黒抗兵団200名に加えて、つい最近うわさを聞きつけた異世界に来たばかりのハンターが500名ほどが加わることになった。

 応募したハンターたちは誰もがそれなりの腕自慢だったが、実力が未知数なため、とりあえず今回の遠征で選抜することにしたのだ。


 そこで玄公斎は、出発当日は朝の6時にセントラルの駅に集合するよう、全員に通達したのだが――――


「集まったのはこれだけ?」

「あ、はい……けれど、流石に集合時間が早すぎたのかもしれませんね! たぶんもう少ししたらみんな来ますよ!」


 元から率いている200名は全員時間通りに集合していたが、新しく加入する予定だったハンターたちは100人も集まっていなかった。

 新人ハンターの言う通り、集合時間が朝早すぎたせいか、集合時間を過ぎた後もぞろぞろと人が集まりだし、結局全員そろった頃にはお昼前になってしまっていた。


「ヨネヅ殿……率直に申し上げて、恐らく彼らになめられていると思われます。キチっと叱咤してください」

「そうだねぇ……」


 生真面目な性格の智香は、リーダーの玄公斎がちんまりした子供なので、集まったハンターたちに見下されていると感じられた。

 現に遅刻してきた者たちは、表面上謝るだけでへらへらと笑うばかり。しかも、集まっている最中も勝手な行動をしようとしたり、玄公斎を鼻で笑うようなことも言っていた。

 それゆえ、リーダーとしてきっちりと引き締めるよう玄公斎に進言したのだが…………それがまさかあのような悲劇を生むとは思っていなかった。


「はいはい、みんなようやく集まったようだね。みんなに確認したいんだけど、集合時間は何時だったか覚えているかな?」

「はーい! 朝6時でーす!」


 若い女性ハンターがおちゃらけたように言うと、周囲からクスクスと笑い声が上がった。


「こらそこ! 元帥殿が話しているのだから、真面目に聞け!」

「えー、だってー」

「元帥とかたいそうな肩書なのに、こんなガキだなんてな! はっは!」

「まあまあ智香さん、僕なら大丈夫だから。それで、一番遅くに来たのはそこにいる君だったよね? ちょっと前に出てきてくれるかな?」

「はぁ」


 一体なんで過酷な遠征に応募したのかわからない、ややぽっちゃりしたハンターが言われるまま玄公斎に前に出てきた。次の瞬間――――その男の首が宙を舞い、一拍遅れて胴体から噴水のように血飛沫が吹き出した。

 玄公斎が首を一刀両断したと全員が気が付いたのは数秒後で、彼らはたちまちパニックに陥った。


「う、うわああぁぁぁ!?」

「首が!? くびがぁっ!?」

「あばば」


「お前たち、よく聞け! さもないと、お前たちもこの男のようになるからね!」

「ま、まてヨネヅ殿……いくらなんでも、いきなり仲間を切ることはないだろう!」

「お……おじいちゃん…………」


 突如豹変した玄公斎の鬼気迫る表情に、智香だけでなくあかぎまで慌てて止めに入ろうとした。しかし玄公斎は動じない。


「いいか、僕たちは物見遊山に行くんじゃない、命のやり取りをしに行くんだ! 本当なら遅れたバカどもを全員切り捨ててやりたいところだが……」


 玄公斎はギロリと集まった集団のほうをにらんだ。

 彼のひと睨みで彼らはたちまち震え上がり、中には若干おもらしした者もいた。


「そんなことをしたら殆どメンバーがいなくなるからね。一番遅れたやつだけ見せしめにしてやった。だがな貴様ら、今後僕の命令に逆らおうものなら……容赦なく叩き切る。忘れないことだ」

『は……はいぃっ!!』

「返事が小さい! 玉落としたか!!」

『はいっ!!』

「各人その場に整列! 貴様らのせいで、列車の発車時刻は大幅に遅延している! ここが戦場であれば、遅れた分だけ味方が死ぬぞ! すぐに乗り込め! それと…………あかぎと智香さん」

「は、はい!」「ど、どしたの?」

「君たちにはしばらく仮の部隊長権限を与える。黒抗兵団の軍紀は昨日決めた通りだから、重大な違反をする奴がいたら処断していいから」

「「…………」」


 玄公斎の言葉に、智香とあかぎは黙って顔を見合わせるほかなかった。



 ×××



「それがまさかこのようなことになるだなんて。確かに効果的ではあったが……………こういった恐怖で支配するやり方は、やはり望ましくない」


 あれ以来、米津夫妻はもとより智香やあかぎまで、加入したばかりのハンターたちから恐怖の目線を向けられている。

 元の世界では、凶悪犯相手でもきちんとした裁判を受けさせるまでは殺さないことを徹底していた智香にとって、まるで中世の軍隊のような粛清の仕方には納得がいかなかった。

 とはいえ、ここにいる人々のモラルがほぼ中世並みな以上、初めにくぎを刺すのが肝心であることもわかっている。ゆえに、真正面からやめろと言えないため、智香の迷いは募るばかりだった。


 やがて智香は一通りの車両を視察し、最後尾の2車両にのる元からいた黒抗兵団の様子を見に来た。

 動揺を隠せない新人たちと違い、流石にこちらは歴戦の勇者が揃っているせいか、比較的雰囲気は落ち着いている。


「おや、あかぎは?」

「あかぎちゃんなら今、屋根の上に登って見張りをしているよ」

「そう……なにもそこまでしなくてもいいのに」


 そうは言ったが、おそらくあかぎもショックを受けているのだろうと思った智香は、自身も客車の外の梯子を上って屋根に上がることにしたのだった。

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