元帥不在
「げ……元帥がこのようなお姿に!?」
「こんなの嘘でしょ……何故なんですか……」
ホテルに戻ってきた米津夫妻たちだったが、子供の姿になってしまった玄公斎を見て部下やホテルの従業員たちは唖然としてしまっていた。
「やっぱり信じられないか……そっかぁ」
「あの、口調も随分と変わられましたか?」
「え? あ、いや僕は……じゃなかった、ワシはっ! うーん、だめだ意識しないと、口調まで子供に戻ってしまう」
白髪で皴も深かったが、背筋がしっかりと伸びて非常に威厳のあった老元帥の姿はどこへやら。そこにいたのは、服がなくてぶかぶかのスーツを着たままの可愛らしい男の娘だった。
やや長めの黒髪に、大きくつぶらな瞳。こんな小動物が、何を間違えてあんな刀を振り回す物騒な老人になったのか、皆目見当がつかない。
この子供が玄公斎だと分かったのも、彼がきちんと天涙を片手で持っていたからで、天涙の持ち主と認められなければできない芸当であることが決め手となった。逆に言えば、それ以外は玄公斎の面影がほとんどないともいえる。
「うふふ♪ 久しぶりに可愛いシロちゃんを見たわ~。まずはお洋服を買ってこないとね♪」
「あの奥様、シロちゃんというのは?」
「あら知らないの? うちの旦那様の本当の名前は「
「当たり前でしょっ!! あんな歳になってもシロちゃん呼ばわりされる僕の身にもなってよ!!」
まるで孫を可愛がるかのようにデレデレする環に対し、玄公斎はぶかぶかのスーツを着たままピョンピョン跳ねて抗議した。
とりあえず、どこかで服を調達してこなければまともに着るものがない。しかし、この世界で売っている服は布より少しマシな程度か、時間をかけて仕立てるかの二択しかない。
「要、悪いけどすぐに着れる服を見繕ってくれないかな。2日あればタマおねえちゃんにきちんとしたものを縫ってもらえるから」
「はあ……それは構いませんが、タマお姉ちゃんと言うのは…………?」
「私のことよ要ちゃん♪」
「うわああぁぁぁぁぁぁ!! やってしまったぁぁぁぁぁ!!」
衆人の前で無意識に環のことを「タマお姉ちゃん」と呼んでしまった玄公斎改め智白は、恥ずかしさのあまり真っ赤に茹で上がった顔を両手で隠しながら、体を横たえて足をじたばたしはじめたのだった。
「なんか、可愛いなあの人」
「夕陽……まさかあなた、そちらの気が?」
「そんなわけないだろ! 年下の弟みたいだなと思っただけだ!」
「……(同意)」
「えー、イタズラしがいがありそうで可愛くない?」
「うんうん! これは私たちがお姉ちゃんとして守ってあげなきゃいけないね!」
一連の痴態を見た夕陽は、一周回って可愛い弟のように見えたようで、頭の上に乗っているロマンティカも、そばにいるエヴレナもここぞとばかり姉貴面しはじめる。
もはや元帥の威厳はボロボロだった。
(しかし、あの元帥も元の名前が嫌だったのか? 読み方こそ「ちしろ」だけど「
夕陽の疑問はもっともで、普通の人ならまだしも、名前自体に意味を持つ退魔の家系で「智白」なんてつけたら、それは「何もないまっさらな状態」――つまり、無能力ということになってしまう。
こんなところにも文化の違いがあるのか、それとも何か別の意味があるのか。
いずれにせよ、彼が「玄公斎」と名乗っている一端が垣間見えたような気がした。
「しかし、服は何とかするにしても、困ったことになりましたね」
「困ったこと?」
「実は元帥が外出している間、セントラル中央行政委員の方が黒抗兵軍の代表として会談を申し出ておりまして」
「そう……それは確かに困ったね。返事はもうしたの?」
「いえ、元帥が不在だったゆえ、後程私自ら返答を送ると回答しました」
「それが賢明か。戦略のすり合わせをするのは早ければ早いほどいい。しかしそうなれば、僕が出てこないという訳にはいかないし、どうしよう? 何とか影武者立てて誤魔化す?」
「やめたほうがよろしいかと。下手な誤魔化しでは心証を損ねるだけでしょう」
「だよねー。かといって、こんな子供の姿じゃそれはそれで不安に思われるし。…………いや、頑張れば僕にだってそれなりの威厳は出せるはずっ! 幸い記憶喪失にはなっていないし、立ち居振る舞いで堂々としていれば!」
「あの、無理なさらずに、元の御姿に戻られるまで延期なさっては?」
「元に戻ると言っても、それがいつになるのか僕にもわからないし……」
行政委員会との会談が持ち上がったことで、玄公斎は雪都と要と共にあーでもないこーでもないと話し合っていたが…………そこに、久しぶりに元気な声と共に飴色髪の女船長、アンチマギアが帰還してきた。
「オラー! 皆の者ーっ! アンチマギア様がご帰還だぞーっ!! 風呂と飯と男の用意をしろーっ!!」
アンチマギアの後ろには部下たちだけでなく、あの場で分かれたナトワールと、助けた騎士団がぞろぞろと到着していた。
どうやら彼らは、数日かけてみごとに海賊船の一時的な解体作業を終えたようだった。
「おや、帰ってきたのか船長。疲れただろうから、ゆっくりお風呂にでも入って体を休めて――――」
「トゥンク」
「は?」
出迎えた玄公歳だったが……子供になった彼の姿を見たアンチマギアの動きが止まる。すぐに嫌な予感がした。
「うっひゃあぁぁぁ!! 何この可愛い生き物っ!! お持ち帰りーーーっ!!」
(しまった! 今の僕はこの海賊の捕食範囲内に入ってしまっている!!)
まさか自分がこの好色な女海賊に目を付けられると思っていなかった玄公斎。
アンチマギアはあっという間に理性を蒸発させ、瞳の中にハートを作りながら、そのナイスバディを存分に揺らしながら、両手を広げて近づいてきた。
「誰がお前なんかに持ち帰りされるか! もう一度タイマンでしばき倒してやるっ!」
「ちょっ、元帥!?」
先ほどから子ども扱いされてフラストレーションがたまっていた玄公斎は、怒り心頭のままアンチマギアの顔目がけて飛び蹴りを喰らわせようとする。
――――が、能力が子供の頃の時まで低下しているうえに、ダボダボのスーツを着ていては十分な威力が出るわけがなく…………
「えっへへ~、つーかまえたっ☆」
「む、むぐぐ!?」
あっさりとアンチマギアの腕に捕まってしまい、そのまま豊かな胸に顔をホールドされてしまった。
しかも、以前との戦いと打って変わって、あの謎の空間も出現しなかった。
「うふふ、このままお姉さんとベットインしちゃおっか♥」
(く……苦しい、たすけてタマお姉ちゃん……)
いきなりの暴挙に出たアンチマギアを止めるため、部下たちが駆け寄ってきたのだが…………その前に、なぜかまたしても空間が反転し、今度は白に水色と薄い桃色が混じったような不思議な空間が展開された。
「こーら、ダメでしょ。私の大事なシロちゃんをとっちゃ」
「は? 誰だ――――って、うおおお!?」
一体何事かと辺りを見回そうとした時、背後から女性の声が耳元でささやかれた。
びっくりして玄公斎を放してしまったが、振り返ってみればそこには、とんでもない絶世の美女が立っていた。
腰まで届くストレートの銀髪に、白を基調とした上品ながらも凄まじい妖艶さがある絹の羽衣、そして何よりも全身からあふれ出すセクシーさに、同性であるはずのアンチマギアは完全にくぎ付けになってしまう。
その存在はもはや淫魔か何かのようだった。
「ね、あなたにはもう大切な人がいるんだから、人の物に手を出してはダメよ」
「いや……あの、その……」
下から覗き込むような視線……妖艶な赤紫の瞳と目が合うと、いつもは押せ押せムーブのアンチマギアですら口をパクパクさせることしかできない。
「その代わり、これをあげるから、いい子にするのよ♪」
そう言って目の前の女性が投げキッスをしたとたん――――
「ぬっはああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「「「船長!!??」」」
「おわー!? 血が降ってくる!?」
突然アンチマギアは鼻から大量の血を吹き出して、もんどりを打って倒れた。
謎の空間はすでに消え失せ、周りから見たら玄公斎を抱えていたアンチマギアがいきなり鼻血を吹いて倒れたようにしか見えなかった。
そして、顔の真下にいた玄公斎はアンチマギアの鼻血をもろに浴びてしまい、全身血まみれとなってしまった。
「あの、元帥……ご無事ですか?」
「…………もういい、会談は2日後に行うと先方に伝えておいて。僕はお風呂に入ってくる」
「ごめんなさいね、皆さん。シロちゃんも色々あって疲れてるから、離れで体を洗ってくるわ」
「わかりました奥様」
体が変化した後はストレスの連続で精神が摩耗しているのだろう。
かなり不機嫌になってしまった血まみれの玄公斎を、環がそのまま抱きかかえて連れて行ってしまった。
「元帥は2日後と言っていましたが、それまでに元に戻るでしょうか」
「難しいかもしれませんね。しかし、やると決めたからには、体裁は整えておきましょう」
玄公斎は「威厳は出せる」と言っていたが、この様子ではとても無理だろう。
向こうには素直に元帥が子供になってしまったことを説明しつつ、それを踏まえた会談をセッティングするしかないだろう。
※有原様とコラボ予定でしたが、こちらの事前連絡がなかったのと、今後のタイムテーブルの都合が合わなかったため、内容を少し変更しました。
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