フロンティアの嵐作戦 12

「総員すぐに終結! 合流を急げ!」

「味方が何人か取り込まれた! 助けたいのは山々だがこの状態では……」

「これ以上近づけさせるな!」


 優勢だったはずの戦場に、突如元の世界でも見たことのない超巨大生物が出現したことで、黒抗兵団たちは一時的に混乱状態に陥った。

 とはいえ、少しでも抵抗するために、あちらこちらに散らばっている退魔士やハンターたちは通信機を駆使して交代しながら味方と合流していき、いくつかの大きな集団に再編成することに成功した。


 が、それも安全とは言えない。

 あちらこちらに集結してひとまとまりになっていく人間たちを睥睨する巨大生物は、集団の一つに対して白く透明なブレス――――というよりも光線を口からはいた。


「巨大生物からのブレスだ……! うわっ、なんだこれは!?」

「ひいいぃぃ、か……体が!? 私の身体が溶けていく!? 誰か助けて……」

「い、痛いっ痛いいぃっ!!」


 光線が直撃した部隊は簡易的な結界を張ったが、防ぐのには十分とは言えず、ぁれらの身体のあちらこちらがまるで綿のようにボロボロと崩れ落ちていく。

 今までに体験したことのない「自分の体が溶けて崩れ落ちる」という現象と、細胞が壊死したことによる激痛で、彼らはたちまちパニックに陥ってしまった。


「軍紀を乱さず後退……結界は十分に張りなさい。全く効果がないというわけではなさそうよ」


 にのまえ大将は落ち着いて無線で後退を指示しつつ、結界を切らさないよう呼びかけた。

 敵性物の光線の威力は絶大だが、結界があれば軽減は可能だということはすぐに分かった。むしろ、防御のために装甲を何枚も重ねても、不可解な力によってたちまち腐食してしまい、どれほどの強度を持つ鋼鉄もあっという間に腐食して崩壊していってしまった。


「あれは……フッ化水素酸でしょうか?」

「いえ、違うでしょうね。むしろ、原理的には呪いに近いものがあります。さしずめ、消滅のブレスと言ったところでしょうか」


 ほぼ無色で、なおかつ人体や金属を崩壊させる物質となると、綾乃中将が言うようにまずフッ化水素という猛毒が思い浮かぶが、一大将が解析したところ、どうやら巨大生物が放ってくるブレスは「悪意の塊」であり、「消えてなくなれ」という強いがそのまま素粒子として拡散されるものであると分析した。


「ミノアさん、そっちは大丈夫かしら」

『はいっ、こちらミノアっ! あかぎちゃんたちも無事合流したわ! 敵のブレスはシャイン君が何とか防いでくれてるけど!」


 退魔士たちのちょうど反対側の方角で戦っていたミノアたちも、あかぎ率いる黒抗兵団の中核部隊と合流して敵の攻撃を防いでいるようだ。


「何とか態勢は整いましたか。やられっぱなしは性に合いませんので、人間の恐ろしさを見せてあげましょう。砲撃部隊、用意、放て」


 味方が十分集まったことを確認すると、一は惑う砲撃部隊に一斉射撃を指示。

 数百のバズーカから色とりどりの砲撃が発射され、そのほぼすべてが巨大生物へと命中した。

 いくら相手が巨大とはいえ、初撃で全弾命中させるのはさすがの練度と言ったところだが……攻撃後すぐに、綾乃中将が攻撃中止を要請した。


「待ってください一大将! 味方を巻き込んでいます!!」

「味方を…………あっ」


『ぐわああああぁぁ!! いてえぇぇぇぇぇ!!』


 通信機から鐡之助たちの絶叫が聞こえてきた。

 そう、肝心の第1天兵団の面々が撤退せずに突撃を繰り返したせいで、彼らは巨大生物に取り込まれる寸前になっていたのだ。

 おまけに、巨大生物に触れている間は、巨大生物が受けた攻撃の痛みが彼らにも伝搬してしまうという、どこかで聞いたことのあるような状態になっているようだ。


「……連中は馬鹿か? あのイノシシどもに伝えなさい、日本男児なら敵を巻き添えにしてそのまま死になさいと」

「お言葉ですが、道具は長く使ってこそです。せっかく私が持ってきたのですから、無駄遣いはしたくないのです」


 一大将は呆れてため息をつくが、綾乃の言う通りむやみに味方を巻き込むのは退魔士と言えどもご法度だ。

 仕方なく無差別攻撃は避け、なるべく巻き込まれた見方から遠い部位を攻撃するように指示した。

 幸い、第1天兵団たちは遠隔回復を延々とかけることで脱出するまで時間稼ぎをさせることができた。しかし、絡まった植物はそう簡単には解けず、脱出は困難を極めていた。


『クソッタレ! 女ならともかく、野郎の触手プレイはゴメンだぜ!』

「ずいぶんと余裕がありそうじゃない。必要ならいくらでも支援攻撃をするわ、もう少しの辛抱よ」

『俺たちに援護射撃か……ありがてぇことだが、最悪……俺たちごと撃て。どうせ俺たちは消耗品だ、人質みてぇに遠慮するこたぁねぇ』

「バカ言わないの。あなたたちは私がとことんこき使うのだから、こんなつまらないところで魔の物の餌になるんじゃないわよ」


 綾乃は綾乃なりに彼らのことを心配しているのだろう。

 彼女はこの逆境を打開すべく、全力で頭を回転させていた。


「しかし、まだ牽制しかしていないとはいえ効きがよくないわね。普通の魔の物なら鬼すらも数十匹単位で粉砕できる威力なのに、耐久力が減っているように見えない」


 その一方で一大将は、分析を進めているうちにこちらの攻撃がほとんど効いていないことがわかってきた。

 正確に言えば、攻撃した端から回復してしまい、ダメージが無意味になってしまっている。

 かといって放置していれば、巨大生物の拡大が止まらない。

 現に、目の前の怪獣のような生命体は天を衝くほどの大きさとなっており、もはやちょっとした巨大建造物を相手しているような状態だった。

 元の世界の魔の物は、生物的な都合もあって、全長120m程度が最大記録とされていたし、逆にそれほど大きい相手であれば退魔士たちにとって的が大きくなっただけに過ぎない。

 なのにこの巨大生物は、高威力の攻撃を撃ち込んでも撃ち込んでも、手ごたえが全くないのである。



「ダメです、隊長っ! 斬っても斬っても分裂して手に負えません!」

「斬った傍から分裂するなんて、冗談じゃないわ……! おまけに下手に触っちゃうと、あの男の呪いのように、あたしたちにまで痛みがっ!」


 退魔士たち以上に苦戦しているのは、ミノアをはじめとする竜人部隊たちだ。

 彼らの主要武器は剣や槍と言った近接攻撃武器であり、彼らが敵の一部を切り取ると、なんと切り取られた部位が急成長して別の個体となって襲い掛かってくるのである。

 その上、接近していると痛みがこちらにも跳ね返ってくるという三重苦。

 とてもではないが、現状では彼女たちはまともに戦うことはできない。


「ミノアちゃん、ここはあたしに任せてっ!」

「あかぎちゃん……! わかった、あたしたちは援護に回らせてもらうわ」

『僕もいるよ! 身体の大きさの違いが、戦力の決定的差ではないということを……教えてやるっっ!』


 今頼りになるのは一気に大火力を叩きつけられるあかぎと、シャインフリートの二人。

 火山が噴火したかのような威力を誇るあかぎの火炎攻撃と、悪竜特効を持つシャインフリートのブレスは、少しずつではあるが敵の身体を消し飛ばしていく。


 そして――――――


「だからっ! 私はもう治ったの!! だから今こそこのアンチマギア様の力でいてててててて」

「えぇいやかましい! お主は術で治療ができんのじゃから安静にしておれっ!」


 重傷を負って一人だけ祭りに取り残され、寂しさを覚えたアンチマギアが何度も救護所を脱走しようと試みるが、その都度春江軍医に止められていたのであった。


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