天の死闘 地の苦闘 3(VS竜王軍)

 遠くからひっきりなしに轟音がとどろく中、玄公斎はただ一人、泉の真ん中で瞑想を続けていた。

 彼の意識は既に心の奥深くまで沈み込んでしまい、ほぼ眠ったような状態になってしまっている。

 それでも、ここだけがほかの場所に比べて安全なのは、普段は水浴びをするため無防備になる場所なので、結界に存在の秘匿の術が重ね掛けしてあるからだった。


 にもかかわらず、泉を覆う空が一部だけ長方形に切り取られ、ピンク色の扉が出現し……………


「みぃつけたぁ」


 濁声だみごえとともに、青と白のツートンカラーの、丸くひょうきんな姿の竜――――ドラえごんが姿を現した。

 機械が入り混じった体表は、ところどころ装甲が剥げて赤錆びており、特に右腕が向こうで戦っているほかの竜たちと同じように、黒い靄によっておおわれていた。


「フフフ、陛下の一番の部下はやっぱり僕がふさわしい……! 正面は戦うだけしか能がない単細胞たちに任せて、頭のいい僕は敵の急所を狙う!! さぁて、じゃあ早速この『核熱銃』そのかわいい顔を吹っ飛ばしてやる!!」


 ゲートをくぐるや否や、懐のポケットのようなところから、ライフルのような形をした光線銃を取り出すと…………有無を言わさず、玄公斎に向けて放った。

 一発でビルを蒸発させる威力の赤い光線が、瞑想している玄公斎に向けて一直線――――あわや玄公斎は消し炭に…………ならず、なんと光線は彼の身体を何事もなかったかのようにすり抜けた。


「はぁ!? ちくしょう、なんで当たらないんだ!? さては不良品なのか!?」


 熱光線銃を何度も何度も玄公斎に向かって撃ったが、やはりすり抜けていくだけだった。


「やっぱり不良品だった! あとで消費者センターに文句いってやるっ!!」


 どうもドラえごんの道具はどこかで買ったものらしく、彼は熱光線銃を不良品だと思い、足元に投げつけると、その場で地団太を踏んで銃を破壊してしまった。

 だが、すぐにどこからか男の子の声が聞こえてきた。


『やった、引っかかった! 僕がいる限り、シロ君には絶対に手出しさせない!』

「ああっ! その声はシャインフリート!」


 玄公斎とドラえごんが立っている場所のちょうど中間くらいに、ドラえごんと同じくらいの大きさの、光り輝く幼い竜が姿を現した。

 光竜シャインフリートは、グリムガルテから言われてたった一匹で無防備な玄公斎を守りに来ていたのだ。


 彼は光竜だけあって、光を操るのを得意としているため、先ほどの熱光線銃も見た目の光を屈折させることで、実際に玄公斎がいる位置とは別の場所に撃たせたのだ。


「しまった! 銃は故障なんかじゃなかったのか! 勢いあまって壊しちゃったじゃないか、どうしてくれるんだ!」

『僕にそんなこと言われてもね…………』

「こうなったら……まずはお前からやっつけてやる!」

『かかってこい、相手になってやるっ!!』


 こうして、本体から離れた場所でも竜と竜による一騎打ちが始まったのだった。



 ×××



 一方そのころ、心の中の奥深くで、自分を取り戻すべく過去の名もなき英雄たちと言葉を交わしている玄公斎は、まだ自分の身体に危機が迫っていることに気が付いていなかった。

 すでに彼の全神経は精神の奥底に集中しており、耳も聞こえなければ目も明けられないという、ほとんど植物人間同然になってしまっている。

 しかし、これを乗り越えなければ、この後迫る危機を乗り越えられないかもしれない。


「そうか……別の世界の大日本帝国というものがあるのか。我も海を渡ったぐらいで満足している場合ではなかったかもしれないな!」

「おいおい勘弁してくれよ! この生まれながらの放浪者に、異世界なんてもの教えたら、どこまで行くか分かったもんじゃないぞ」

「ははは、生まれる時代が違えば、僕の代わりに異世界旅行に行っていたかもしれないですね」


 玄公斎の体感的には、精神世界での経過時間はすでに1年を超えていた。

 現実とは流れが違うといわれているが、いつまでも同じ場所でひたすら人々と話をするというのは、なかなかの苦痛なはずだ。

 それでもこうして、延々と過去の人々と交流し、どれほど過去の人であってもスムーズに会話できるのは、玄公斎の生まれ持った長所なのかもしれない。


 今玄公斎と話しているのは、ちょうど安土幕府が14代で魔の物の攻撃でボロボロになり、天皇が江戸に避難したことで首都が現在の東京に変わったくらいに活躍した退魔士――――坂本と土方だった。

 その時代で教科書に載るほどの退魔士といえば、雪都の実家の冷泉家か、あるいは松平家かと相場が決まっているが、二人のような身分の低い武士だったり平民出身の退魔士も少なからず存在していた。

 坂本と土方は、魔の物の討伐で活躍した褒美で船を買い、傭兵退魔士「海援隊」を立ち上げて海外にまで足を延ばしたというが、そのことはあまり知られていない。


 彼らのように、活躍するも歴史に名を残さずに忘れられた退魔士は無数に居り、少名毘古那神ですらも全員のことを記録しているわけではない。

 しかし、玄公斎はそのような退魔士の組織を改革し、たとえあまり力のない退魔士といえども、一個人として尊重されるようにしたのであった。


(一将の功なるために、万骨を枯らしてはならない。ここにいる彼らにも、大きな志があり、そのために力を尽くした。その力を借りるのだから、もう一度彼らのことを思い、理解しなければ)


 たとえ幻だったとしても、名も知らない人々のイメージを形作るには、彼らがどのような思いで生きていたのかを知らなければならない。

 玄公斎のオーバードライブは、いい方は悪いが使い捨てのきずなでできているのだと、改めて感じたのだった。


「お話聞かせてくれて、ありがとうございました」

「いや、いいってことよ! それよりお前さん、刀に手をかけているところを見ると、何か危険が迫っているのか?」

「え?」


 坂本に指摘されて初めて、玄公斎は自分の手がしっかりと刀を握り、今にも引き抜きそうになっていることに気が付いた。


『あー、これは完全に体が危機に反応している証拠だね。たぶん、元の身体のままだったら、すぐに覚醒して刀を抜いていたけれど、今の身体だとその境地に到達していないみたいだ』

少名毘古那スクナビコナ様……今もしかして、非常にまずい事態なんでしょうか?」

『さあね。ただ過剰反応しているだけかもしれないけれど、確かに今目覚めないと殴られても分からないかもね。ましてや、そのまま死んじゃったら、君の精神もこの常夜渡とこよわたしから帰れないかもしれない』

「……………」


 一体自分の身にどのような危険が迫っているのか、今の玄公歳には知る由もない。

 ゆえに、何が起きているのか少なからず気になってしまう。


(あっ……景色が)


 目の前の景色が徐々に薄れていく。

 深く潜っていた精神が、覚醒の方向に向かってしまい、集中できていない証拠だ。


『どうする? もう終わりにする? ここで終われば、また今度最初からだけど』

「………いや、僕は信じることにするよ。環も、あかぎも、グリムガルテも……そして黒抗兵団の人々も。たとえ今僕がいなくても、精いっぱい戦ってくれているはずだ。もしかしたら、僕のせいで何人か命を落とすかもしれないけれど、途中でやめてしまえば、すべての犠牲が台無しだ」

『そうか…………ならば、もっと集中してほしいな』

「わかってる」


 玄公斎は意を決して再び精神を集中させる。

 もしかしたら自分のすぐ近くで危険なことが起こっているのかもしれない。

 だが、今はそれすらも意識することなく…………何があろうとも、自分へ向き合ってゆく。


「おや、戻ってきたのかい」

「はい…………次はあなたたちですね」

「つらいかもしれないが、気を確かに持ってくれよ」


 再び精神世界に戻ってくると、先ほどの二人は消えていて、代わりに鎌倉時代の武士の格好をした男たちが現れた。


「ところで話は変わるが……この子は君の知り合いかね?」

「ん?」


 男たちの中の一人が、何やら精神世界に迷い込んできた存在を見つけたようだ。

 背がとても小さく、何やらぼろぼろのフードをかぶっているが、そこかで見たような銀色の髪の毛がフードの隙間から覗いている。


 まさかと思いフードをもちあげると、果たして見覚えがある竜の少女の顔があった。


「エヴレナ…………どうしてここに?」

「……」


 なぜかこの場にいるエヴレナはぼーっとしており、瞳も虚ろだった。



※ここで出てくるエヴレナは、現実のエヴレナの行動とは(一応)無関係なので、整合性は気にしなくていいです。

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