天の死闘 地の苦闘 2(VS竜王軍)

『第二の竜生の初陣だ、遠慮なくいかせてもらうぜ!!』

『ヒャッハー!!!! 全員丸ごと消し飛ばしてやんよ!!』


 好戦的な厄火竜と厄雷竜が双方とも口を開くと、間髪入れずして猛烈な炎と電撃のブレスが周囲一帯を襲った。

 対する人間たちも慌てて防御態勢をとるが…………


「総員、全力防御!!」

「む……無理だ、あんなの耐えられるわけがっ!?」


 襲い来るのは、太陽のフレアに匹敵するほどの莫大な熱と、地球で使用される電力の総量すらも上回るエネルギーの嵐。各自が最大の防御を取っても、防ぎきれるものではないように思われた。

 だが、何人かはダメージを負ったものの、不思議なことに死者は出なかった。


『あなたたちは……私が死なせないわ』

「グリムガルテ様……!」


 この絶大な攻撃を防げたのは、偏にグリムガルテが竜術で守ったおかげだった。

 そもそもこの常夜幻想郷は、グリムガルテが絶対的に有利になる空間であり、すべての竜の中でも5本の指に入る実力がいかんなく発揮できる。

 ただ、それでもエッツェルが与えた無慈悲な力によって強化された竜たちを複数相手するとなれば、さすがの彼女も防戦一方にならざるを得ない。


 このままではいずれ磨り潰されるだけだと感じた環は、一か八かの策に打って出ることにした。


「私は外に出て増援を連れてきます。それに、シロちゃんが力を取り戻せば、反撃に移ることも可能でしょう。ですからどうか、今しばらく耐えてくださいませんか」

『…………いいでしょう。あなたを信じるわ』

「それと……どなたか信用できる戦力を、シロちゃんの守りに回してあげてください。おそらく、向こうの目標の一つになっているはずです」

『わかったわ。苦しいけれども、対処しておくわ』


 強力な三頭の竜に加えて、格下とはいえ大小さまざまな戦闘竜が20以上迫ってきている。

 そのうえで、強化や防御に力を発揮する環が一時的に戦線を離脱するのは正直かなり厳しい決断だが、勝ち目を見出すためにはこれしか手はない。

 もちろん、環だけ逃げてしまうという可能性はゼロではないが、この状況で仲間たちだけでなく夫まで見捨てるということはありえないだろう。


 こうして環は、増援を呼ぶためにグリムガルテの術で外の世界にワープしていった。

 残された黒抗兵団は、米津夫妻という両巨頭がいないまま、時間を稼がねばならない。


「命に代えても、ここは食い止めなくてはならない! 全員、私に続け!」

「了解、隊長。地獄までお供しますよ」


 今は自分が踏ん張らなければならないと感じた智香が、自らを鼓舞して恐怖を打ち払い、兵たちの先頭に立った。

 今や部下たちも完全に智香のことを隊長として信頼しており、援護をすべく一歩も引かない構えを見せた。


 その一方で――――


『お、なんだぁテメェは? オレ様相手に一人で立ち向かおうとか正気かぃ?』

「……………リュウ。…………っ!」

『聞いちゃいねぇな。そんなに早死にしたきゃ、遺伝子の欠片まで焼き尽くしてやらぁっっ!!』


 体長50メートルという、凱旋門に匹敵する巨体のヴァルハザードの前に、青いフードを被った少女あかぎが、異様な殺気を漂わせながら立ちふさがった。

 とはいえ、その実力差は歴然。まさに風車に立ち向かう無謀な冒険者。

 ヴァルハザードにとっては生前にしょっちゅう見た光景だけに、この時は何の感傷も抱かず、せいぜい自殺志願者が現れた程度にしか思っていなかった。


 紅蓮竜の放つ炎の息吹があかぎを襲う。

 放たれた吐息は、その形を巨大な竜のようなものに変え、まるで自らが意思を持つかのように、あかぎへと牙を向けた。

 が……驚くことに、自慢の炎の息吹はあかぎの体を焼き尽くすどころか、彼女の身体の周りに取り込まれていった。


『……あ?』

「っ!!」


 そのうえで、あかぎはその場で刀を振るうと、真空刃に取り込んだ炎を上乗せして、炎の竜巻としてヴァルハザードへと返したのだった。

 当然のことながら、火竜であるヴァルハザードに炎攻撃は全く効果がなく、むしろ回復させるだけだったが、予想しなかった抵抗を受け、思わず面食らったのは確かだ。

 人間に例えるなら、片手間に潰そうとした羽虫が突然「やめろ」と大声で叫んだとか、その程度ではあるが。


『テメェ……「原初の炎」持ちか! はっはっは、こいつぁいい!! テメェを腹に飲み込めば、オレの力はさらに高まる! 大老を超えることだって夢じゃねぇ! エッツェルの野郎が「この世のすべての絶望」を取り込んだのと同じように、力の糧にしてやらぁ!!』


 ヴァルハザードは、ごちそうを見つけたかのように口からマグマの涎を垂らすと、そのまま大きく口を開け、その鋭い牙が生えたアギトで直接吞み込まんと迫ってきた。

 あかぎはその顎をギリギリで回避し、逆に一瞬のスキをついてヴァルハザードの鼻先へ踏み込んだ。

 鉄が溶けると言われるほどの高温を放つヴァルハザードの体表を、原初の炎の特性を生かして難なく踏みしめ、思い切り刀を突きさそうとする。

 しかし、残念ながらあかぎの刀には竜特効が付いていないため、刃が通らず逆に先端が欠けてしまう。


「あ……しまった!?」

『テメェ……よくもオレ様の顔を土足で踏んでくれやがったな!!』


 武器が破損したことで、カッとなっていた理性が正気を取り戻すも、怒ったヴァルハザードが顔を勢いよく振り回し、あかぎを振り落とす。

 またしてもその牙で彼女を呑み込もうとする。

 だが、今度はどこからか飛んできた物体が、ヴァルハザードの両目に直撃した。


『グッ……今度は何だ!?』


「竜の弱点の一つは眼球、か……聞いてはいたが、この距離から本当に当てるとは大したものだ」

「いえ、俺にできるのはこのぐらいのもんですよ」


 ヴァルハザードの両目を撃ち抜いたのは、智香の副官である、青色髪の青年サガス。

 彼はこの時の為に備えてとっておいた「対竜徹甲弾」を、ゴツイ対物ライフルで正確に撃ち抜いたのだ。

 その上、智香から「赤」の強化を施された竜特効の弾丸は、強大な火竜相手でも効果は絶大で、ヴァルハザードは一時的に視力を失うことになる。


「はぁっ……はぁっ! 死ぬかと思た」

「あかぎちゃん、大丈夫? って、うわあっつ!!??」


 何とか着地したあかぎに、彼女の副官となったリボンの少女マヤが駆け付けてきたが、近くに着た途端、あかぎから発せられる強烈な熱気に思わず足を止めた。

 おそらく、ヴァルハザードの放った炎の熱が、まだ残留しているのだろう。


「あかぎちゃん、あんまり無理しないで、ね! あなたがいないと、炎を防ぐのが難しくなるから!」

「そう……だね」


 一度心を落ち着けたものの、あかぎの心臓はいまだに暴れまわるほど跳ね上がっており、ヴァルハザードの姿を見るだけでも、頭がちりちりと焼かれるような感覚があった。



 一方、3竜のうちの雷竜リヒテルは、雷を放つだけでは物足りないのか、その長大な体躯で黒抗兵団が構える陣形に、正面から突っ込んでいった。


『ヒャッハー!! みんな踊れ!! ダイナモ感覚ダイナモ感覚!!』

「ぐおぉっ!! 一撃が重いぞ、歯を食いしばれ!」

「手足が痺れる…………誰か、回復を!」


 あくまで炎で焼き尽くすことを主体とするヴァルハザードに対し、リヒテルは自ら体に高電圧を纏い、まるで人間相手にも素手喧嘩を挑むかのような物理攻撃を繰り出してくる。

 対竜の専門家が大勢いる中に突っ込んでいくため、当然リヒテル自身も無傷では済まないが、今はそんな状況すらも楽しんでいるかのようだ。


 対する黒抗兵団のメンバーたちも、時に電撃に撃たれ、時に能力を封じられながらも、グリムガルテが闇のバリアで威力を大幅に軽減してくれているおかげで、なんとか耐えている。


 竜たちの進行に対し、意外にも互角の戦いをする黒抗兵団たち。

 だが、その様子を3竜の中でまだ動いていなかったポラリスがじっと見つめていた。


『これは意外。矮小な人間たちも、よく立っていられるものですね。…………はぁ、まったくをもって目障りな』


 ポラリスの体内から、無数の『輝く闇』が現れる。

 それは、空中に一斉に広がると、グリムガルテが作り出す闇の世界の内側を、さらなる小さな空間で覆ったのだった。




【今回の対戦相手 その2】【禍津雷】 リヒテル

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885714804/episodes/16817330648091431440#end

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