禁じられた遊び 後編(VS空虚のペルペテュエル)

「この日記……日付がものすごく飛び飛びだわ」

「さては書いた本人がめんどくさがりだったな。けど、その代わり印象深かった日だけが記録されているみたいだから、ある意味助かるかも」


 二人が見つけた日記はずいぶんと年季が入っており、かなり長い間使われていることが分かったが、日記と言いつつも毎日記録されているわけではないようだ。

 おそらく日記の持ち主は、印象深いことがあった日しか書かなかったのだろうが、今となってはむしろ都合がよかった。


「…………なるほど、ペルペテュエルという娘は両親から深い愛情を受けて育ったみたいだね」

「けど……途中から「おとうさんとおかあさんが言うことを聞かない」って書かれているところを見ると、もしかしたらご両親が甘やかしすぎたのかもしれないわね」


 ただ、日記を読んでいくと、どうも想像していた状況と異なるようで、両親が家を空けがちな代わりにしょっちゅう人形を買ってきてはプレゼントしていたことが、おぼろげながらわかっていた。

 おそらく幼き日の(今でも幼いが)ペルペテュエルは、家を空けがちな両親の愛情を人形相手に満たすようになっていったものと思われる。


 日を追うごとに、人形を本当の仲間だと思い始め、ついには「人形の国のお姫様」を自称するまでになったペルペテュエル。

 いろいろと手遅れになりつつあるのが日記から手に取るようにわかり、読み進めるのもつらくなってきたところで、二人は興味深いページを見つけた。


「悪竜王の文字……!? やはり、このころに彼女は家出をして、かの悪竜王に力を与えられたのか」

「この男の子が悪竜王なのかしら」


 そこには、悪竜王という存在から力を授かり、「本物のスーパープリンセスになった」という衝撃的な出来事が、踊るような文字で書かれていた。

 子供らしいぐちゃぐちゃな絵には、かろうじてお姫様だろうとわかる水色のドレスと、かわいらしいステッキを持った女の子とともに――――まるで天使のような、金髪の男の子の姿が描かれていた。


 そのあとは、事前にマリアルイズ女男爵からあらかた聞いた通りだった。

 悪竜王からの力を得て心酔した彼女は、自分の家にあった人形を操る能力を手に入れると、自分を止めようとした両親を殺害…………それを止めようとした周囲もことごとく踏み荒らし、やがてこの大瀑布の一角にある気に入った館に勝手に住み着いた。

 初めのうちは、かわいい女の子とお近づきになり……裏では不埒な下心を持っていた貴族たちを虜にしていたが、彼らが館に招き入れられても誰一人として帰ってこなかったため、次第に不気味に思われて誰も近づかなくなってしまったのだ。


「やれやれ……ご両親も決して悪くはないし、この子も悪気があったわけじゃない。それがここまでこじれるなんて、よくある話だけどやりきれないよ」

「そうね」


 二人が日記帳を読み終えたのとちょうど同時に、部屋の扉が勢いよく開かれ、先ほどの廊下で追いかけてきた巨大人形がようやく姿を現した。


『あは……あははは! やっとおいついたわっ! 今度こそ……いっぱいいっぱいいっぱいいっぱい、いーっぱい! あなたたちがボロボロになるまで遊んでもらうのです!』


 巨大な女の子の人形が白い光を放つと、まるで繭が解けるように外観が崩れていき…………中から、水色のワンピースを着たおもちゃのステッキを持つ女の子が姿を現した。


「ふふっ♪ こんなに素敵なオモチャと出会えたのは初めてです! あなたのこと、悪竜王陛下へのプレゼントにしてあげます☆」

「そうだ、その悪竜王陛下ってやつ! せっかくだからいろいろと聞いてみたいんだけど、ダメかな?」

「やーですー! いっぱい遊んでくれなきゃ教えてあげないもんねー!」


 そういうや否や、ペルペテュエルが持っているステッキを前方に向けると、先端部の星形のパーツが輝きだした。


「えーい、丸焦げになっちゃえー!」


 そして、ビームが放たれた。

 が、そのビームは数秒後にペルペテュエルに跳ね返り、見事に自分を丸焦げにした。


「あら、だめよ、そんな危ないおもちゃを使っちゃ」

「あーん……なんでぺるちゃんがーっ!」


 これはもちろん、環が「鏡の羽」の反射磁場を展開したからで、ペルペテュエルの攻撃はあっさりと使用者に跳ね返ってしまったのだった。


「さて、君には聞きたいことがある…………だから、おとなしくしてて、ねっ!」

「あぐぅっ!?」


 そして今度は玄公斎が、一気に懐に飛び込むと、相手が少女だろうと関係なく鳩尾にこぶしを一発食らわせた。

 かなり手加減したつもりだったが、やはり少年姿であろうと鍛えたこぶしの一撃は少女には重くかった。

 ペルペテュエルはあっさりとその場に膝をついてしまったのだった。


「うーん……こういうことは初めてじゃないとはいえ、ちょっと罪悪感」

「無垢な見た目の少女を利用するのは、昔から魔の物のお約束ね。それじゃあ、さっさと縛っちゃいましょうか」


 環はインベントリから「エンジェルリング」と呼ばれる、金属製の輪っかのような道具を取り出した。

 この道具は相手の体に輪投げの要領で通した後に魔力を流すと、そのまま輪が縮まって相手を拘束するのである。

 腕と胴体をきっちりと押さえつけられたペルペテュエル……倒さなければならない危険な敵だというのに、やはりどことなく犯罪臭がする。

 少女を傷つけるのは、それだけでも万死に値する重罪なのである。


「うふふ、悪い子はお仕置きだからね。おとなしくするのよ」

「うわーーーん!! はなして! はなしてよー! このやばんじんどもー!」

「放してほしければ、あなたのお友達や、さっきの悪竜王のことについて、話してくれないかしら?」

「…………うぅ、わかった! はなす、はなすから! 知ってることを教えたら、帰ってくれるんでしょ!」

「ええ、考えてあげるわ」

「ええっとね…………それじゃあ悪竜王陛下のことなんだけど」


 観念したペルペテュエルは、命には代えられないと考えたのか、素直に彼女たちに力を与えた存在…………悪竜王について話そうとした。

 が、次の瞬間!


「……っ! げぼっ!?」

「え……?」

「タマお姉ちゃん、下がって、何か来る!」


 突然、ペルペテュエルが口から大量の血を吐き出す。

 それと同時に、彼女の背後の空間がゆらゆらと揺らめき始めた。


『くくく…………貴様らか。デセプティアに続き、ペルペテュエルまで破るとは。ワシの眷属を、ようこれだけ殺してくれたな』

「お……お前が噂の、悪竜王!?」

『如何にも。ワシこそがこの世のすべての悪徳をつかさどる至高の竜……悪竜王ハイネじゃ。本来であれば、人間のようなゴミに名乗ることはないのじゃが、おぬしらはなかなか興味深いのでな』


 現れたのは金髪黒目の少年で、何なら見た目は今の米津玄公斎よりももう一回りほど年下に見える。

 ただし、その特徴的な竜族の耳や黒い尻尾や角を見れば、この少年が明らかに竜族であることがわかる。

 今この場にいるのは本体ではなく、ただの幻影であるが、それでもまるでそこに星が現れたかのような強烈な重力と存在感を感じる。


「あ……あ、あくりゅうおう……さま。私を…………たすけて」


 口からぼたぼたと血を流しながらも、必死の形相で悪竜王に助けを求めるペルペテュエル。

 だが、ハイネが彼女を見る目は非常に冷ややかだった。


『おやペルペテュエル、まだ死んでなかったのかい?』

「……え?」

『おぬしはいつも言っておるじゃろう。「遊び終わったオモチャは片付けるものですよね」とな。ワシはただ、ペルペテュエルというおもちゃを片づけただけじゃよ。と、いうことじゃから、死ね』


 どこからかギロチンが落ちるような音が響くと、ペルペテュエルの首が胴から切り離され、首から血が噴き出した。

 転がった少女の顔は、理不尽と恐怖がミックスしたこの世のものとは思えない表情をしていた。


『さてと……片付けは済んだが。なんじゃ、ちっとも怒りが感じられんな。たとえクズでゴミのような少女だとしても、最低限の正義感があれば怒り狂うのが人間という生き物なのじゃろう?』

「お生憎様。こんな光景……長いばっかりの人生で、何回も見たよ。きっと、あの夕陽少年やあかぎのような子供たちなら、きっと怒りに任せてお前を殴りに行っただろう。ああ、それは下策だとも。高濃度の魔力……お前の影に接近したら、きっとタダでは済まないはずだ」

『ふん、ずいぶんと小賢しいのう。じゃが、ますます気に入った。後ろにいる人間の女は天女じゃな。天女に選ばれるということは、貴様がそれだけ心が無垢な人間なのじゃろう。ならばこそ、ワシの色に染めるのにふさわしい……』


 一切動じず隙を見せない玄公斎に対し、悪竜王ハイネは若干面倒そうにしながらも、ある一面では自分の眷属にふさわしい素質があると評価した。

 ハイネが指をパチンと鳴らすと、玄公斎の前に毒々しい色をした液体が入った純金の盃が現れた。


『おぬしさえよければ、飲み干してみよ。さすれば、世界の半分ほどは余裕で手中に収められるじゃろうて』

「じゃあせっかくだからいただいておこうかな。タマお姉ちゃん」

「わかっているわ」


 環はインベントリから、またしても「トルトル魔人」を呼び出し――――


「ぶぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼーーーーーー」


 まるで汚れか何かのように無理やり吸収して、納めてしまった。

 おそらく、悪竜王への最大級の侮辱になるだろう。

 さすがのハイネも、無意識に額がヒクヒクとしていた。


『…………よかろう。悪竜王の前でそのような態度をとったこと、必ず後悔する日が来るじゃろう。今からその日を心待ちにするのじゃな』


 そういって悪竜王ハイネ(の幻)は、蒸発するように消えていった。

 そして同時に、ペルペテュエルの遺体も消えてゆき…………かわいい飾りでいっぱいだった部屋が、元のさびれた屋敷へと戻っていったのだった。


「…………あー、怖かった。やっぱりこの姿だと精神が弱くてだめだなぁ」

「そんなことないわ。シロちゃんは、よく頑張ったと思うわよ」


 緊張する時間を乗り切った玄公斎の頭を、環がやさしくなでた。


【今回の対戦相手】空虚のペルペテュエル

https://kakuyomu.jp/works/16817139557676351678/episodes/16817139557676896960

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