未だ目覚めぬ紅の刃

 あかぎは夢を見ていた。

 そこは荒れ果てた荒野で、地平の先では天まで届かんばかりの炎が上がっている。

 周囲にあるものといえば、徹底的に破壊された建物の瓦礫や、黒焦げになった何か、そして消し炭になった人間と思わしきもの。

 世界は燃え尽きようとしていた――――


「……っ、ここは!?」


 空気がとても熱い。

 まるで、拠点にしていたホテルにあった「サウナ」のような気温だった。


「あたしは……どうすればいいの? あたしにできることは…………」


 わかっている。

 あかぎにできることは何もないのだと。


『■■■■■……! まだこんなところにいたの!? 早く逃げるのよ、あなただけでも!』

『せめてお前だけでも、逃げ延びてくれ、お願いだ!』

『時間ならいくらでも稼ぐ……だから!』


 後ろから声をかけてくる人たちがいた。

 輪郭はぼやけてよくわからないが……あかぎに逃げてほしいと思っていることは確かだ。


「あたしは……あたしは」


『早くしないと、が…………あああぁぁぁぁぁぁ!!??』


 わずかに残っていた人々が、激しい炎に包まれて焼き尽くされる。

 人間が丸焼きになる瞬間が怖くなったあかぎは、思わず青いフードを目深にかぶってその場に縮こまってしまう。


「はぁっ……はぁっ、はぁっ…………」


 呼―が荒くなり、鼓動がガンガン早くなっていく。

 このままでは、次に消し炭となるのはあかぎ自身……わかっているのに、足と手が震えて全く動けない。


(怖い……けれども、怖いときは………立ち向かわなきゃいけないって)


 ふと、彼女をひときわ大きな影が覆った。

 勇気を振り絞って立ち上がり、見上げてみれば…………そこには、まるで山のような大きさの怪物がいた。

 発する熱量のせいで姿が陽炎のように揺らいでいるが、ほぼ全身が赤いうろこに覆われたやや首の長い四つ足の怪物は、全身のところどころから太陽のような高温の炎を吹き出し、それがまるで体毛のようにも見えた。


(あたしが……これを倒す…………! リュウは、アタシがスベテノコラズ!


 ―

 ――

 ―――


 コロス!!!!!!)


 体が爆発的に熱くなるのを感じながら、あかぎは持っていた刀を荒々しく構える。

 それに対し、目の前の怪物もまた口を大きく開き、巨大な火球を生成する。


 が、その時どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。


「…………ちゃん。あかぎちゃん、ちょっと! 大丈夫!?」

(ん? あ、あれ……?)



 ×××



「う、う~ん?」

「おー、起きた起きた。なんかすごくうなされてたけど大丈夫?」

「あ……マヤちゃん?」


 あかぎが目を開けると、すぐ目の前に、同じテントで寝泊まりする黒抗兵団メンバーの一人である、マヤという名の女の子が顔を覗き込んできた。

 栗色のふわっとした髪の毛に、大きな青いリボンのついたカチューシャをつけたマヤは、先ほどまであかぎがものすごくうなされていたのが心配で声をかけて起こしたのだが、どうやらそこまで具合が悪いというわけではなかったようだ。


「ごめん、心配かけちゃった? ちょっと嫌な夢見ちゃって」

「夢かー。怖いお化けが出た夢とか? 毛布がすごいびしょびしょだし、汗がすごいわよ。おねしょしたのかと思ったわ」

「わわわ!? な、なにこれ!? あたしの寝汗!?」


 そして気が付けば、寝るときに使っていた毛布と、下に敷いていたマットが寝汗でかなり湿っており、汗の形がヒト型になっていなければ、おねしょに間違われるところだった。


「そんなに寝汗掻くなんて、よっぽど怖い夢見たのね。どんな夢だったの?」

「…………思い出せない。けど、何かと戦っていたような気がする。でも、今まで戦ったことがある相手じゃなかったような気がするし」

「それじゃあもしかしたら転生前の記憶とか? この辺にいる人たちにも、何人か生まれ変わってこの世界に来た人がいるみたいだし」

「転生……?」


 ふとあかぎは、ついこの前まで記憶がなかったことを思い出した。

 転生という可能性には思い至らなかったが、ひょっとしたら前世か何かが関係あるのかもしれないと思うようになった。


「……いつか、あたしは自分が何者かわかる日が来るのかな?」

「いいんじゃない、来なくても。今を楽しく生きていれば、私はそれで十分だと思うんだけどな!」

「そういうものかな」


 あかぎが不安に思うのも無理はなかった。

 マヤはこの世界で生まれ育ち、順当にハンターを目指して強くなった人間なので、少なくとも出自や自分の潜在能力はある程度わかっている。

 しかし、あかぎは自分でも知らないなにかが、いったいどれだけ自分の体の中にあるのかすらも分かっていない。


(いつの間にか服に入っていた手紙……この大きな滝のある土地のどこかに、あたしがどんな秘密があるのかがわかるかもしれない人がいるって書いてあった。しかも、それまでの間絶対に竜に近づいちゃいけないって)


 数日前――――エリア8で花を採取していた際に、あかぎは少女姿の竜と出会ってから少しの間、原因がわからないまま意識を失っていた。

 その帰り道の間、彼女は服の中に違和感を覚えてまさぐってみたところ、いいにおいがする花柄の便せんがしのばされていたのだった。


 その手紙によれば、どうもあかぎは竜が近くにいると拒絶反応が起こるといわれているが…………


(わかっていたのに……やっぱり、ヴェリテさんに殴りかかろうとしちゃったんだよね。エヴレナちゃんがいる間はなんともないのに、不思議…………)


 実はあかぎ、あの後も夕陽たちとヴェリテが合流した後、ヴェリテを見て急に殴り倒したい衝動にかられ、その場で刀を抜いたところを夕陽に止められるという事件を引き起こしていた。

 しかし、なぜかエヴレナと一緒にいると、全くそんな気が起きなかった。

 雷竜ヴェリテが言うには、おそらくあかぎには何らかの「竜殺し」の呪いのようなものがあると思われるのだが、それが何なのかはヴェリテですらよくわからなかった。


 もちろんこのことは玄公斎も環も知っているのだが、二人もなぜこのような物騒な人格があかぎの中に眠っているのかがよくわからないようだ。

 ならば、わかると思われる者に聞くしかない。

 そんなわけで、エリア2にある大瀑布を目指したのは、あかぎのためでもあったわけだ。


 いくらいろいろ考えても、わからないことだらけ。

 そして、考えれば考えるほど…………おなかが減って、腹の虫が「グギュウ」と鳴いた。


「おなかが、へった……」

「あっははははは! すごい音! せっかく朝早く起きたから、料理当番でも手伝いにいこっか! そこでついでに、軽く食べられるものを分けてもらいましょ!」

「むぅ……どうしてあたしのお腹はすぐに減るんだろう?」


 なぜかあかぎは、朝からいつも以上の空腹を感じていた。

 かなりの大所帯となった黒抗兵団は、食材も料理人も多数そろっていたが、この日のあかぎの食欲はすさまじく、危うく食料の備蓄が尽きかけ、料理をする人たちは疲労でダウンしかけたという。

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